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(画像=包みを開くと、産地直送のハーブの香りと魚介の香りが漂うカルトッチョ)

ジビエ猟の現場を知るからこその言葉

今や有馬シェフの代名詞にもなっているジビエ料理は、産地を巡る中で出会った猟師との関係によりもたらされたものである。クマ、アナグマ、タヌキ、コジュケイなど入手困難な珍しいジビエを思わぬ調理法で提供し、食通からも高い評価を得ているが、ことさらジビエにだけにこだわってはいないと有馬シェフは語る。

「管理されて育てられる食材と違って、野生の生き物であるジビエは個体差が大きく、知識や経験がものを言います。料理人としてやりがいは感じていますが、珍しいジビエを使って話題性を狙っているという気持ちはなく、ただ単に美味しいから使っているんです。イタリアンは郷土料理の集合体です。それを日本の食材で表現するのが、僕の料理のテーマ。ジビエも昔から続く日本の旬を楽しめる食材なので、いいものが届いた時には使っています。“ジビエは臭い”と思っていた方に、『え?こんなに美味しいんだ!』と言ってもらった時は嬉しいですね。うちのジビエは野生ならではの風味はありますが、臭くはないんですよ。猟師さんから状態のいいものが届きますから」

しかし、「いい状態のジビエを入手するのは至難の業」と有馬シェフは続ける。

「簡単に言うと、獲物を清潔な状態で、迅速に処理をすることが必要なのですが、これは口で言うほど簡単なことではありません。まず獲物が苦しんで死ぬと血が回って臭みの原因になりますので、急所を一発で仕留める腕と経験が必要です。その後、素早く血抜きをして、素材によっては内臓を出して、清潔な水で洗い、冷やしながら解体する。できれば15分以内で。これを、山中で行うことが簡単でないことは言わずともわかると思います。しかも、相手は自然です。暑さや寒さにまいってしまうときもあるし、何も捕れずに何日も山を下りられないときもある。たとえ捕れたとしても、何キロもある獲物を背負って山を下りるのです。『いい状態に処理して送って』とは、現場を知っていればおいそれと言えるわけがありません。だから僕は“お願い”するんです。『もしそういう機会があったら、絶対美味しく調理するから処理して送ってくれないだろうか』と」

猟師から送ってもらった大切なジビエは、調理後に、その感想を猟師へとフィードバックしているという。

「『この間のシカ、こういう風に調理したら最高だったよ!』と伝えるんです。すると生産者のほうも、嬉しいと思ってくれるみたいですね。『こんなのがあるけど、使ってくれないか?』というお声を頂くようになっていきました」

こうして届いた貴重な食材を、可能な限り活かし使い切ることを信条としており、『パッソ ア パッソ』ではゴミの量まで厳密に決まっている。なんと一週間で出すゴミは、90リットルのゴミ袋1枚分のみ(キッチンペーパーなどのゴミも含む)だという。有馬シェフの徹底ぶりがそこに表れている。

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(画像=『パッソ ア パッソ』の店内)

誰よりも失敗を重ねてきたという自信

最後に「料理人に最も必要なのは?」という問いを投げかけたところ、こんな答えが返ってきた。

「美味しいものを作りたいと思い、そこに向かって努力を続けること。やはり最後はこれに尽きるんじゃないかな? 料理は表現の一つだからセンスや才能もないよりはあったほうがいい。でも、それがすべてではない。失敗しても、その原因を探し取り除いていくという作業を、諦めずに繰り返していくことが重要です。僕だって、誰よりも失敗を重ねてきた自信がありますよ(笑)。そして、これから料理人を目指す人に言いたいことがあるとすれば、やはり、食材は大切にしてほしいと思いますね」

生産者の苦労を知ったうえで、育てられた食材を活かしきるために最善を尽くす。その一つを貫き、努力を続けてきた有馬シェフらしい言葉ではないだろうか。そして有馬シェフはこう続ける。「僕も今で完成ではない。まだまだ学び続けますよ」。

生産者が真心こめた素材を、料理人が余すところなく活かし、その料理でお客を魅了し喜ばせるという“気持ちのいい”ループで発展を続けてきた『パッソ ア パッソ』。ここで供される料理は、これからも進化を続けていくに違いない。

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(画像=『パッソ ア パッソ』の外観)

有馬邦明(ありま・くにあき)
1972年生まれ。イタリア料理店で修業の後、1996年に渡伊。フィレンツェやミラノなどで2年間の修業を経て帰国。2002年、門前仲町に『パッソ ア パッソ』をオープン。産地を巡ることをライフワークとし、現在も休みの日には日本全国を飛び回っている。

『パッソ ア パッソ』
住所/東京都江東区深川2-6-1 アワーズビル1F
電話番号/03-5245-8645
営業時間/18:00~L.O.21:30
定休日/水曜(臨時休業あり)
席数/12

(提供:Foodist Media

執筆者:『Foodist Media』編集部