シンカー:1月30日に改定された内閣府の中長期の経済財政に関する試算で、財政収支の改善が遅れているとみるのは適切でないと考える。試算では、団塊世代の後期高齢者化による民間貯蓄の不足と社会保障システムの破綻への懸念はマクロ・ロジックで否定されている。更に、この試算は恒常的に財政赤字を1%以上も過度に見積もっていることがわかっている。財政は慎重に計画する必要があるという主張もあるが、潜在成長率が1%程度しかない日本で、財政政策を1%以上も想定より緊縮的(景気抑制的)にすることはやりすぎで、経済活動に大きな負荷をかけてしまうと考える。また1%以上(GDP比率)も緊縮的な想定となっていれば、そこを基点とする将来のシミュレーションの結果にも影響が出てくることになる。将来のシミュレーションが全体として+1%程度の上方修正となれば、慎重なベースラインケースでも2022年度の財政収支の予測が-1.0%から0.0%程度となり、財政赤字が解消してしまうことになる。2025年度の基礎的財政収支黒字化目標の前に財政赤字がなくなるシミュレーションとなり、消費税率引き上げを含め財政緊縮を急がなければならない論拠が崩れ、デフレ完全脱却を経済政策の主目的とする論拠がより強固となる。更に試算では、慎重なベースラインシナリオで、団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり社会保障費と医療費が急増するといわれる2028年度でも、民間貯蓄と国際経常収支の黒字が大きいことが確認できる。社会保障基金の収支もまだ黒字が拡大していく。民間貯蓄がかなりの期間にわたり不足しないことが明らかとなり、消費税率引き上げを含む早急な財政緊縮の必要性は感じられない。日本経済の喫緊の問題は、財政赤字を早急に縮小させることではなく、民間経済を刺激し、企業投資を活性化することであることが明確になる。一方、財政赤字を早急に縮小し、貯蓄の前倒しが需要不足を継続させ、デフレ状態における経済パフォーマンスの悪化が企業の将来への投資を抑制してしまえば、生産性は向上せず、実質所得は減少し、民間貯蓄が不足するリスクが増してしまうことになろう。その場合、財政赤字が縮小した分だけ、民間貯蓄も縮小するだけで、問題の根はより深くなってしまう。
報道される国家予算の一般会計の収支だけでは、特別会計や地方政府が入っておらず、それらの間の資金の動きの影響も見えにくいため、一般政府全体の財政赤字の状況は分からない。
ようやく3月に年度が終わった後の12月に国民経済計算年次推計でまとめられて、一般政府全体の財政収支の赤字がわかることになる。
12月25日に公表された2017年度の財政収支は-2.7%(GDP比率)と、2016年度の-3.4%から更に改善したことが確認された。
内閣府の中長期の経済財政に関する試算が毎年夏に改定される。
夏には前年度は終わっており、その決算も税収の状況を含めまとまりつつあるため、前年度の一般政府の財政赤字はかなりの精度で試算できると考えても不思議ではない。
夏の内閣府の一般政府の財政赤字の推計(GDP比)は現実的な成長前提のベースラインケースで、2013年度-8.3%、2014年度-6.5%、2015年度-4.7%、2016年度-4.7%、2017年度-4.0%であった。
一方、12月に国民経済計算年次推計で判明した結果(当初の発表から改定があったとしても財政の決算に大きな変化はないため影響は小さいと判断する)は、2013年度-7.2%、2014年度-4.9%、2015年度-3.3%、2016年度-3.4%、2017年度-2.7%であり、財政収支は明確に改善トレンドにある。
これでも財政収支が改善していないと言い続けるのは、かなりバイアスがかかった主張であるように思われる。
その差(内閣府試算―国民経済年次推計結果)は、2013年度+1.1%、2014年度+1.6%、2015年度+1.4%、2016年度+1.3%、2017年度+1.3%であった。
恒常的に1%以上も財政赤字を過度に見積もっていることがわかっている。
財政は慎重に計画する必要があるという主張もあるが、潜在成長率が1%程度しかない日本で、財政政策を1%以上も想定より緊縮的(景気抑制的)にすることはやりすぎで、経済活動に大きな負荷をかけてしまうと考える。
2018年度は堅調な景気拡大を背景に、企業収益と総賃金が増加し、税収が過去最高となることが確実になっている。
日銀資金循環統計(国民経済計算年次推計の実物取引の裏側の金融取引)でみると、一般政府の収支は2017年1-3月期の-2.3%から2018年7-9月期には-1.8%まで改善し、2018年度全体でも改善する可能性がかなり高い。
しかし、1月30日に改定された内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、2018年度の一般政府の財政赤字は-3.6%とされ、2017年度の-2.7%から悪化する試算となっている。
また1%以上も緊縮的な想定となっているのであれば、そこを基点とする将来のシミュレーションの結果にも影響が出てくることになる。
将来のシミュレーションが全体として+1%程度の上方修正となれば、慎重なベースラインケースでも2022年度の財政収支の予測が-1.0%から0.0%程度となり、財政赤字が解消してしまうことになる。
2025年度の基礎的財政収支黒字化目標の前に財政赤字がなくなるシミュレーションとなり、消費税率引き上げを含め財政緊縮を急がなければならない論拠が崩れ、デフレ完全脱却を経済政策の主目的とする論拠がより強固となる。
更に、改定された内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、慎重なベースラインシナリオで、団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり社会保障費と医療費が急増するといわれる2028年度でも、民間貯蓄はGDP対比+4.2%と大きいことが確認できる。
団塊ジュニアが50代で収入と貯蓄が大きくなることが寄与し、民間貯蓄が潤沢であるため、国際経常収支は同+3.3%の巨額の黒字となっている。
国債の長期金利は2.0%まで上昇しているが、利払い費の増加による財政赤字の拡大要因と、社会保障基金の利回りの上昇の縮小要因がバランスしているようだ。
内閣府の試算から計算すると、2028年度の社会保障基金の収支は+1.7%となり、2018年度の+0.6%から黒字が拡大傾向となっている。
民間貯蓄がかなりの期間にわたり不足しないことが明らかとなり、消費税率引き上げを含む早急な財政緊縮の必要性は感じられない。
団塊世代の後期高齢者化による民間貯蓄の不足と社会保障システムの破綻への懸念は、内閣府の試算でもマクロ・ロジックで既に否定されている。
日本経済の喫緊の問題は、財政赤字を早急に縮小させることではなく、民間経済を刺激し、企業投資を活性化することであることが明確になる。
一方、財政赤字を早急に縮小し、貯蓄の前倒しが需要不足を継続させ、デフレ状態における経済パフォーマンスの悪化が企業の将来への投資を抑制してしまえば、生産性は向上せず、実質所得は減少し、民間貯蓄が不足するリスクが増してしまうことになろう。
その場合、財政赤字が縮小した分だけ、民間貯蓄も縮小するだけで、問題の根はより深くなってしまう。
表)夏の内閣府の中長期の経済財政に関する試算での財政赤字と、12月の国民経済計算年次推計で判明した結果
表)内閣府中長期財政試算 部門別収支予測(ベースラインケース)
表)内閣府中長期財政試算 部門別収支予測(成長実現ケース)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司