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(画像=『鰻はし本』の四代目・橋本正平さん)

料理人から見た「横山さんの鰻」の魅力

料理人から見て、泰正養鰻の魅力はどんなところにあるのだろうか。泰正養鰻のうなぎをフラグシップに掲げる老舗うなぎ屋『鰻はし本』に行き、四代目・橋本正平さんに話を伺った。橋本さんは、横山さんと年が近いこともあり、「仕事上の関係を超越して、親友でありパートナーである」と感じているそうだ。彼が横山さんと親しくなった背景には、「うなぎのトレーサビリティ」に対する問題意識があったという。

「今って、バーガーチェーンやスーパーに行っても、食材に生産者の顔写真や名前を出すことが当たり前になっていますよね。それは消費者側が信頼や安心感という付加価値を得るためだと思うんです。ところが、うなぎは豚や牛のような品評会すらなく、『僕が育てました』と言っている養鰻家を見かけません。そんな中、たまたま見かけた『泰正養鰻』のツイッターでは、養殖の状況を情報公開しているのがすごく新鮮でした。横山さんは、養鰻家として自分の名前や顔写真、住所、うなぎの育成方法などをさらけだした上で、『何かあったら自分で責任を負う』という覚悟を持ってやっているんです。そこに比較対象のない価値を感じました」。

ツイッターで横山さんとやりとりするうち、「専門家として率直な意見を聞かせてください」と頼まれ、泰正養鰻の活鰻が送られてきた。そのうなぎを調理してみてどう感じたのだろうか。

「産地や池元により時期は異なりますが、シラスから育てて、最初の出荷のうなぎは『とびのシンコ』と呼ばれます。シンコは柔らかくてさっぱりしていて、脂は豊かでいて軽く、食べやすいので初物的に重宝されるんです。一方で、12月頃から、うなぎの身や皮は固くなってゆく傾向があります。セイロで蒸す時間も長くとらねばならず、シンコのようなふっくら感とは違ったものになっていきます。横山さんにうなぎを送ってもらったのはちょうどそんな時期の2月でしたが、すごく柔らかくて美味しかった。春夏秋冬を通して横山さんのうなぎは味の乗り方がそれぞれに素晴らしい。泰正はシラスの池入れが2~3月と遅いので、夏場のピークにシンコの出荷は間に合わない。しかし、夏場に出荷を間に合わせる為の詰め込み型の給餌をせず、自然に任せて見守ることでシンコの引き合いが強い時期にも最高のヒネコ(1歳以上のうなぎ)を出荷しています。これを契約店は毎年楽しみにしているんです。『自分が面倒をみられるだけのうなぎしか育てない』という横山さんの姿勢がその美味しさに直結しています」。

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(画像=泰正養鰻のうなぎは春夏秋冬を通して美味い)

天然うなぎはとれる場所や時期、漁師の腕によって、120点のものもあれば60点のものもあり、ムラがある。だが養鰻は徹底的に品質管理されているため、年間を通して高いアベレージが出せる。橋本さんは天然うなぎをメインに使っている専門店にも泰正養鰻をすすめたり、生産者の会を開いたりして、少しずつその価値を伝えていくサポートを続けた。

「横山さんとの取り組みは、『養鰻の価値を向上させることで、難題を乗り越えていけるのではないか』と思って始めたんです。養鰻を使うことで、次の世代を生む天然の親うなぎを残すことができるので。今、うなぎの減少や違法取引は深刻な状況です。来年のワシントン条約締約国会議では国際取引が制限され、現在の流通量の20%まで落ち込む可能性が示唆されています。そうなれば、うなぎの流通価格の高騰は必ず起こる。うちだって廃業に追い込まれるかもしれず、他人ごとではありません。だけど、うなぎという食材を次世代に伝えるためには、今が正念場。専門店もチェーン店もスーパーも真剣に取り組むべき問題です。値段が高くなっても必要なら改革すべきだし、僕も、もし廃業になっても仕方ないという覚悟を持ってやっています」。

現在、資源管理の一環として、日本、中国、台湾でシラスの池入れ量を制限している。ただし、その上限は漁獲量を大きく上回る数値に設定されており、現実的には取り放題に近い。橋本さんはこの点を見直すべきだと考えているそうだ。

「僕ら専門店としては『うなぎは絶滅危惧種なんだから食べるな』と言われるのは、心が痛くて、辛いところなんです。本当は気持ちよく胸を張って『美味しいうなぎを食べてくださいね。これが日本の伝統料理なんですよ』と言いたい。だからこそ、環境に負担をかけない池入れ上限の設定や、サステナブルな食べ方を考える必要があると思います。横山さんとの取り組みは僕にとってはそういうビジョンを持ってやっていることです」。

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(画像=橋本さんのサポートにより、泰正養鰻での勉強会には多くの料理人が参加するようになった)

あえて土用の丑の日に休業する理由

橋本さんは、「最高のうなぎを最高の状態で食べてもらいたい」という思いから、毎年丑の日は休業している。例年、丑の日は店の前に大行列ができ、サービス面やキッチンの設備などあらゆる面でキャパシティを超えてくる。そのため、通常の営業の範囲なら気づくようなミスを見落とす恐れがあるそうだ。

「作り手としては、そんな状態でお客さまに『美味しかったよ、ありがとう』と言われても、完全に納得してその言葉を飲み込むことができません。毎日うなぎの命をいただいるので供養の思いも重ねて毎年休業していたんですけど、今年は新しい丑の日の過ごし方を模索しようと思っていて。今年の丑の日は2回あるのですが、7月20日は横山さんを呼んで、『食と燗 くらかわ』で養鰻のプレゼンテーションする予定なんです。多分全国どこにも、『生産者の話を聞く丑の日』をしているところはないはずです。8月1日は、『泰正養鰻』を含めて、泊まりがけで鹿児島の生産者と向き合うイベントを仲間と開催します。そういう活動を通して、未来に向かって良いうなぎが生まれるシステムや環境を作りたいって、いつも横山さんと話しています。まだ僕らだけの取り組みなので、『一緒にやりたい』『仲間に入れてよ』という人をもっと増やしていきたいですね」。

養鰻家と料理人がタッグを組んで、新しい価値を生み出すという取り組みは始まったばかり。まだ業界に空けた風穴は小さいが、そこから吹き込んだ新しい風は、いろんなところで変化をもたらしてくれそうだ。

横山桂一(よこやま・けいいち)
1977年鹿児島県生まれ。高校卒業後アメリカに留学し、帰国後、千葉県でプロゴルフの研修生になる。その後、有限会社泰正養鰻2代目に就任。泰正養鰻場にて完全無投薬のうなぎ「横山さんの鰻」の生産をする傍ら、インターネットを通じて料理店へのうなぎの出荷や、一般向けにうなぎの蒲焼の販売なども行なっている
http://www.taito-unagi.com

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(画像=『鰻はし本』の外観)

『鰻はし本』
住所/東京都中央区八重洲1-5-10
電話番号/03-3271-8888
営業時間/月~金11:00~14:00/17:00~L.O.20:30、土11:30~14:30
定休日/日・祝・土用丑の日・年末年始・お盆
http://www.unahashi.com/

(提供:Foodist Media

執筆者:三原明日香