「赤すぎた」トマト

真っ赤なトマトは、とても美味しそうである。

グリーンの野菜サラダも、赤いトマトを彩りとして添えると急に美味しそうに見えてくる。人間は赤い色を見ると、副交感神経が刺激されて、食欲が湧いてくるのである。

赤色は、甘く熟した果実の色である。だから私たちは赤色を見ると食欲がそそられるのである。

しかし、赤く色づくとは言っても、植物が持つ色素には、真っ赤な色素が少ない。たとえばブドウやブルーベリーなどはアントシアニンという紫色の色素を持っている。また、カキやミカンはカロチノイドという橙色の色素を持っている。こうして、果実は紫色や橙色の色素を使って、少しでも赤色に近づけようとしているのである。

リンゴは「真っ赤」というイメージがあるが、よく見ると真っ赤ではなく、赤紫色である。リンゴは紫色のアントシアニンと橙色のカロチノイドの二つの色素を巧みに組み合わせながら、赤い色を出しているのである。

これに対してトマトは「真っ赤」である。トマトはリコピンという真っ赤な色素を持っているのである。

ところが、ヨーロッパの人々は、それまで真っ赤な果実を見たことがなかった。そのため、この世のものとは思えない、鮮やかすぎる赤色を「毒々しい」と感じたのである。

ナポリタンの誕生

トマトは長い間、珍しい観賞用の植物として栽培されていた。トマトを食用としたのはイタリアのナポリ王国である。スペインがアメリカ大陸から珍しい植物であるトマトを持ち帰ったとき、まだイタリアという国は成立しておらず、ナポリ王国はスペイン領だったのである。

一説によると飢饉が起こり、背に腹は代えられずにトマトを食べたのが始まりであるとされている。

ナポリは、スパゲティを大量生産する技術を確立させた場所でもある。ここで大量生産されたスパゲティのソースとしてトマトが用いられるようになった。「ナポレターナ」と呼ばれるパスタ料理の誕生である。ちなみにトマトケチャップを絡ませるナポリタンスパゲティは、戦後に日本で考案された洋食メニューである。

ナポリでトマトソースが用いられるようになったとき、おそらくトマトは高級な食材ではなかったのだろう。トマトソースを絡ませたナポリのスパゲティは、屋台の大釡でゆでて労働者たちが手づかみで食べるような粗野な食べ物だったという。ナポリのスパゲティがいつ頃から食べられていたのか明らかではないが、17世紀末にはすでに存在していたと言われている。

ナポリは、ピザの発祥の地としても知られている。ピザももともとは貧しい人々が小麦粉で作られた生地にトマトを乗せて食べていたことに由来する。ピザもまた、屋台で売られるような食べ物だったのである。18世紀頃の話である。

しかし、トマトソースはナポリでしか食べることができなかった。そのため、トマトソースを使った料理はナポレターナ(ナポリ風)と呼ばれたのである。

そんな異国の植物であるトマトだが、今やイタリア料理にトマトは欠かせない。トマトはイタリアの食文化を大きく変えたのである。