(本記事は、髙橋恭介氏の著書『給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方』アスコム、2018年7月6日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

スローガンは「たのしめてるか。」

(本記事は、髙橋恭介氏の著書『給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方
(画像=Ronnie Chua/Shutterstock.com)

Jリーグで戦うサッカークラブ『湘南ベルマーレ』を運営する株式会社湘南ベルマーレ。1999年に株式会社フジタが『ベルマーレ平塚』の運営から撤退し(現在はスポンサーに復帰)、経営を引き継ぐ形で生まれ変わったクラブです。

親会社を持たない市民クラブとして地元・湘南の人々とともに成長を遂げてきた湘南ベルマーレのクラブスローガンは、「たのしめてるか。」。

クラブのホームページには、こう書かれています。

「年齢や立場の垣根を越えた、純粋なキモチを応援するために。誰かに話したくなるような感動空間を生み出すために。

私たちは、どんな時でもスポーツを『たのしめてるか。』を大切にします」

どんなに辛いことや苦しいことがあっても、明るく笑って生きよう。勝利を究極に追求し、見ている人と究極に感動を分かち合えるフットボールを目指そう。

これが、株式会社湘南ベルマーレ代表取締役社長・水谷尚人氏の掲げる「湘南スタイル」です。

「チームもフロントも、ベルマーレに所属する人たちが楽しんでいるのかは常に気にしています。なぜなら、スポーツはエンターテインメントだから。そこで働いている人が楽しくなければ、お客様が楽しめるはずはありません」

スポーツを通じて観る人や関わる人に笑顔になってもらいたい。

それが水谷社長の考える湘南ベルマーレの価値であり、その一環としてスタッフの給与に対しても、独自の考えを持っているようです。

スタッフの熱意に会社が寄りかかってはならない

地域に愛される湘南ベルマーレのようなプロスポーツクラブには、もともとスポーツが好きだったり、地域貢献の意欲に溢れていたりと、モチベーションが高い人材が集まるといいます。

どんなに忙しくても地域のために熱心に働く人が多いのはクラブの強みです。

「シーズンの開幕前は、スタジアム内の看板製作やセッティング、グッズの値札付け、売り場づくりなど、自分たちの手で準備することが多くとても忙しいんです。

他のチームだと外注する作業もあるのだと思いますが、すべて自前という環境でもスタッフは頑張ってくれています。

チームに対する情熱も並々ならぬものがあります。チームが負けた日は『自分の仕事の仕方が悪かったからじゃないか』と省みているスタッフもいるほどです。

試合前に1時間もサイン会を頼んでしまったからパフォーマンスが落ちたんじゃないか、とか。そのくらい真剣にチームと向き合っています」

しかし、そんなスタッフのやる気に会社が甘えてはいけないと水谷社長は自戒します。

「彼らがモチベーション高く頑張ってくれるからといって、低賃金で長時間の労働を強いたりしてはいけないでしょう」

また、生産性が高いかと問われれば、一概にはいえないと水谷氏は述べます。

「特に、営業部門の生産性を推し量るのは難しいです。

スポンサーの獲得などはご縁やタイミングにもよりますから、3週間くらいで億単位の契約が決まることもあれば、10万円の契約に1年かかることもあります。

ただ、力仕事である売店の準備やテントの設営は男性のほうが効率が良いかもしれないのに、女性だけに任せていたりすると、生産性が高いとは言えないですよね」

当然のことながら社員の生産性向上は、企業の業績にプラスになり、給与アップや、労働環境の改善につながります。

そして、企業が安定することで選手の環境改善にもつながり、ひいてはチームも強くするというのが水谷氏の考えです。

「今後は、生産性に対する課題を、社員のマインドや働き方を変えることでクリアしていきたい」

その中で着目したのが、人事評価制度の見直しでした。

目の前の行動に手を抜かないことで人は育つ

水谷社長は、3ヵ月に1回、1時間以上社員と面談する機会を設けていました。ところがあるとき、若い社員から「もっと評価をしてほしい」という声が上がります。この声は、水谷社長にとって意外なものでした。

「評価してほしいとはどういうことだろう。チームの監督と話していたときに、『まだまだ若い奴のことをわかってないね』と言われたことがあります。

どういうことか尋ねたら、『今の若い人たちは高く評価してくれというよりも、自分を見てくれているかを知りたいんだ』という」

これを受けて水谷社長は定性面と定量面、両面での評価を考えていきました。

「人を評価するのは簡単ではありません。しかし評価してほしいという声にはきちんと応えたい。

半年近く考えて数字的な目標と、行動目標の2つを作ることは自分で決めていたのですが、近い発想の仕組みがあると聞いて、導入することにしました」

現在の湘南ベルマーレの評価制度からわかるのは、行動から人を変えて、育てていこうという水谷社長の姿勢です。

もともと湘南ベルマーレのチームには、規範となる行動を根付かせて人を育てていく文化があります。

「他チームから移籍してくる選手の中には、ベルマーレに来てから成績がよくなったり、成長したりする選手がたくさんいます。

例えば、レンタル移籍してきたある選手は、日本代表に選ばれたほどの実力があるにもかかわらず、前所属チームでは活躍できていませんでした。

ところがベルマーレに移籍したら、再び輝きだした。そして、元のチームに戻っていったのです。

ベルマーレは、『人は変われる』ということを体現しているチームです。その精神は、フロントのスタッフにも共通するものだといえるでしょう」

徹底して指導しているのは、人としての規律を重んじる一つひとつの行動だそうです。水谷社長の「そこに落ちているゴミを拾える選手になろう」という呼びかけは、象徴的なものでしょう。

サッカー選手としてテクニックを磨く以前に、人としてきちんとしていること。そのために目の前の一つひとつの行動に手を抜かないことが、着実な成長につながるのだといいます。

「サッカー選手の中でセカンドキャリアに困らない選手は、現役の時からちゃんと大人と会話ができて、コミュニケーションが取れている選手です。そういう選手は、絶対に苦労しない」

そして水谷社長は、それは選手だけでなく、フロントサイドのスタッフも同様だと話します。

「当然のことながら社員にとっても、社会性というのは大事です。そこまで含めて自分のキャリアを考えないといけない。だからこそ、そのサポートになるような人事評価制度が必要です」

社員同士がおせっかいになるべき

人事評価制度の改革にあたり、水谷社長はまず、社員共通の行動目標として次の4つを掲げました。

(1)楽しめているか
(2)顧客志向
(3)素直さ
(4)凡事徹底

湘南ベルマーレでは以前から、社員のあるべき姿として11項目の行動規範をつくっていたそうです。

今回決定した共通目標は、その行動規範から、まず大事にしたい4項目を抜き出したものとなっています。社員はその4項目を前提としながら、個人の行動目標をそれぞれ決めていく仕組みです。

これらの項目は、クラブの理念にも通じるもの。水谷社長は周囲から、「理念じゃ食えない」とよく言われたといいます。

しかし、地域住民に支えられてきたクラブとしては、会社と社員が同じ方向をしっかりと向くことで、人に夢や笑顔を返していくことができると考えていると語ります。

これは言い換えればエンゲージメントを高めることに他なりません。

あらためて掲げた行動目標は、湘南ベルマーレのミッションである「夢づくり人づくり」、バリューである「向上心」「郷土愛」「育成力」につながっています。

「『夢づくり、人づくり』というところは、一番大切にしています。特に、人ですね。支えてくれた人があって、今のベルマーレがある。その人たちに私たちが返せることとしたら、『素敵な笑顔の人を育てつくること』です。

仕事で1週間大変でも、『ベルマーレの試合に行ったら楽しかった、明日からまた仕事を頑張ろう』と思ってもらうのが理想です」

行動目標のほかに、もうひとつ水谷社長がこだわったのは社員同士の評価を加える仕組みをつくること。

この仕組みを導入したのは、水谷社長が社内を見ていて、「もうちょっと周りを気にしたほうがいいな」と感じたことがきっかけです。 社員はみんな、和気あいあいと楽しく、モチベーション高く働いていましたが、お互いに注意したり進言したりする機会が少ないと感じることもあったと語ります。

「隣に座っている社員が電話でお客さまと話をしていて、言葉づかいが気になった時に、すぐ言わない人が多いことに気が付きました。私は、それが嫌だったんです。

もうちょっと周りを気にしたほうがいい。社員同士で普段コミュニケーションは取っているとは思いますが、チームならば、もう一歩、おせっかいだと思われても介入していく必要があるんじゃないかと思いました」

評価を機能させ社員の給与を増やす

水谷社長が評価制度の改革を断行した背景には、今後はもっと社員の給与を増やしていきたいという思いもあります。

「社員の給与は、選手の報酬が決まって、イベントなどでかかる費用が決まって、残ったお金から決めているのが現状です。しかし、多少資金にゆとりが出てきたら、しっかり社員へ還元できるようにしていきたいと考えています。

チームが勝つことは確かに社員の喜びだと思いますが、やはり、自分の給与が上がることは大きなモチベーションになるでしょう。『思いっきり仕事をして、それを、正当に評価してほしい』。個々の社員のそうした姿勢が健全な組織形成につながると思っています。

湘南ベルマーレの社員にも、そういうマインドを持ち続けてほしい。それがあれば、モチベーション高く働いていけます。そして、目標をクリアし、自分の力で給与を上げていくこともできるでしょう。さらにいうと、会社としてパフォーマンス高く働く社員に対して、もっと給与を増やす仕組みをつくらなければいけない」

社員の意識も高めつつ、それに応える体制づくりへの自身の責任について水谷社長は思いを馳せています。

「湘南ベルマーレの社員たちは近くで選手を見ていますから、自分自身で価値を高めていく意識を持つことは共通しています。

選手は、人生をかけて競技をしています。もちろん、社内のスタッフたちも人生をかけて働いている。私は、それを正当に評価していかなければいけません。そして、評価も含めた組織体制を築いていくことで、スポーツ業界全体のイメージの向上にもつなげていきたいと思っています」

湘南ベルマーレというクラブにかかわる一人ひとりのため、支えてくれる地域の方々のため、そして、サッカー界・スポーツ業界の今後のため。スタッフも選手も、一人ひとりをしっかりと見て、評価し合い、育てていく。

そして、個々の社員は、自分の価値を高めるための努力を惜しまない。そんな、湘南ベルマーレの未来がすぐそこまできています。

給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方
髙橋恭介(たかはしきょうすけ)
一般社団法人スマートワーク推進機構代表理事。株式会社あしたのチーム代表取締役。東洋大学経営学部卒業後、興銀リース株式会社に入社。2002年、プリモ・ジャパン株式会社に入社。2008年、リーマンショックの直後に株式会社あしたのチームを設立、代表取締役に就任する。2018年2月には、人事評価制度の啓蒙と浸透を目的に「一般社団法人人事評価推進協議会」を設立。

※画像をクリックするとAmazonに飛びます