ローマ時代以前や中国等における暦について

さて、ここまで、ローマ時代の暦の変遷を通じて、なぜ(北半球では)冬の現在の1月という時期から1年がスタートするのかについて述べてきた。また、その後の現在のグレゴリオ暦に至る推移を概略述べてきた。

ところが、これはあくまでも主としてローマ帝国が支配していた地域に関係するものではないかと思われた人も多いと思われる。実際に、世界の各国では、それぞれの地域の文化や風習等から、独自の暦が発展してきている。さらには、ローマ時代以前にも暦の概念はあったのではないかとの疑問もあると思われる。

ここでは、ローマ時代以前の暦や中国と日本におけるグレゴリオ暦以前の「旧暦」について、簡単に述べる。

●ローマ時代以前の暦

世界最初の暦については、紀元前3500年前後に栄えたメソポタミア文明においては、現在のイラクあたりに住んでいたシュメール人たちによって作成されたと言われているようである。この暦においては、太陽が最も低く日中の時間が最も短い日である「冬至」の時期が一年の始まりとされ、冬至前後の12日間に新年の祭が開催された。自然と対峙していた人々にとって、冬至を無事乗り切ったことを祝福するためでもあった。また、冬至から太陽は徐々に高くなって、日が長くなっていくことから、この日を1年の区切りや初めと考えるようになっていたものと思われる。

冬至前後に新年を祝う祭を行うことは、その後バビロニアやペルシアの文明にも引き継がれた。

なお、紀元前の古代ローマにおいても、農耕の神を祀り、闇を追い払うための冬至祭りが開催されていた。

このように、暦においては、「冬至」(1)は大きな意味合いを有する日であった。

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(1)北欧等の夜の長い冬を迎える国々では、現在でも冬至は特に大切な日と考えられており、盛大なお祭りが開催されている。

●古代エジプトにおける暦

古代エジプトにおいては、「エジプト暦」と呼ばれるものが使用されていた。これは、初めは1年を12ヶ月、1ヶ月を30日、1年を360日とするものであったが、紀元前20世紀頃から1年が365日となり、30日ずつの月12か月に5日の余日を最後に付加する太陽暦法であった。

エジプトでは、「シリウス(おおいぬ座α(アルファ)星)が日の出の直前に東天に昇るころの一定時期に、ナイル川が氾濫(はんらん)し、農業や生活に重大な影響を与えた。そのためシリウスの日の出直前の出現を予知する必要から1年365.25日を知り、シリウスの出現の日は元日とされた。」(小学館 日本大百科全書(ニッポニカ))とのことである。

●中国における暦

先に述べたように、中国においては辛亥革命以後の1912年からグレゴリオ暦が採用されたが、それ以前には中国独自の暦が採用されていた。

中国の暦は太陰太陽暦であり、季節は1太陽年を24等分した「二十四節気」(2)を基準に定められた。閏月は年の途中の二十四節気の中気を含まない月とされた。

中国における年始の考え方においても、「冬至」が大きな基準となっていた。冬至は、太陽が最も低く日中の時間が最も短い日であることから、冬至の頃を年初とする考え方が広く存在していた(3)。一方で、日照時間や大気の温度との関係では、冬至の後に1年で最も寒い日がやってくる。中国ではこうした日に相当する日を年初に設定するとの考え方等から、春秋戦国時代には、冬至や冬至の1ヵ月後、冬至の2ヵ月後に年初を設定する考え方が採用されていた。ただし、漢の時代に、冬至の2ヵ月後に設定する方式が採用され、現在の旧正月に踏襲されている。

「立春」というのは、まさにこの日から春が始まるということで、この日から1年が始まると考えられた。立春は丁度冬至と春分の中間にあたる時期となっている。

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(2)1年を12の「節気」と12の「中気」に分類し、それらに季節を表す名前が付けられている。重要な中気としては、夏至・冬至・春分・秋分、重要な節気としては、立春・立夏・立秋・立冬が挙げられる。その他に、大寒、啓蟄等が含まれる。
(3)陰陽説からも、冬至の瞬間は、陰に属して運気が弱いと考えられており、冬至を過ぎることで、陰が極まり再び陽にかえる(一陽来復)と解され、冬至は「全てが上昇運に転じる日」と解されているようである。

世界における現在の暦

前章で述べたように、現在、世界中で使用されている暦のグローバルスタンダードになっているのは、グレゴリオ暦であるが、世界で使用されている暦はグレゴリオ暦だけではない。

●東アジアの国々における旧暦

「旧暦」というのは、改暦があった場合のそれ以前に使われていた暦法のことを指しているが、多くの国ではグレゴリオ暦が現行暦のため、グレゴリオ暦の前の暦法を指している。東アジアの多くの国々では、グレゴリオ暦の採用が欧米諸国に比べて比較的最近であることから、旧暦に基づいた文化や風習も引き続き国民の生活に根付いた形になっている。

例えば、皆さんもご存知のように、新年のお祝いの行事は、中国や台湾では現在でも「春節」と呼ばれ、旧暦による正月(旧正月)に行われている。韓国やベトナム、モンゴル等でも旧暦による正月がグレゴリオ暦の正月より盛大に祝われている。

なお、日本においても旧暦の文化等が残っており、例えば、お盆については、多くの地域では新暦の8月15日となっているが、新暦の7月15日や沖縄のように従前どおりに旧暦の7月15日となっている地域もある。さらに、現在でも旧暦で付けられていた各月の名前が使用されている(ただし、旧暦は現在の暦よりも約1ヶ月遅れているので、それらの名前の意味するところを現在の暦で考えると、実際の季節とマッチしていないことになる)。

●イスラムの国々における暦

(1)イスラム暦

「イスラム暦(ビジュラ暦)」は、「マホメットが50歳の時に神の啓示を受けたメッカからヤスリブ(後のメジナ)に移った年を記念して、二代目カリフのウマルが西暦622年を「ヘジラ紀元」の元年として定めたものといわれている。」とのことである。

イスラム暦は1年が354日で、奇数月は30日、偶数月は29日となり、独自の方式で設定される閏年もある。断食月であるラマダーンはこのイスラム暦に基づいて決定されるため、グレゴリオ暦に比べて毎年11日ずつ早くなる、そのため、ラマダーンの時期は毎年異なって、3年に1ヶ月ずつずれていくことになる。

なお、イスラム圏の大国であるサウジアラビアは、イスラム暦をつい最近まで公式の暦として使用していたが、2016年に、ムハンマド・ビン・サルマーン副王太子(当時)が、グレゴリオ暦への変更を行っている。

(2)イラン暦

イランにおいては、「イラン暦」とよばれるものが、イランを中心に、中東の広い地域で使われている。イランは長く太陰暦である「イスラム暦」を使用していたが、1925年に新たに太陽暦である「イラン暦」をつくり、現在公用暦として使用されている。このイラン暦では、春分に相当する日が元日にあたり、「ノウルーズ」として祝われる。

このノウルーズについては、ソビエト連邦から独立した中央アジア5か国(カザフスタン、トルクメニスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン)やアゼルバイジャンではいずれも国家の祝日として、広く祝われており、その他にアフガニスタンやパキスタンやトルコ等でも祝祭が行われる。

再び、なぜ冬の1月という時期から新年がスタートするのかについて

「2―ローマ時代の暦の変遷(その1)と1年が現在の1月からスタートすることになった理由」においては、ローマ時代の改暦の経緯から、なぜ冬の1月という時期から新年がスタートするのかについてについて説明したが、あらためて、「6-ローマ時代以前や中国等における暦について」でも述べたように、世界の各国における暦は、基本的には、冬至等の最も寒さが厳しい、日中の時間が短い日をボトムとして、「これから日中の時間が長くなっていく日」を、新年を迎えるスタートの日として設定するという考え方からスタートしているようである。それが、グレゴリオ暦が世界のグローバルスタンダードになっていく中で、現在の1月を新年とする暦に変更されてきている。

その意味では、春に新年がスタートするとの考え方は、極めて自然なものであり、人々の生活や慣習にマッチしているといえるものだと思われる。ところが、それを超えての、諸般の事情を考慮しての政治的な決断等が現在の暦を作り上げてきたといえる。

世の中のルールと言うものは、往々にして、このような形で設定され、定着してきているものである。似たようなことは、以前の研究員の眼「左側通行?右側通行?」で、現在の通行ルールが設定されてきた経緯を調べてみた場合にも見られていた。

いずれにしても、暦に関しては、ほぼ世界的に1つの同じ暦に統一されてきていることは、暦の持つ重要性を考慮した場合、望ましいことであったと言えるだろう。一方で、従前の伝統に基づいた旧暦の考え方に因んだ各種の文化・風習等が、それぞれの国や地域で継承されていくことは、また大事なことであると思われる。今後とも、こうした点が将来にわたって長く継続されていくことを望みたいものである。

(参考)太陽暦と太陰暦と太陽太陰暦

「太陽暦(Solar Calendar)」とは、地球が太陽の周りを回る周期(太陽年)を基にして作られた暦であり、ユリウス暦や、グレゴリオ暦は、太陽暦の1種である。太陽暦の1年は約365日で「閏年」が存在している。

「太陰暦(Lunar Calendar)」とは、月の満ち欠けの周期を基にした暦であり、イスラム暦が太陰暦である。1年は354日で、29日の月と30日の月が繰り返される。閏月の概念はないので、季節がずれていくことになる。

「太陽太陰暦(Luni-solar Calendar)」とは、太陰暦を基とするが、太陽の動きも参考にして閏月を入れ、月日を定める暦であり、日本の明治5年以前の天保暦と呼ばれる旧暦や中国における伝統的な暦がこれに相当している。太陽太陰暦の1年は約354日で、例えば「17年7閏法」というような形で、約3年に1回の「閏月」を入れることで季節の調整が行われる。

中村亮一(なかむら りょういち)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 常務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

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