(本記事は、佐藤優氏の著書『調べる技術 書く技術』=SBクリエイティブ、2019年4月15日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)
【本書からの関連記事】
(1)45歳までは「知的生産」を――佐藤優(新刊『調べる技術書く技術』より)
(2)教養力アップには「高校教科書」を使え――佐藤優
(3)「本を読むだけでは時間を浪費」知識を定着させる方法(佐藤優氏新刊より)(本記事)
すべての情報を「1冊のノート」にまとめる
基礎的な知識・教養を身につけるために必要なのは、新しく触れた知識を、自分のものにすることだ。また、能率を上げるには、知識を含む「情報」を適切に整理しておくことも求められる。これらができた上でアウトプットするというプロセスは、質が高く、効率的に成り立っていく。
まず、私がすすめる整理の技法を説明していこう。
私がすすめる情報整理法は、「手書き」が基本である。
使うノートは「1冊」だけだ。スケジュールをはじめ、今日やるべき仕事のリスト、日誌、執筆のためのアイデア、さらには読んだ本の抜粋や、ロシア語の練習問題まで、あらゆることを記している。
情報はEvernote やDropbox に保存しているという読者も多いと思う。
私も、名刺や原稿の保存には、こうしたデジタルツールを使っている。しかし、デジタルツールの難点は、注意しないと、整理どころか混沌とした「情報のゴミ箱」と化してしまうことである。
デジタルツールは、きわめて手軽に情報を保存することができ、しかも物理的な限界を心配しなくていい。たいていはワンタップ、ワンクリックで、即座に情報を、ほぼ無限大にため込める。それがデジタルツールの売りなのだが、実は情報の整理法としては、それこそが難点となる。
手軽で上限がないからこそ、後で使うかどうかわからないものまで、「念のため」という気分で保存してしまう。結果、使わない情報だらけのゴミ箱になってしまうのである。
一方、ノートに手書きするのは手間ではあるが、記される情報は、自ずと選別される。
そして、すべての情報を1冊に集約させておけば、過去に記した情報を参照したいときも、その1冊をパラパラと繰るだけですむ。
「ここになければ、どこにも記録していない」とわかっているから、「どこに書いたっけ?」などと、あちこち探す必要がない。手間も時間もかけず、きわめて効率的に求める情報にたどり着けるのだ。
「今日あったこと」を書き出す
ノートにはあらゆる情報を記しているが、そのなかでもメインとなっているのは、「日誌」だ。
今日一日、何をしたか、誰と会って何を話したか、どこに行ったかなど、今日あったことを記している。
そんなことに何の意味があるのかと思ったかもしれないが、日誌をつけることには、主に2つのメリットがある。
1つめは、一日を振り返ることが、日々の仕事の効率アップにつながる点だ。
試しに、今日あったことを書き出してみてほしい。すると、今日やらなくてもいいことに時間を費やしていたり、非効率に時間を使っていたりと、今後の改善点が見つかるものである。
日々、仕事に追われていると、気になるのは明日のことばかりだろう。たしかに明日の計画も大事だが、一方で、実際にどう時間を使ったのかについて意識的に「振り返り」もしないと、仕事の時間効率は上がりにくい。
頭で思い出すだけでは不十分だ。どんな無駄があるか、どこを改善できるかは、可視化することで見えてくることが多々ある。やはりノートに、今日あったことを記すのが一番だ。
また、行動の記録が「記憶のトリガー」になることも多い。これが2つめのメリットである。
たとえば、今やっている仕事に役立てるために、過去に聞いた情報をもっと深く知りたいが、誰から聞いたか忘れてしまったとする。そこで日誌を繰ってみれば「そうだ、この人に聞いたんだった」という具合に情報源にたどり着ける。さっそくアポを入れて、望む情報を得ることもできる。
新しい知識は、書いて自分のものにする
知識は、自分のものとして初めて価値あるものになる。
「知識を自分のものにする」とは、知識を記憶にしっかり定着させ、必要なときに正しく引き出せるということだ。これができなくては、いくら本を読んでも時間を浪費しただけになってしまう。
新しく知ったことを自分のものとするには、私の場合、ノートに手書きで記すというのが、もっともシンプルで実践しやすく、確実だ。たとえ自分の不得意な分野のことでも、「記す」という行為を介することで、格段に効率よく知識を自分のものにできる。
読書の際に記すポイントは、「本の抜き書き」と「それに対する自分のコメント」の2つだ。
まず、本の内容を自分の言葉に置き換えたりせず、そのまま抜き書きをする。
基本的には「自分がとくに重要だと思った箇所」、これに加えて1~2箇所、「現時点では理解できないが、重要だと思われるところ」も抜き書きしておく。
理解できないところも抜き書きするのは、将来的に、もっと知識が身について理解できる余地を残すためだ。そもそも100%理解できる本は、自分にとって新しい内容がないも同然であり、読んでもあまり意味がない。
同時に、抜き書きごとに自分のコメントも記していく。
コメントというと難しく聞こえるかもしれないが、「わかった」「わからない」といった「判断でかまわない。論評など筆者の意見が表れるものを読んだ際には、「賛成」「反対」「ここがおかしい」といった「意見」も書き込めるようになると、理想的だ。
本の抜き書きに使うのは、前項で挙げた1冊のノートである。
ノートに手書きで記すごとに、正しい知識が脳に書き込まれるとイメージしてほしい。もちろん、抜き書きをすべて記憶することはできないが、重要な箇所を選び、手を動かして記すことで、知識の記憶への定着率は確実に上がる。
読んで理解したことでも、そのまま放っておいたら、すぐに忘れてしまう。ただ、内容は忘れても、「その知識に触れた」という記憶は残る。
すると、なまじ一度は理解したばかりに、次に同じ知識に接したときに「すでに知っていることだ」と思って通り過ぎてしまう可能性が高い。こうして「わかったつもりでわかっていないこと」が増えていき、実践につながらない中途半端な知識しかもてないことになってしまう。
「わかっているつもり」では応用がきかず、その知識をベースとして別のことを理解したり、その知識を使ってアウトプットしたりすることができない。だからこそ、1冊読むごとに、ノートをとることが重要だ。
当然、1冊にかける時間が多くなり、読める冊数は少なくなる。
しかし、1ヵ月に10冊の本を読み流して「わかったつもり」になるのと、1冊についてしっかり読書ノートをとるのとでは、後者のほうが、はるかに知的生産力は高まる。知的生産力を高めるには本をたくさん読むことだが、焦りは禁物だ。
「記録」はノート、「予定」は手帳に書く
私は、スケジュール管理において、「1ヵ月につき見開き2ページ」という定型を設けている。
見開きの左側には原稿の締め切り、右側にはアポの予定。こうしておけば、締め切りを見ながらアポを入れることができ、執筆に集中しなくてはいけないタイミングにアポを入れてしまうといった混乱を避けられる。
ノートは1ヵ月に1~2冊のペースで使い切っているが、見開きのスケジュール管理のページは、前もって4ヵ月分を設けておく。
1~2ヵ月分だけでは直近すぎるし、1年分では長すぎる。4ヵ月分ならば、適度に先を見据えてスケジュール管理ができる。ただし、これは各々の仕事の内容にもよるだろう。ちょうどいい加減を自分で探ってみることだ。
このようにノートに記すのは、「記録」としてのスケジュールである。
私は、スケジュールを「記録」と「予定」の2つの要素に分け、後者は手帳に書き込んでいるのだ。
なぜ、こんな使い分けをしているのか。
たとえば、Aさんとのアポが先方の都合でキャンセルされたとする。当然、そのアポは自分の予定から削除することになるが、「この日に、Aさんと会うはずだった」という記録は残しておきたい。先々、その情報を参照することがあるかもしれないからだ。
しかし、この記録を予定と同じ場所に記していたら、「なくなったアポ」と「生きているアポ」が混ざってしまい、わかりにくい。
だから,「アポがあった」という記録はノートに残し、手帳の上では、そのアポを消す。こうして記録を残す場所と、予定を記す場所を分けることで、予定が記録に埋もれてしまうなどといった事態を防止できるのだ。
ちなみに私は、2年手帳を毎年使っている。
1年手帳にも翌年3月くらいまでは入っているが、1年も後半に入ると、翌年の後半に予定が入ることがある。
そこで、たとえば2019年には「2019年・2020年」の手帳を使い、2020年には「2020年・2021年」の手帳を使う具合にしていけば、つねに翌年後半にも予定を書き込める。