(本記事は、髙橋恭介氏の著書『給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方』アスコム、2018年7月6日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
「強み」を伸ばすマネジメント
1960年に創業され、人材、旅行、住宅など多角的に事業を展開するリクルート。
社員の多くが若くして「卒業」し、起業家として活躍する人材も続々と輩出するなど、新陳代謝の早い風土・人事制度は他の日本の大企業とは一線を画しています。
なぜこれほど人が育つのか。社員が自ら成長し続けるにはどうすればいいのか。
リクルートホールディングスで人事統括室室長(取材当時)を務める瀬名波文野氏は、社員が自らの「強み」にこだわることが、個の成長のためのポイントだと言います。
「ロンドンにある買収先企業で社長に就任した当時、会社からの評価が芳しくなかった、バックオフィスの責任者がいました。議論や交渉が苦手で、何事も自分の業務を起点に考えたり話したりする面があったのです。
しかし私にとって、彼は輝くダイヤの原石でした。
彼ほど会社の歴史やバックオフィスの状況を理解し、数字の面から経営を的確に分析・考察できる人材はいなかったからです。
この私にはない『強み』が、私のチーム作りには不可欠でした」
人には弱みと強みがあって当たり前。しかし企業では、とかく弱みを改善することにフォーカスしがちです。
上司は部下を減点して評価し、部下も、まずできなかったことを反省して「次は頑張ります」を繰り返す。
そんな組織は少なくないのではないでしょうか。
若年層や経験の浅い人を一定のレベルに育てるためには、弱点の克服は確かに有用でしょう。
しかしプロフェッショナルやスペシャリストに対して同じアプローチをすると、強みが活かせなくなり、パフォーマンスも低下してしまうかもしれません。
「私は彼に『3ヵ月で今の仕事を半分にしてほしい』と言いました。そして残りの半分で私とチームを組んで新しい仕事をしようと。
経営者やリーダーが部下の弱みに目を向けてしまう気持ちは理解できます。ただ、チーム全員が弱みの克服ばかりに着目していると、ひどく均質化された組織になってしまう。
私たちの業界では、それでは競争優位が生み出せないと思ったのです。多少弱点があったとしても突出した強みがあるなら、それを伸ばすことに集中すべき。
弱みに目が行き過ぎなときにはこんな風に問いかけています。弱みを改善して、その人はスーパースターになれるの?と」
「違っていること」をおもしろがる
「自分にない強みを持っている人とこそ、チームを組みたい」と瀬名波氏は語ります。
それがチームのパフォーマンスを最大化する術であることを、ご自身の体験をもって知ったからだそうです。
「ミスをなくすことが極めて重要な仕事も、もちろんあります。
しかし、少なくとも私たちの業態・業界であれば、違っていることを褒め合うべきだというのが、私の持論です。
日本では『変わってるね』と言われるとネガティブな印象があるでしょう。そうではなくて、『変わってるね』と評されることを喜んだり、羨ましがったりする風土がチームを強くする。
私も足りていないことはたくさんあったはずですが、上司がおもしろがって、任せてくれたからこそ今があります。
そんなふうに、それぞれ違った強みを持った人たちが、どうやって互いに補完し合うかが、パフォーマンスを上げていくためには重要なのです」
一人ひとりの違いを認め、おもしろがる風土が大切だという瀬名波氏の言葉は、画一的な集団管理から個別管理への脱却の必要性を示唆しているように思えます。
マーケットもテクノロジーもめまぐるしく変化する時代において、既存の事業をそのまま続けるだけで食っていける保証はどこにもありません。
イノベーティブな組織であるためには、一人ひとりが自分の個性、「尖った部分」を意識して、武器として磨き上げていくことが重要です。
ワクワクすることが面談のゴール
その人の強みを活かす風土の中で、瀬名波氏ご自身も、年功序列・終身雇用の世界では考えられないようなステップアップを経験させてもらったと言います。
新卒入社から10年強の間に、海外法人の社長を務め、人事責任者に抜擢されたという経歴は、一般的には異例でしょう。
何がこのキャリアを実現させたのか。
それについて瀬名波氏は、実力や経験などではなく、強い「Will」が重要だったと述懐します。
「Willとは、自分がこうなりたい、やってみたいと思う強い望みです。私がここまで成長できたのは、自ら魂を込めてやりたいと思える仕事を任せてもらえる場所があったことが、非常に大きいと思います。
今がどういう状態で、これからどうなりたいのか、何をしたいのか。
私はロンドンへの赴任も、自ら手を挙げました。経験や実力が不足している中で、無謀な挑戦だったかもしれませんが、身の丈以上の仕事を成し遂げるには、自分のWillと、その思いに期待して任せる会社とのすり合わせが不可欠だったと振り返っています。
リクルートでいえば、『WILL/CAN/MUST』と『ミッショングレード制度』がその下支えになっていました」
常に目標を設定し、その目標に向かって上司と部下が面談し、すり合わせていくからこそ、今の実力や経験からは考えられないようなステップアップも実現できる。
会社がただ「いくらあげるから、これをやってくれ」というだけでは、単なる契約に過ぎないと瀬名波氏は言います。
「目標設定や、それに伴う面談やフィードバックの際には、マネージャーもメンバーもワクワクしていることが大事なんです。
面談は、タスクをすり合わせたり、精度を高めたりすることが目的ではありません。ゴールは、パフォーマンスを高めることです。
ですから、本人が『よし、頑張るぞ!』という気持ちになって終われることが何より大切だと思います。
目標を握るうえで難しいのは、到達の『程度の甚だしさ』を共有すること。あなたはどうありたいのか、私はあなたにどうあってほしいのか、そのために何ができないといけないのか。
この『WILL/CAN/MUST』のつながりを具体的にイメージできないと、認識がずれて期待した成果にも到達できなくなります。要するに、これができたらワクワクしない?ということを、すり合わせるということです」
社員のWillを引き出すときには、10年後や30年後の姿を想像させることもあるといいます。
そんな先のことはわからないという人もいますが、自分が将来どうありたいかは何度でも描き直せばいいというのが瀬名波氏の考えです。
「3年前に、今の自分を想像できていたでしょうか?私は想像していませんでした。人生のどのフェーズにいるかによって違うのかもしれませんが、一度は考え抜いて想像するけども、結果的に3年経ってみたら、まったく違う地平が見えていた。
それでいいのではないでしょうか。
いつでも方向転換できるように、常に考え抜いてさえいれば。何より大事なのは、一度きりの人生、この先どうなるかワクワクしていることです」
社員の挑戦を期待するなら、機会と報酬はセットで渡すべき
ただ一方で、期待を込めて身の丈以上の仕事を任せるからこそ、共有していた目標に到達しないこともあります。
その場合はマイナスの査定も行われないとフェアではないと瀬名波氏は言います。ただし、仕事の難易度と報酬がリンクしていることが大前提です。
「身の丈以上の仕事を任せるということは、それだけ難易度が高いということです。そうであるなら、高い難易度に応じた報酬は、仕事を任せる時点で与えられているべきでしょう。
そのうえで、目標に到達しなかったとしたら、次に与える仕事に見合った報酬が決まります。難易度が下がれば給与が下がることもあるでしょう」
このお話は、個人の能力が先にあって後から報酬がついてくるのか、それとも先に投資をして能力や成果を伸ばしていくのかという、人事評価において極めて重要な問題を含んでいます。
「できるかどうかわからないから、まずやらせてみて、できたら報酬を与えるというケースもあるでしょう。
ですが、Willと期待ということを考えれば、『君にやってもらいたいんだ』『私は絶対にやりたいんです』というすり合わせの中で、お互いにちょっと背伸びしていることをわかっていながら先に報酬を決めたほうがいいように思います。
結果として、ちょっと背伸びし過ぎたね、ということがあっても、それが共通認識であればいい」
「強み」に投資することで企業は成長する
給与を未来への投資とする発想は、これからの日本の大企業、製造業がどのような方向に向かうかを決める大きなテーマでしょう。
また、働く個人にとっても、給与は何に対して得ているものなのかは、今一度問い直すべき重要な問題です。
人材のWill、未来に投資することで成長してきたリクルートのあり方は、これからの給与を考える一つの貴重なヒントを与えてくれます。
「やはり強みにフォーカスすることは大事です。当たり前ですが、人には得手不得手があって、苦手な仕事ばかりしていたら評価は上がりません。
とはいえ、得意な仕事にばかりアサインするというのも、そう簡単にできるものではないでしょう。
だからこそ大事なのは、誰が仕事をアサインしているかということです。それは上司の仕事なのです。
部下にフィットしない仕事ばかりを与えて、その人の評価が下がり続けているのだとしたら、それはアサインしたほうにも責任があります。
ですから、強みをしっかりと見極めて、本人のWillと会社の期待をすり合わせて、ワクワクする未来へ一緒に向かう。そういう魂というか、風土が、どんな仕組みを作るうえでも大事なのだと思います」
働く一人ひとりが、自分の強みやWillを見つめ直すこと。そして、たとえ身の丈以上の仕事でも、目標をしっかりと定めて果敢にチャレンジし、成長していくこと。
リクルートのような企業はまだまだ少ないのかもしれませんが、こうした働き方を貫くことが、自らの価値を高め、これからの社会で給与を勝ち取っていくカギになるに違いありません。