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(画像=『渋谷チーズスタンド』のオーナー・藤川真至さん)

2012年6月に渋谷区神山町にオープンした『SHIBUYA CHEESE STAND(渋谷チーズスタンド)』。「街に出来たてのチーズを」というコンセプトのもと、都内の牧場から送られた生乳を店の近くの工房で加工し、24時間以内にフレッシュチーズとして提供している。店内では作りたてのフレッシュチーズを食べ比べできるプレートや、ホエイを使ったドリンク、チーズに合うピザやサンドイッチを楽しむことができ、連日客で賑わっている。

チーズのクオリティも非常に高く、ほわほわした口溶けが特徴の「出来立てリコッタ(480円)」は、2016年10月23日に開催された「ジャパンチーズアワード2016」で金賞&最優秀部門賞をダブル受賞。「出来立てモッツァレラ(570円)」は銅賞、「東京ブッラータ(1,080円)」は銀賞に輝いた。ブッラータは、フランスで開催されたチーズの国際大会「Mondial du Fromage 2017」でも銀賞を獲得している。

代表取締役でありチーズ職人の藤川真至(ふじかわしんじ)さんは、なぜ都会でチーズ作りをしようと思ったのだろうか? そのクラフトマンシップに迫る。

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(画像=出来たてモッツァレラ&リコッタ)

モッツァレラの本場ナポリで、本当のチーズの美味しさに気づく

岐阜で生まれ育った藤川さんは、高校生の頃から料理人に憧れ、自宅でパスタやピザを作っていたそうだ。大学進学後はイタリアンレストランでアルバイトするものの、卒業後の進路に迷いがあった。世界を見るため、大学を1年休学してバックパッカーの旅に出た藤川さん。イタリアのナポリでは、レストランで修行している2人の日本人に出会った。夢を追う彼らの姿に触発され、料理人になりたいという思いが再び頭をもたげた。早速ナポリピザのお店を何軒も訪ね、飛び込みで3か月間働かせてもらった。近所のチーズ工房にも見学に行き、作り立てのチーズを食べて驚いたそうだ。

「ナポリはモッツァレラの産地で、みんなバケツを持ってチーズを買いに行くんです。日本人が昔、豆腐屋さんにざるを持って買いに行っていたような感覚ですよね。そこで出来たてのモッツァレラを食べてすごく感動しました。ジューシーさや噛んだ時の歯ごたえ、ミルク感が全然違っていて。『これが本当のフレッシュチーズなんだ。いつか自分で作りたいな』と思いました。チーズには長時間熟成させるタイプと、出来たてが美味しいフレッシュタイプの2種類があります。後者が鮮度を保てるのは、作ったその日から3日目まで。東京では北海道か山奥に行かないとそんなチーズが食べられなかったし、長持ちさせるために保存料が入っているものもありました。そこにギャップがあると感じたんです」

藤川さんは、「いつか手作りのフレッシュチーズを乗せたナポリピザのお店を作ろう」と考え、北イタリアの酪農家に住み込みで働いた。その後、帰国して名古屋のナポリピザの店に勤務。会社の研修で、世界的に有名なオーガニックレストラン『シェ・パニース』を訪れてからは、食材を大切にする意識も強まったそうだ。その後、マネージャーとして、ゼロからのブランドを作り、多店舗展開する経験を積むために、新進気鋭のドーナツ店に転職。その間もずっと独立後の食材やコンセプトについても考え続けた。

「最初は自分の好きなナポリピッツァのお店を出したいと思っていました。ですが、『せっかく飲食業で起業するなら、何か新しい価値を生み出したい』という思いが根底にあったんです。子どもっぽくてちょっと恥ずかしいのですが、僕は大学時代に司馬遼太郎の本を読んでから、志を持って事を成す登場人物たちに憧れていました。世の中のためにもなって新しい価値を生み出せることを探して、たどりついたのがフレッシュチーズだったんです。大学の卒論を書くため、イタリアのモッツァレラチーズについて調べたときに、街中でも十分チーズが作れることが分かったので 、情報発信地である渋谷でやろうと決めました。都会でチーズを作っている風景が間近に見られて、ミルクの匂いを感じてもらえたら、新しい価値を創造できると思ったんです」

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(画像=渋谷でチーズ作りを始めた理由を教えてくれた藤川さん)

アメリカを視察し「クラフト×ビジネス」の可能性を見いだす

お店のコンセプトを手作りのチーズに絞った藤川さんは、ドーナツ店を退職するタイミングで、ニューヨークやサンフランシスコ、ブルックリンを視察する旅に出た。当時、ブルックリンでは店内に焙煎所のあるコーヒーショップや、カカオ豆からチョコバーを手作りするチョコレートショップが人気を博していた。大量生産・大量消費ではなく、体にいいものや自然や社会に対して意義のあるものを提案するクラフトビジネスの先駆けだ。それを見て「都会でチーズを手作りする」というビジネスモデルに確信を持ったという。また、アメリカの商習慣にも興味を引かれたそうだ。

「アメリカの面白さは、その編集能力の高さです。ヨーロッパは割と保守的で、伝統的な作り方を守っていますが、アメリカ人はいろんな国の要素をごちゃごちゃに混ぜて編集し、ビジネスにしています。原点回帰のクラフトビジネスもその編集の一つだと思うんです。アメリカでは、イノベーターがいて、投資家がいて、成功したビジネスをエグジットする文化もあります。僕もクラフトビジネスの持つ職人的な面と、ビジネスのバランス感覚は保っていきたいと思いました」

手作りチーズの場合は、料理として提供するだけでなく、食材として物販や卸売りもできる。生産者と飲食店という2つの面を持つクラフトビジネスに可能性を感じた藤川さんは、2012年に『チーズスタンド』をオープンした。