(本記事は、髙橋恭介氏の著書『給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方』アスコム、2018年7月6日刊の中から一部を抜粋・編集しています)
報酬を決定する目標や評価軸は、全社員に公開される
CRM(顧客関係管理)ソフトウェア市場において世界マーケットシェア1位を誇る「セールスフォース・ドットコム」は、〈VORKERS AWARDS 2018〉の「働きがいのある企業ランキング」で1位に、また〈Great Place to Work 2018〉でも大企業部門で4位に輝いています。
そんな「働きがいのある会社」として評価を受けたセールスフォース・ドットコムの給与の基本は、「ペイ・フォー・パフォーマンス(業績・成果連動型給与体系)」。
結果を出した人が評価されて、それに見合う報酬をもらうことがベースになります。全社員が高い目標を設定し、それを達成することで、給与が上がっていくのです。
しかし、執行役員・人事本部長である石井早苗本部長は、「金額が高いか低いかということよりも、透明性があること、平等であること、そして自分の仕事を的確に評価してくれるという信頼感、といったものが給与において最も重要です」と語ります。
その透明性を担保するのが、創業者であるマーク・ベニオフ会長兼CEOが自ら作り出した「V2MOM(ヴイ・ツー・マム)」という個々人の目標の進捗管理ができる仕組みです。
つまり、V2MOMは、全社員が自ら設定した目標を達成していく状況が見える化された仕組みであり、いわば、給与を決めるためのITプラットフォームという言い方もできるかもしれません。
目標とその達成に対する評価は人によってばらつきが出やすいものになりがちですが、透明性や公平性を保つために、同社のテクノロジーが活用されているわけです。
一人ひとりの「V2MOM」は、社内ソーシャルプラットフォームで全社に公開されており、それぞれの目標や進捗状況などを、社員の誰もが見ることができます。
「私の目標も、私の名前をクリックすると誰でも見ることができます。たとえば、私の目標が新卒採用40人だったとします。
そして、実際入社したのが36人だったとすると、達成率は90パーセント。これだと、私のボーナス査定が満点にはならないことが誰にでもわかります。
進捗や結果は加筆修正も履歴も残る仕組みになっているため、すべてがオンタイムで、つねに更新されながら公開されています。
誰がいま何をしていて、どういう結果になったのか。それが評価や給与につながることを社員全員が理解できるということです。
V2MOMでそれぞれの目標を共有していることが、評価や給与の透明性につながっています」と石井本部長は言います。
営業職の社員は、売上の達成率でインセンティブボーナスが決まりますが、V2MOMに記載されている目標達成度も、売上達成度以外の評価につながります。
また、数字だけでは成果を表せない部署では、V2MOMが業績評価の全てになっています。
「V2MOMの中には、数字では評価できないプロジェクトも入っています。たとえば、『部下を育てる』なども評価されますし、それが最終的に、昇給や昇格、株式付与などの評価の基準になっていきます。
バックオフィスではインセンティブがありませんので、このV2MOMに基づいて、昇給や昇格、株式付与に加えて、ボーナスも決まることになります。
もちろん、V2MOMでも、各個人の給与額を見ることまではできませんが、先ほどの私の例のように達成度は誰でもわかるようになっています」
目標設定過程も、全社員に公開される
V2MOMで公開される目標は、年度始めに全社員がかなりのスピードで作成、設定しているといいます。
「最初に、本社CEOのマーク・ベニオフが今年度の会社としての目標を提案し、役員とともに2~3日間かけて侃々諤々の議論を行います。この様子はブロードキャスティングされていて、世界中の社員が見ることができます。
しかも、その議論に対して『Chatter(チャター)』というコミュニケーションポータルから意見することもできます。司会を担当する人が、その意見をそのまま議論の場に投げかけることもあります。
この議論を経て、今年度の目標が確定され、社員に共有されます。その後、その内容に基づいて各部門の目標が設定され、最終的にそれぞれの社員が自分の目標を決めていきます。マークのV2MOMが定まってから、約3万人の社員のそれぞれの目標が決まり共有されるまで約45日しかかかっておらず、すぐに目標に向かって進むことができます」
セールスフォース・ドットコムでは、このV2MOMを活用した目標設定を、創業以来、19年間変わらずに続けています。
ここで設定された目標は四半期毎に上司であるマネージャーと相談して、新しいことを加えたり、中止になったものは外したり、つくり直しているといいます。
もちろんその履歴は残るようになっています。目標の共有も、目標の変更も、そして変更したものの共有も、素早く行えるというところは、クラウドテクノロジーの進化に依るところが大きいといえるでしょう。
数字に表れない評価の背景にある企業文化「Ohana」
V2MOMが給与査定のベースになりますが、昇給、ボーナスの決定には「社員が企業理念を理解しているか」ということも加味されるといいます。評価に色濃く反映されているのが、セールスフォース・ドットコム独自の企業文化です。
「お客さまを幸せにし、お客さまのビジネスが伸びるようサービスの提供をしていくことが弊社の使命です。それを実現するためには、社員自らが元気に楽しく働いて、つねにアイデアで溢れていなければなりません。
そこで弊社の人事のフォーカスは、『企業文化+テクノロジー=社員エンゲージメント』としています。つまり弊社独自の文化と、IT技術を最大限活用した働き方によって、社員の会社に対するエンゲージメントを高めていく、ということです。
私が所属している人事本部は、英語では、一般的な呼称である『Human Resources(ヒューマン・リソース)』ではなく、『Employee Success(エンプロイー・サクセス)』と呼んでいます。それは『社員が成功(活躍)していることが、お客さまの成功・幸せ(Customer Success)につながる』、これが弊社の大前提になっているからです」
社員が成功していること、すなわち、高い「社員エンゲージメント」であることですが、「弊社の社員エンゲージメントの根幹には、給与などの目に見えるものだけではなく、独自の『Ohana(オハナ)』という企業文化があります。
『Ohana』とはハワイ語で家族、つまり人々をつなげるものを意味します。
Ohanaは、社員やお客さまだけではなく、弊社に関わるすべての人たちに、家族と感じてもらえることです。
社員同士が仲良くするという家族にプラスアルファーとして、弊社に関わった方々が家族として世の中の人々を大事にしていきましょう、というのが基本になります。
したがって、社員の評価にも、結果だけではなく、つねにこの文化を大切にしているかという軸があります」
Ohanaには、「信頼」「カスタマーサクセス」「イノベーション」「平等(イクオリティ)」という4つのコアバリューがあり、これに基づいてよりよい世界を目指して行動しているといいます。
またOhanaの考え方は、ビジネスの世界でも徹底されています。
「弊社のアピールポイントも、Ohanaの観点から、競合他社との比較ではなく、弊社を利用いただくとみなさまのビジネスがこれだけ伸びます、信頼いただければ一緒にビジネスを伸ばしていくことができます、ということになります。
一緒の家族になっていただき、家族ですから一生お付き合いいたします、というのが弊社の訴求ポイントになっています」
リアルタイム・フィードバックから生まれる信頼感
近年、人事考課を廃止して、「One to One リアルタイム・フィードバック」というツールを導入したといいます。そのねらいは何なのでしょうか。
「年2回の人事考課を廃止した大きな理由は、遅すぎるからです。年2回の社員の評価では、反映されるのが半年後になってしまいます。それでは遅いのです。タイミングを逃さずに評価することが重要です。
それに、評価というか、そのフィードバックをギフトとしてやり取りし素早く改善していく会社のほうが、イノベーションはたくさん生まれ、早く動けるのではないでしょうか。リアルタイムでフィードバックすることが、社員のやる気やパフォーマンスの改善につながりますし、社員のモチベーションの向上にもなっていると思います」
また、セールスフォース・ドットコムには、IT企業ならではの組織間シナジーの創出を促すために、先ほど石井本部長の話の中で出てきた『Chatter(チャター)』が用いられています。
社員間の情報の格差をなくし、組織間の壁を取り払うことに活用されているといいます。またグローバル企業としては、時差やロケーションを気にせずに、海外の部署とのコミュニケーションにも重宝しているとのことです。
「チャターはチャットだけではなく、業務ソフトにもつながっています。たとえば地方担当の営業部長は、出張などで自分の部下にほとんど会うことができませんが、部下の業務を確認し、チャターを通じて部下にメッセージや指示をリアルタイムに出すことができます」
よく信頼関係はフェイス・トゥ・フェイスでなければ築くことが難しいといわれますが、テクノロジーの進化と活用によって、細かくコンタクトできる環境がつくれれば、それさえも乗り越えていくという好例でしょう。これもまた、正しい評価につながるテクノロジーともいえます。
「顔を合わせる機会が少なくても、私たちは根底にOhana文化があり、互いへの信頼をベースに、テクノロジーを活用して働いています」
さらに、信頼の基礎となる、給与の平等性については、グローバル企業ならではの考え方があるようです。
「透明性とともに重要なことは、平等であることです。これは弊社の文化であるOhanaのコアバリューのひとつでもあります。
したがって、ポジションや業務内容が同じであれば、性別・LGBTQ・人種・宗教・年齢などに関係なく、同じ給与を支払うことが徹底されています。
イコールペイにおいて、差別をなくすことは入社時点から行っています。
たとえば、転職してきた女性が、前の会社の給与で女性は別の給与レベルであった場合でも、それを基準にすることはありません。
弊社では、性別による入社時点での給与格差が生じないように採用しています。それでも、ギャップがある場合を考慮して、2年ほど前から、年に1回、給与を確認することに取り組んでいます」
昨年、平等という観点から、大きくルールを変えたものがあるそうです。
「各種手当てにおいて、事実婚も同性婚も、すべて配偶者として扱い、同じ適用にしました。また、不妊治療保険を導入し、弊社の社員、配偶者の別なく、夫婦ごとに年間200万円までの支援を始めました。
同様に、子や親の看護や介護は、夫婦のどちらも負担すべきと考え、休暇、休職を取りやすいように、申請する際に要介護の認定書類や病院などの証明書を提出しなくても休暇を取ることができるようにしました。
これらに加えて、『スーパーフレックス』など、働く場所や時間を選ばない自由な働き方を提供することで、弊社の育休からの職場復帰率は100パーセントで、第二子、第三子を出産して戻っている社員も数多くいます」