ブロックチェーン,エストニア,スタートアップ,書評
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転職や引っ越しの時など、同じような書類を会社や役所で何度も書かされたり状況を説明させられたりする。「それ、もう言った」「これさっきも同じこと書いたな」と辟易した経験は誰にでもあるだろう。入力がパソコンやタブレットでいいならコピペできるかもしれないが、手書きだといちいち同じことを何度も書かなければいけない。そんな面倒がない(かもしれない)国がある。それは「エストニア」だ。

e-レジデンシーで市民になれる? 紙の書類やハンコの要らない国

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エストニアと聞いて、どこにあるどんな国かイメージできる人はそう多くないだろう。エストニアは、バルト海とフィンランド湾に接する北欧の共和国で、バルト三国の中で最も北に位置する。国境は南はラトビア、東はロシアと接し、面積は九州の1.2倍程度(日本の9分の1)、人口は約132万人。一人当たり名目GDPは1万9,840ドル、実質経済成長率は 4.9%(ともに2017年。IMF)という。

エストニアは、暗号通貨やスタートアップ、テクノロジーが好きな層には、「skypeを生んだ国」として、「e-レジデンシーが取れる国」として知られている。

e-レジデンシー(電子居住権)はその名から推察できるとおり、バーチャルな市民になれる権利。実際の居住権や選挙権は得られないが、銀行口座を作ったり会社を設立したりできる。かかる費用は100ユーロ程度。、もちろん日本にいながらもネットで(カードを受け取るためにエストニア大使館に行く必要はあるが)申し込める。

何がメリットかというと、エストニアはEU加盟国だから、現地に行かずにネットで、しかも数十分でEUに会社が作れることだ(ただ開設できる銀行口座は使い物にならないといった指摘がある)。納税や確定申告のような作業もこのe-レジデンシーでできる。公的文書の電子署名にも対応しており、役所に行って書類に印鑑をついたり、原本を郵送したりする必要がない。

エストニアは情報公開法で、同じデータを集める目的で複数のデータを構築することを禁じているという。電子政府制度の運用において原則としているのも「透明性」と「Once Only」(一度きり)。政府は同じデータを求めるために2度同じことを聞かない。だから紙の書類を手書きで埋めたり、同じ書類に何度も入力したりする必要はないはずだ。

こうしたエストニアの状況についてよくまとめられているのが、紹介する『ブロックチェーン、AIで先を行くエストニアで見つけたつまらくない未来』(小島健志著、孫泰蔵監修、ダイヤモンド社)だ。しっかりと現地で取材されており、巻末にはエストニアのカリユライド大統領のインタビューまで掲載されている。

エストニアでは在外の外国人がe-レジデンシーを使えるくらいだから、当然エストニア国民の管理にもデジタルIDが行き届いている。納税などあらゆることができ、できないのは「結婚、離婚、不動産売却」程度だという徹底ぶりだ。また本書でも紹介されているが、赤ちゃんが生まれると10分以内に国からお祝いのメールとともに11桁のIDが届くというからすごい。

ブロックチェーンという言葉が生まれる前からの取り組み

エストニアに関する情報や記事やWebメディアやニュースでも時おり読めるが、現地取材をもとにしながらしっかりとまとめられている本書はありがたい。特に、電子政府制度の根幹といえる分散型データ交換基盤システム「X-Road」と、これをいかに導入、定着させたかの解説は丁寧で分かりやすく、かつ興味深い。

一般に、国や地方自治体は国民、住民の情報を集めたデータベースを持っている。これが役所ごと、部課ごとにデータを持とうとすると、冒頭で述べたようにデータベースごとのデータ入力が必要になる。「それなら大きなデータベースを一つ作ればいいではないか」という発想が浮かびそうだが、そうするとハッキングや被災などのリスク、同期のタイムラグといった問題が生じてしまう。

そこでエストニアが選んだのは、もともとあったバラバラのデータベースをつなぐという発想。それを支えている技術が「X-Road」なわけだ。これは2001年から使われているというから、ブロックチェーンという言葉が生まれる前から、その本質である分散型台帳の仕組みをめざしていたということになる。その仕組みや、いかに実現したかについては本書で確かめて欲しい。

スマートコントラクトで事前協議はスムーズになるのか?

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本書を読んでちょっと疑問に思った(筆者の理解が追い付いていない)点は、スマートコントラクトの利点について。本書では、紙の書類契約よりもスムーズにことが進むと説明されているが、本当にそうなのだろうか。

ちなみにスマートコントラクトとは取引の自動化のことで、コントラクト(契約)に記した条件が実現すると、自動的に契約内容が執行(実行)されるというものだ。疑問に思ったのは、いわゆるオラクル問題ではない。

序章12ページに、このような説明がある(要旨)。

「AさんとBさんが契約を結ぼうとしたとき、スマートコントラクトを用いれば、条件Xが整ったときに初めて契約が実行される、というようなあいまいな条件のままで契約を結ぶことができる。条件Xの現状が不透明でも合意さえできれば契約は有効になる。これが紙の場合だとそう簡単にことが運ばない。事前の協議では条件Xについて、『さまざまな場合分けをして、とことん詰めましょう』という話になりやすい。一度契約を結べても、改めて修正契約を結ぶことなるでしょう。とりわけプロジェクトが煮詰まっていない段階や条件Xに不確定要素が多いとかなりの議論をしなければならず、大変な労力と時間がかかっていた」

しかし、事前協議がそんなにスムーズにいくのだろうか。オラクルをいかに実現するかという問題もある中で、本当に紙のときよりも契約のハードルが下がるのだろうか。これは本書の問題というよりスマートコントラクトをいかに実装するかという点における課題なのかもしれない。今後、その点を踏まえ、ブロックチェーンやスマートコントラクトの技術的な理解を深める必要性を痛感した。(濱田 優、ZUU online編集長)