生産者との交流で新たな料理が生まれる
ドンブラボーでは食材にも非常にこだわっている。例えば全粒粉は茨城県牛久市の安倍農園から、石臼で丁寧に挽かれたものを直送してもらう。それをビールやヨーグルトから起こした天然酵母で発酵させ、玉ねぎの汁を混ぜた水でこねてピザ生地を作る。時には農園に行って一緒に農作業をしたり、生産者を店に招いて料理をふるまったりすることもあるそうだ。
「生産者から直接お話をうかがうと食材の素晴らしさを実感できますし、それを伝えるのがレストランという媒体の仕事だなと思うんですよ。僕は和食のエッセンスを入れたいから醤油やみそを使っているのではなくて、『美味しい醤油を使いたいから新しい料理を作る』という順番なんです。例えば穴子のフリットは、和歌山県の『三ツ星醤油』さんの醤油があったからできた料理です。イタリアの南蛮漬けをもとに考えた料理なのですが、普通は白ワインビネガーを使うところを、三ツ星醤油を使った三杯酢に浸しています。レストランならではの作りたての南蛮漬けのイメージです」
フリットの上には刻んだ新タマネギを乗せることで、穴子のふわふわ感と、シャキシャキ感の両方が楽しめるようになっている。その上から温泉卵のソースをかけ、アマランサスを散らしているため見た目も美しい。このように手のこんだ一品もあれば、茶碗蒸しのようにシンプルな料理も作っている。
「僕は生産者の顔が見える食材は、できるだけシンプルに料理するようにしています。例えば茶碗蒸しは、和歌山県の老舗しらす屋『山利』から直送される釜あげしらすを主役にした料理です。洋食で茶碗蒸しを出す場合は、鶏やハマグリなどを使った洋風の出汁が多いのですが、僕は和食の職人に完璧な鰹だしのひき方を教えてもらいました。仕上げにオリーブオイルを垂らし、ケッパーを散らすことで、みんなが知っている茶碗蒸しの味に意外性を加えています。昔は凝った料理に憧れがあったんですけど、和食を学んで、『そぎ落とすことも食材を際立たせるし、かっこいいな』と思うようになってきたんです。でもすべてがそれだと僕らしくない。だからコースの中で、複雑でクリエイティブなお皿があれば、構成要素3つだけのような料理も提供します。その両方があるからどちらの特徴も際立つと思っています」
イタリア料理に和のエッセンスを加えることもあれば、伝統的な和食にイタリアンのアプローチを加えることもある平さん。彼の料理はジャンルレスな新しい価値を創造している。料理について幅広く学んでいる平さんだが、とりわけ和食へのリスペクトは深いようだ。
「和食の料理人は、年を重ねれば重ねるほど洗練されて、追いつけないような圧倒的な存在になっているように感じます。魚のしめかたや保存の仕方、塩を打つタイミング、食材の切り方、温度管理など基本的なことに対して向き合い、データを蓄えているので、若い人たちが追いつけないところまでいっている気がするんですよ。ここが日本で、僕が日本人だから、日本の風土に根ざした料理に対して『かっこいい』『粋だな』と感じる部分もあるかもしれません。僕も和の職人の持つ技術を身につければ、もっと髙見にいける可能性があると考えています」
国領で星付きレストランを目指す意味
もともと広尾や三宿などの都心で働いていた平さんが、自分の店を構えるにあたり、生まれ育った国領で勝負しようと思ったのはなぜだろうか。その理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「ずっと前から気になっていたのは、都心のレストランのお客様の取り合いです。みんなすごく苦労して修行した上で、借金して自分のお店を構えます。都心は家賃が高いから自分がやりたい規模の店が作れません。その分営業時間を長くして稼ぐ必要があるので、働く人の負担が増えます。それって全然自然じゃないなと思っていました。郊外であれば、都心よりも家賃が安いから、スタッフも多く雇えるので余裕を持って働くことができますよね。でも、客側には『都心のほうが美味しい』という概念があります。その代表がミシュランです。星付きレストランは23区内にしかありません。東京に密集しているレストラン文化は世界に誇れるものですが、これを維持し、盛り上げていくためには都心から離れた場所にも範囲を広げていくべきだと思うのです。僕がもし星を獲ったら、これから独立する人たちにとって、『都心じゃなくても高価格路線でいけるんだ』という可能性を示すことができます。最初から考えていたわけではありませんが、今は国領で成功することで、努力する人たちが報われる環境を作るきっかけになれたらと思います」
近いうちに店内を改装し、星付きレストランを目指すという平さん。リニューアル後も、老若男女が気軽に訪れるカジュアルな店というコンセプトは変わらない。「誰もが楽しめる場所で、超高級レストランにも負けない料理を出すのがカッコイイと思っているので」と笑う平さん。圧倒的な熱意に裏打ちされた料理を手頃な価格で味わえる『ドンブラボー』は、今後も快進撃を続けていくことだろう。
平 雅一(たいら・まさかず)
1979年、国領出身。広尾『アッカ』で修業後、イタリアへ。『テンダロッサ』『サドレル』、『ドゥオーモ』など数々の星付き店を経験。帰国後『リストランティーノ バルカ(現・代官山『タクボ』)の立ち上げに参加。『ボッコンディビーノ』のシェフを務め、2012年に独立。イタリアの食堂で食べた現地の肌感覚でつくられた料理に感動し、以来、和の食材を使い自身の食体験を反映したイタリア料理を提供している。
『ドンブラボー』
住所/東京都調布市国領町3-6-43
電話番号/042-482-7378
営業時間/11:30~15:00(L.O.14:00) 18:00~23:00(L.O.22:00)
定休日/水曜日
http://www.donbravo.net/
(提供:Foodist Media)
執筆者:三原明日香