先日、資産数百億円を超えるIT長者のM氏が結婚した。事業が成功し、愛する人との結婚と幸せの絶頂にいる、ように見える彼だが、実はその心の奥底は極めて冷静沈着で、合理的な思考が動いていた。

彼は起業した自社の株式を始め、多くの金融資産を保有しているが、結婚の直前にシンガポールの投資家ビザを取得し、金融資産を利益確定した上で大量の仮想通貨を保有した。妻と結婚したのはその後のことだったのだ。彼の狙いは一体何だろうか。

「結婚前後」に存在する見えない境界線

シンガポール,富裕層
(画像=Richie Chan / Shutterstock.com)

ビジネスや投資で資産を築いた人であれば、結婚前と後で大きなラインが引かれているのが見えているだろう。それが「特有財産」と「共有財産」である。

特有財産というのは、結婚前に築いた財産のことだ。例えば特有財産として夫が株を保有したまま結婚、その後株価が上昇し、利益確定をしてから妻と離婚をすることになっても、財産分与の対象から外れるので、株の売却で得た資産は夫の財産となる。

一方、結婚後に株を取得した場合は「共有財産」となる。共有財産として取得した株の価格が上昇して売却、その後離婚した場合は配偶者と利益を分配することになってしまうのだ。それ故にビジネスや投資で成功した資産を「結婚前」か「結婚後」に保有していたかどうかで、残念ながら離婚してしまった後の財産分与で大きく事情が異なるのである。

投資家ビザを得られるシンガポール

シンガポールには「投資家ビザ」というものが存在する。M氏はアメリカ人であるが、アメリカ国籍はそのままに、シンガポールの投資家ビザを取得してシンガポールの住民となるのだ。シンガポールではキャピタルゲイン課税を大きく抑えることができる。M氏はアメリカ国内で取得した自社株を、シンガポールで利益確定をした。

これによりキャピタルゲイン課税(の大部分)を免れたのである。株の売却で得た資金を使って、M氏は大量の仮想通貨を取得した。その後、M氏は奥さんと結婚をしたことで「仮想通貨」は特有財産となった。

離婚時の財産分与へのリスクヘッジ

制度的には、自社株は結婚前に取得したものであるから、結婚後に売却をしても利益を奥さんと分配する必要はないと思われる。だがM氏は自社株より長期的に見て、仮想通貨のほうが将来的な価格の上昇が見込まれると考えたのだろう。

もしも結婚後に仮想通貨の大きな上昇が期待されることが分かり、自社株を利益確定して仮想通貨を購入すると、その仮想通貨の売却益は奥さんとの共同財産となり、財産分与の対象に入ってしまう。そのためM氏は結婚直前にシンガポールで自社株を売り、その資金で仮想通貨を購入することにしたのである。

これから愛する奥さんとの結婚式の準備を進めながら、財産分与のリスクヘッジをするとは、なんとも合理的、ある種の冷たさすら感じてしまう。M氏は結婚前に仮想通貨を取得したので、この先、仮想通貨が大きな値上がりをして売却したとしても、奥さんには財産分与されることはない。華やかな結婚式で見せた笑顔の裏側には、経済的合理性を追求した冷徹さが潜んでいたのである。(黒坂岳央、高級フルーツギフトショップ「水菓子肥後庵」代表)

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