04
(画像=お店で人気の「自家製チーズの4種のプレート」)

『チーズスタンド』のフレッシュチーズが出来るまで

『チーズスタンド』では、原料のミルクを東京都内の牧場から仕入れている。まさに地産地消のローカルフードだ。「原料のミルクは輸送時間が長いと空気が入って酸化してしまうので、なるべく近いところから運ぶのがいいと言われています。ですが、いまは酪農家が減少していて、メーカーも牛乳が足りなくて困っている状況ですから、簡単に仕入れさせてくれません。最初は一戸の酪農家からもらっていたんですけど、どんどんミルクの使用量が増えて、厳しい状況になりました。そこで東京都酪農業協同組合に通い詰めてお願いし、都内の47戸の酪農家のうち、7戸から仕入れさせてもらえることになったんです」

今では毎朝3時頃に、400リットル前後の生乳がタンクローリーで運ばれてくるという。生乳は輸送時に10度以下で保存されているので、店内に運び込んで低温殺菌する。

「日本の牛乳は超高温殺菌することが多いですが、100度で加熱すると風味が飛んで組織が壊れてしまい、モッツァレラが作れないんです。63度で30分という低温殺菌が一番ミルクの風味が残ると言われています。次に入れるのが乳酸菌です。乳酸菌が活発に動く40度前後まで温度を下げてから、レンネットという凝乳酵素を入れると牛乳が固まってきます。それを崩すときの粒の大きさでチーズの柔らかさが決まるのです。ウォッシュタイプと呼ばれるトロりと溶けるチーズは大きくカットするんですけど、モッツァレラはクルミ大にカットしてしばらく置いておきます。すると、細かい粒が自重で結着していき、カードと呼ばれる生地になります。最初は茶わん蒸しくらいの柔らかさですが、最終的には木綿豆腐くらいの固さになるんです。乳酸菌の影響でpHが下がってくるとたんぱく質が変化して伸びるようになるので、その状態になったらカードを練って、丸めて……というのを手作業でやっています。前は本店でやっていたんですけど、手狭になってきたので、今は2号店併設のチーズ工房で作っています」

チーズの製法は、かつて藤川さんがイタリアの酪農家から学んだことをもとに、試行錯誤しながら作り上げたものだ。どのような部分にこだわりがあるのだろうか?

「ミルクの風味を最大限に生かすことと、酸味を出さないようにすることですね。あとモッツァレラは繊維感をなるべく残すようにしています。細かい繊維が層になることで、できたてのチーズを噛んだときにコシのある食感が生まれ、繊維の間から練り乳のようなミルクがじゅわっとあふれてくるんです。練りを機械でやると繊維が粗くなるので、手作業でやっています。モッツァレラを作る過程で、牛乳から分離したホエイができます。店ではホエイドリンクとしても提供していますが、これを煮詰めるとタンパク質が固まってきます。それに少量のミルクを加えて、ゆっくりと加熱することでリコッタチーズができるんです。リコッタは優しい甘さでハチミツやパンケーキにもよく合います。ブッラータは巾着状の生地に、細かく裂いたモッツアレラとクリームを詰め込んだチーズなのですが、『作ってから48時間以内に食べるべし』と言われるほど賞味期限が短いんです。これは日本で初めて商品化に成功しました」

手作りのフレッシュチーズは無添加のまま提供されるため、食の意識の高い人にも好評だ。他の飲食店や菓子店への卸売りも増えてきている。近隣のガストロノミー『PATH』ではダッチオーブンのパンケーキに『チーズスタンド』のブッラータチーズが使われている。「あそこで食べたチーズが美味しくて……」と店に訪れる客もいるそうだ。

05
(画像=リコッタチーズの製造過程)

絵本やLINEスタンプ、オリジナルTシャツを作る理由

オープン前にドーナツ店で多店舗展開の経験を積んだ藤川さんだが、今後の展開をどのように考えているのだろうか。

「最初は多店舗展開をしたいと考えていました。チーズ単品だとなかなか広まっていかないので、フレッシュチーズを使ったピザやサンドイッチの店をたくさん作ることで、その魅力をどんどん広めていこうと思っていたのです。でも、チーズを作っていく途中で職人魂が芽生えて。『やるからには美味しいものが作りたい。中途半端な形で広めていっても仕方ないし、規模は追わずに、本当にいいものを作ろう』と思うようになったんです。クラフトマンシップとビジネスのバランスをとることを考えました」

藤川さんが考えたのは、「フレッシュチーズを家庭でも楽しむ」という新しい提案。毎日チーズを販売していると「どうやって食べたらいいの?」と質問されることも多かった。そこで、チーズに合う塩やオリーブオイル、ワインやハチミツを紹介するセレクトショップ『& CHEESE STAND(アンド チーズスタンド)』をオープン。チーズの楽しみ方やレシピに関しては、自社のオウンドメディア『CHEESE Media(チーズメディア)』で配信し、オンラインショップでも購入ができるようにした。さらに、モッツァレラチーズを擬人化したキャラクター「モッツァーマン」を作り、LINEスタンプやフレッシュチーズが食べたくなる絵本、オリジナルTシャツを販売した。とにかくチーズを身近に感じてもらうために、あらゆるアプローチを試しているのだ。

「モッツァーマンは半分遊びなんですけど(笑)。チーズは大人だけのものじゃなくて子どもにも楽しんで食べてもらえるものにしたかったんです。ありがたいことに、珍しい業態なのでいろんなメディアで取り上げられることがあって。それを見た大学生くらいの若い女の子たちもたくさん来てくれるんです。最初は30代から上の食の感度が高い人たちを想定していたので、ちょっと意外でしたけど。彼女たちが10年後に『チーズスタンド』のチーズを買って子どもに食べさせてあげたり、モッツァーマンの絵本を読んであげたりしたらいいなぁと考えています。多店舗展開しなくても、チーズを身近にするためにやることは、いくらでもあるんです」

若い女性を中心とした客が、渋谷でフレッシュチーズをうれしそうに食べる姿は、数年前には見られなかった光景だ。出来たてのチーズを豆腐のように買って食べるという行為は、一過性のトレンドではなく、街のカルチャーとして根付いていくことだろう。

06
(画像=『チーズスタンド』は奥渋谷エリアのグルメシーンを盛り上げた立役者でもある)

藤川真至(ふじかわ・しんじ)
1981年生まれ。株式会社nobilu代表取締役兼チーズ職人。大学在学中に訪れたイタリア・ナポリでチーズの魅力に開眼。ピッツェリアやドーナツショップでの飲食店勤務を経て、2012年に渋谷区神山町に「SHIBUYA CHEESE STAND」を、2016年には2号店となる「& CHEESE STAND」を渋谷区富ヶ谷にオープン。

『SHIBUYA CHEESE STAND』
住所/東京都渋谷区神山町5-8 1F
電話番号/03-6407-9806
営業時間/11:30〜L.O.22:00、日曜11:30〜20:00
定休日/月曜・年末年始(ただし月曜が祝日の場合翌平日休み)

(提供:Foodist Media

執筆者:三原明日香