(本記事は、髙橋恭介氏の著書『給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方』アスコム、2018年7月6日刊の中から一部を抜粋・編集しています)

3割近い離職率が、働き方と給与を見直すきっかけになった

給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方
(画像=little star/Shutterstock.com)

日本のグループウェア市場をリードするサイボウズでは、離職率が28パーセントと過去最高を記録した2005年を機に、「ワークスタイル変革」を行ってきました。

社員それぞれが望む働き方を実現できるようにと、給与改革に加え、組織や評価制度の見直し、ワークライフバランスに配慮した制度や社内コミュニケーションを活性化する施策などを、次々と実施したのです。

その結果、いまでは離職率は4パーセント以下にまで下がっています。

「たしかにきっかけは離職率28パーセントでしたが、ワークスタイルの変革以前に、いちばん大きかったのは、大事にすべき会社の理想・理念を変えたことだと私は思っています」と執行役員・事業支援本部の中根弓佳本部長は話します。

「当時、積極的にM&Aをして、1年半で9社を買収し、規模の拡大に伴い人が増え、売上も増えて、時価総額も上昇していたのですが、大量の離職者を生んでしまい、業績も思うように上向かない……。そこで『こういうことをして私たちは幸せなのか』『本当に目指したいものは何なのか』などをみんなで議論しました。

規模ばかりを追求してコミュニケーションが不十分であったり、かえって生産性が下がった経験を踏まえ、『世界中のチームワーク向上にITを通じて貢献』することを私たちの最大の目標にしよう、と決めました。

そこで会社の理想やビジョンが大切だということを改めて認識したのです。上位概念であるビジョンを、全社で確認できたからこそ、いまのような働き方や評価制度などがあると思います」

サイボウズの人事制度の方針は「100人いれば、100通りの働き方があってよい」ことだそうです。

従業員一人ひとりの個性が違うことを前提に、それぞれが望む働き方や報酬を実現していくという考え方で、横並びよりも、個人を重んじることで一人ひとりの幸福を追求していくのだといいます。

「働き方を選択することも、自分の仕事に対していくら欲しいということも、それぞれの価値観です。

たとえば給与が高ければ高いだけ、会社(チーム)からの期待値も上がっていきますが、中には『そこまで期待値を上げてもらわなくていい。いまの私にとっては、4時に退社して子どもの保育園のお迎えに行けることが大事だ』という社員もいます。

それで、社員一人ひとりにとっての給与の考え方、働き方の優先順位についてコミュニケーションするようにしました。

たとえば『あなたにとって大事なことは?』の問いに、『こんな働き方がしたい』『こういう業務を与えてほしい』『こんなオフィスで働きたい』『こんな仲間と一緒に働きたい』、それから『ありがとうといってもらえること』というのもありましたね」

こうしたことは、転職活動をするとき、誰しもが考えるでしょう。

給与の額面だけでなく、「残業が多過ぎるから働き方を変えたい」「こういう仕事にチャレンジしたい」「職場の雰囲気が大事」など、自分にとって働くことの優先順位を当然のように考えるものです。

しかし、いったん入社するとこうしたことは日々の業務に追われるなかで、忘れがちになります。

給与も含めて、その社員にとっていちばんいい働き方を、互いにコミュニケーションしながらつくっていくのがサイボウズのやり方です。

「以前は、給与という文脈と働き方という文脈が別々に流れていたように思います。そこでは給与はお金だけを見ていたのですが、じつはお金というのも価値観の中のひとつでしかなく、働き方も含めて、そのとき『いくらもらいたい』というのは個人によって違います。

片やチームにとっての経済合理性もあります。

それがうまくマッチングするところを探っていくことが給与を決めるということなのではないでしょうか」と、お金だけではない報酬に対する考え方を、中根本部長は語ってくれました。

ライフスタイルにあわせ、9つのワークスタイルから選択可能

「離職率の高かった2005年に、出産を控えたひとりの女性社員がいました。

そこで『できれば辞めたくない』といってくれる人が長く働ける方法をつくろうと、労働時間を選択可能にしました(選択型人事制度)。

さらに自社のグループウェアなどのIT技術を活用すれば、場所に縛られることなくメンバーとコミュニケーションすることができますから、テレワークも行えるようにしました(在宅勤務制度)」

現在サイボウズでは、時間(長い─短い)と場所(自由─オフィス/会社の指定場所)を軸にして働き方が選択できます。

これはライフステージの変化にあわせて働き方を選択できる制度で、育児、介護に限らず通学や副業などの個人の事情に応じて、勤務時間や場所を決めることができるようになったそうです。

これに加えて事前に選択した働き方ではない働き方も用意されていると中根本部長は言います。

「ウルトラワークと呼んでいますが、その日だけ自宅で働くという選択もできます。ただし実行するときは、スケジューラーでチームのメンバーに公開しています」

制度とツールと風土は三位一体。そして制度とはメッセージだ

政府が進める「働き方改革」では、「効率化」「残業削減」「効率を下げないで売上を上げる」などに焦点が当てられていますが、サイボウズでは、社員の多様な個性、価値観に寄り添った方向で推し進められています。

「現在の働き方改革では、会社と個人、それぞれの視点からバラバラに語られている気がします。しかし本当は両輪なんですね。

個人の幸福な生き方を追求することは、長期的にチームの生産性を上げることにつながりますし、それを実行できる働き方や環境をつくることで、共感する優秀な人材が集まってくると思います。

しかし経営者は社員個人の幸福という方向にはなかなか目が向かず、逆に労働組合はそのことばかりいっている……。でも本当は一緒に語られるべきものだと思います」と中根本部長は語ります。

サイボウズではワークスタイル変革の要件として、「制度、ツール、風土」を三位一体と捉えているそうです。

「制度もツールも使いこなせるかどうかはヒト、そしてそのチーム次第です。多様な働き方を実現するのに重要なのは、それを可能にする風土」と考えているそうです。ちなみに風土とは、多様性重視、個性の尊重、公明正大、率先垂範、……などを指します。

「日本橋オフィスに移転するとき、私たちにとってのオフィスとはどうあるべきかを考えました。

自社のグループウェアを使ったバーチャルなオフィス環境があるのに、なぜリアルなオフィスが必要なのか。在宅勤務制度があるのに、何でオフィスに行きたいと思うのか。

そこで私たちがつくりたいオフィスとは、チームの理想を達成するためのツールのひとつだと考えるようになりました。

私たちの理念である『チームワークあふれる社会を創る』ために、このオフィスにどういう役割を持たせようか、と考えるようになって生まれたのが『Big Hub for Teamwork』というコンセプトです。

制度やそれを助けるツールがいくらあっても、活用されなければ意味がありません。

それらに対して悲観的な社内の風土や雰囲気があっては、その制度は形骸化してしまいます。どんなに制度とツールがあったとしても、活用できる風土がないとダメなんです。

ですから制度とツールと風土は3点セットなのです」と話す中根本部長は、制度について、サイボウズらしいユニークな捉え方を教えてくれました。

「制度は形ではなく、メッセージです。チームがこうありたいというメッセージ。メッセージがない制度に意味はありません。

たとえば在宅勤務制度には、『事情があって在宅でしか働けない人も一緒に頑張ろうよ』『在宅勤務のほうがパフォーマンスが上がるケースはあるよね』『お客様に安心してサービスを提供し続けるために、災害などの万が一の場合でも家で働けるようにしていますよ』など、こういうメッセージがすごく大事なのだと思います」

最長6年間。自分磨きのための「育自分休暇制度」

サイボウズには、今まで述べてきた以外にも、育児・介護休暇制度、育自分休暇制度、副業許可、子連れ出勤制度など、多様な働き方を可能とする制度があります。

なかでも、環境を変えて自分を成長させるために退職した人(35歳以下)が復帰が可能な育自分休暇制度はとてもユニークな制度です。

「『育児・介護休暇制度』には、いったんサイボウズを離れても、戻ってきてほしいというメッセージが込められており、最長6年と長くしています。

ではなぜ『育自分休暇制度』ができたのかといえば、育児で長期間サイボウズを離れることを許可するのであれば、自分を育成する、成長するためにサイボウズを離れることも良いのではないかと気づいたからです。

自分磨きのために『頑張って。でもいつでも(最長6年間)戻ってきて』というメッセージを出すことで、多様な経験を積んで、能力や人脈を培った人材が帰ってきやすい環境を整えたのです。

それに弊社ではもともと出戻りする社員がいましたし、サイボウズに限らず、社員個人の成長や自分らしいキャリアを築くことを私たちは支援していきたいというメッセージが育自分休暇制度にはあるのです」と中根本部長は説明します。

企業は、会社の売上、利益、利潤を追求することを目的としているのが一般的ですが、サイボウズでは、それだけではない目指すべき原点があるのだといいます。

「もちろん継続するための売上と次への投資の確保は大事です。しかし私たちが目指したいものは、『世界中のチームワーク向上に貢献する』ことです。

またKPIは売上や利益よりも『ユーザー数』です。

世界中のチームワーク向上に貢献するために、得意なIT分野を中心として貢献する。そのためには、優秀な人たちに集まってもらい、いいグループウェアを作り、いいサポートをしていかなければなりません。もちろん給与を払わなければいけませんので、その対価はもらいますが、売上や利益を第一目的にして社員は本当に幸せなのか、という原点に大きく立ち戻ったのです」

給与(お金)だけではなく、社員自身の幸福につながるような働き方や環境づくり、制度、ツールなど、会社側が社員に提供できるさまざまなことの総体が、きっとサイボウズでは給与を含めた報酬パッケージと考えているのでしょう。

給与2.0 10年後も給与が上がり続ける新しい働き方
髙橋恭介(たかはしきょうすけ)
一般社団法人スマートワーク推進機構代表理事。株式会社あしたのチーム代表取締役。東洋大学経営学部卒業後、興銀リース株式会社に入社。2002年、プリモ・ジャパン株式会社に入社。2008年、リーマンショックの直後に株式会社あしたのチームを設立、代表取締役に就任する。2018年2月には、人事評価制度の啓蒙と浸透を目的に「一般社団法人人事評価推進協議会」を設立。

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