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(画像=『ドンブラボー』オーナーシェフ・平雅一さん)

調布市の京王線・国領駅から徒歩3分の場所にある『Don Bravo(ドンブラボー)』。ランチが1,100円からという手頃な価格設定でありながら、本格的な窯焼きピザやイタリアンベースの創作料理を楽しめることで話題だ。レストランで敬遠されがちな乳幼児連れも歓迎しているため、平日昼間から店内は老若男女で賑わっている。

シェフは国内の名店やイタリア各地の星付きレストランで修業を積んだ平雅一(たいら・まさかず)さん。著名な料理人やグルメ愛好家も、平さんの味を求めて店にやってくることから、その実力は推して知るべし。ここでは、国領という場所で独自の世界観を作り上げる『ドンブラボー』の魅力を紐解いていく。

「平流イタリアン」が生まれるまで

平さんは大学時代から料理の道へ進み、卒業後はアルバイトをしていたイタリア料理店『アッカ』の社員となる。その後イタリアの星付きレストランで3年間修行を積んだのち、都内の有名店『リストランティーノ バルカ(現『タクボ』)』で経験を重ね、下馬『ボッコンディビーノ』ではシェフとして腕を振るった。2012年6月に『ドンブラボー』をオープンしたあとは、イタリアンをベースにした創作料理で食通をうならせている。とくに日本の食材や調味料を使ったアプローチが有名だ。伝統的なイタリア料理に和の食材を合わせることに迷いはなかったのだろうか?

「料理はどんどんボーダーレス、ジャンルレスになっています。その中で自分たちがレストランという場所を使って何を伝えたいのかを大切にしています。僕の場合は、本当に美味しいものを作って食べてもらうことが目的です。だから、イタリア料理の考え方が足かせになることがあるのです。例えばクラシカルなイタリア料理を食べて、『ここに醤油を入れたら美味しいだろうな』と思ったとします。『でもそれはイタリア料理じゃないよね』という理由でやめるのは、美味しさを追求するクリエイティブな発想から一歩引いてしまうことになります。それは自分としては許せないので、醤油を入れるという選択になるんです。それに、イタリアで生まれ育った人が地元で作る郷土料理には勝てないと思うことがあって。和食もそうですがさまざまなジャンルの食材や技術を学んで、イタリアンの新しい側面を探すことに挑戦しています」

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(画像=和の食材を用いるのは、美味しさの追及のためだと語る平シェフ)

平さんの創作料理を支えているのは、「味覚や食感のバランスを考えて、味の球体を作る」という論理的な手法だ。これはイタリア修行から帰ったあとに身につけたという。

「帰国してから、『TACUBO(タクボ)』の田窪大祐さんに、お店の立ち上げメンバーとして誘っていただいたんです。田窪さんはいわゆる東京イタリアンの代表格で、乾麺のパスタの扱い方も秒単位で調節します。彼のやることすべてがロジカルに計算されていました。僕はイタリアの星付きレストランで修行していたんですけど、体感でやっている部分も多く、全然ついていけなくてギャップを感じたんです。そこで、田窪さんのもとで、今までやっていたことを全部忘れて一からやりなおそうと決意しました」

田窪さんとともに働くことで、平さんも創作料理について考える機会が増えたそうだ。

「イタリアで修行したときには、歴史や地理的なことから料理の成り立ちを解釈していました。しかし、郷土料理の再現ではなく、ゼロから新しい料理を作るとなると、ロジックや方程式が必要になるんです。今、意識していることの一つは、甘味、酸味、苦味などのバランスをとって、味の球体を作ること。おまかせコースも後味を計算しながら組み立てています。例えば、メイン料理の後に締めのピザがあって、その後にデザートを2品出します。1品目はカラマンシービネガーという東南アジアのみかん酢で作ったソルベです。酸っぱくて今までの食事の流れを切ってくれるんだけど、甘みが勝つようなバランスにしています。その甘さが次のデザートへの橋渡しになるんです。2皿目のラッテ・イン・ピエーディはきび砂糖で甘めに仕上げて、南国の果物を使ったソースの酸味や、ニガウリやバジルオイルの苦味をプラスしています。同じデザートなんだけど、ソルベは酸味から甘味へ。ラッテ・イン・ピエーディは甘味から苦味へと口の中で変化が起こります。ディナーではより自分たちの世界観を伝えることができるので、そういった味覚のつながりも大事にしているんです」

料理の後味や余韻まで計算して組み立てている「おまかせコース」は1か月半から2か月くらいで入れ替わる。月に何回も足を運ぶ客に対しては、履歴をチェックして、被らないようにメニューを部分的に変えるそうだ。

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(画像=さまざまな客層に愛されている窯焼きの本格ピザ)

膨大なインプットとアウトプット

『ドンブラボー』には同業者である料理人も大勢訪れる。彼らは平さんに「美味しかったけど、自分だったらこうする」というアドバイスをすることもあるという。

「自分の長所だと思うのですが、僕は同業者からいろいろ言われても全然腹が立たないんです。結構、当を得た意見も多いですし本当に参考になるんです。『中華だったらこうするけど、イタリアンはどうしてこうなの?』と聞かれたら中華も勉強します。あと、営業時間の終了後に、都心に出て料理人の集まる勉強会に参加することもあります。先日はイタリアンシェフの仲間と麻布十番に集まって、ウニの調理法について意見を出し合いました。よく『大変だね』と言われるんですけど、僕にとっては半分趣味みたいなもの。他の料理人の意見を聞ける場所があるならお金を払ってでも行きたいんです。体力はきついですけど精神的なストレスはまったくありません」

毎日ではないにせよ、営業時間の終わった夜中から明け方まで勉強をし、それから店でランチの用意をして閉店まで厨房に立っているというのは並大抵のことではない。そうやって学んだことを技術として取り入れて、何度も試作するという。

「僕の料理は複数の食材や調味料を重ねるものが多いので、1回作るよりも10回作って微調整したほうが美味しくなるんです。本当に何度も作るし、たくさん失敗もしています。それって、ダサいのであまり言いたくないんですけどね(笑)。それでも昔よりは失敗する頻度が減ってきているので、近いうちにイメージ通りのものが作れるという手応えは感じています」

平さんのように日々大量にインプットとアウトプットを繰り返していると、去年のスペシャリテが物足りなく感じることもあるという。それは料理の知識やスキルがレベルアップしている証だ。その度に新しい料理を作ったり、レシピに変更を加えたりしているそうだ。「これだという料理がいくつも残っていく店は強いと思いますけど、僕はまだそのレベルには達していないので、毎年料理が変わってしまいますね」と話す平さん。変わり続けるということは成長が止まらないということ。だからこそ多くの人が、彼の変化を楽しみに店に集まってくるのだろう。