(本記事は、佐藤優氏の著書『調べる技術 書く技術』=SBクリエイティブ、2019年4月15日刊=の中から一部を抜粋・編集しています)

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「知性の土台」になるインプットとは

調べる技術 書く技術
(画像=Dean Drobot/Shutterstock.com)

「ビジネスパーソンのたしなみ」とばかりに日本経済新聞を購読しているものの、文字を追っているだけで内容がほとんど頭に残らない、あるいは読むのにものすごく時間がかかっている、といった経験はないだろうか。

多くの場合、情報を自分のものにできないのは基礎的な知識・教養が不十分であることが原因だ。基礎的な知識・教養が欠けているために、報じられているニュースの経緯や背景が理解できない、だから時間をかけて読んでも頭に残らないということである。

そこでもう1つのインプットの出番である。新聞などの情報を読みこなすために必要となる、基礎的な知識・教養を身につけるためのインプットだ。

基本は高校の日本史A、世界史A、政治経済、数学Ⅰ・Aの教科書である。

現在の世界は、いうまでもなく過去の世界からのつながりの上にある。日本史と世界史の基礎知識は、そのつながりを踏まえて、現代日本や世界をより深く理解する土台として欠かせない。

歴史の教科書には、「A」と「B」がある。日本史も世界史も、「B」のほうが扱われている事項は多いのだが、解説がページ数に追いついていないのが実態だ。限られた紙面に、できるだけ多くの出来事を詰め込んだ結果、年号と出来事の羅列のようになってしまっている。

要するに「B」は歴史のおもしろさを感じにくいのに加えて、解説が足りないために中途半端な理解に終わってしまう危険性があるのだ。

その点、日本史Aと世界史Aは、扱う出来事が厳選されている分、解説にもしっかり紙面が割かれていて深い内容になっている。とくに日本史Aは近現代史に焦点が当てられており、現代のビジネスパーソンが押さえておくべき歴史的知識が満載されている。

なにも歴史の専門家を目指すわけではない。歴史の基礎知識を身につけるのである。それには歴史の基本と大まかな流れを、すばやく、かつ歴史のおもしろさを感じながら吸収できる日本史A、世界史Aのほうが、時間のないビジネスパーソンにとっては断然、効率的だ。

念のため付け加えておくが、歴史小説で歴史を学ぼうとするのはよくない。

小説はあくまでも小説、つまり「物語」であり、おもしろくするために作者が歴史的事実に大胆な創作を加えているケースも少なくない。

娯楽として読むのはかまわないが、歴史を勉強する目的で読むと、そのまま歴史誤認につながる可能性がある。

基礎的な知識・教養を誤りなく身につけるには、やはり教科書、もしくは教科書に準ずる学習参考書を基本とすべきなのである。

次の政治経済は、いうまでもないだろう。日ごろ触れ、理解しておくべきニュースは政治と経済関連のものがほとんどだ。現代の世界政治、経済の動向を理解する上では、高校レベルの政治経済の基礎知識は必須である。

教科書の補助として、『詳説 政治・経済研究』(山川出版社)も読んでおくと、より深い理解を得ることができる。

数学を学び直すのは、ロジカルに考える力をつけるためであり、どちらかというと、質のよいアウトプットを足元から支えるインプットといえる。

とりあえず、数Ⅰ・Aをマスターするように努力してほしい。微分・積分や統計を理解するためには数Ⅱ・B、数Ⅲの知識が必要だ。

そこまで学ぶのは大変という人には、高校数学の基礎を学び直せる『生き抜くための高校数学』(日本図書センター)をすすめる。高校レベルの数学が難しければ、『生き抜くための中学数学』(同右)もある。

どちらとも、数学に苦手意識をもっている人でも最後までやり抜けると思えるくらい、非常にわかりやすく作られている。

さらに理想をいえば、物理・化学・生物・地学の理科4科目も学び直すことだ。

これらは教科書でもいいのだが、講談社のブルーバックスから出ている『新しい高校物理の教科書』『新しい高校化学の教科書』『新しい高校生物の教科書』『新しい高校地学の教科書』は、基礎を効率的に身につけるのに最適だ。

これらに加え、哲学の入門書も読んで思想的な教養も身につけておきたい。おすすめは、『試験に出る哲学』(NHK出版)、『もういちど読む山川倫理』(山川出版社)だ。

哲学の教養をもって日々のニュースに触れてみると、いかに思想的な背景が時事問題に影響しているかがわかり、より深くニュースを理解できるようになる。どの国の政策やリーダーの発言にも、その国が歩んできた歴史、信じてきた思想が色濃く表れるものなのである。

いきなり「課題図書」をたくさん挙げてしまったが、高校レベルの知識・教養を身につければ、かなりの「知的基礎体力」が養われる。

それにしても、おそらく大半の読者が高校で学んだはずなのに、なぜ、今、学び直す必要があるのだろうか。

まず、大学受験対策のために公式や歴史の年号を丸暗記しただけの人は、理解が足りておらず、重要なことをほとんど忘れてしまっていると考えられるからだ。現に今、日々のニュースや日経新聞を理解しきれていないことが多いのならば、その原因は高校レベルの知識を忘れてしまっているからである。

また、そもそも授業時間に限りがあるため、高校時代にしっかり教わることができなかったところも多いだろうという理由もある。

歴史、政治経済、哲学は、表層をさらうだけになりやすい。数学や理科4科目は、高校で理系・文系に分けられてしまうため、とくに文系に進んだ人において知識の欠損が起こりがちだ。

まず、日本史A、世界史A、政治経済、数学Ⅰ・Aの教科書を入手することだ。

数学は少し解いてみて、到底歯が立たなそうだったら、先ほど挙げた書籍も活用しつつ、中学校の教科書からやり直すのもいいだろう。高校レベルまで習得するには多少、時間はかかるが、今後のためと思って、根気強く取り組んでほしい。

「本を読んでも自分の知識にならない」理由

読者のなかには、「読書をしても、内容がほとんど記憶に残らない。自分は記憶力が弱いのだろうか」と悩んでいる人も多いかもしれない。

考えうる理由は4つある。

第一に、本の内容を理解したつもりだが、実際は理解していない場合だ。前項で挙げたような教科書と書籍で基礎的な知識・教養を身につければ、理解力が格段に上がり、それだけ記憶にも残りやすくなることに気づくだろう。

第二の理由は、読書の技法が磨かれていない場合だ。ノートの取り方1つでも記憶の定着度は大きく変わる。

そして第三に、読者が背伸びをしすぎている、あるいは焦っている場合だ。

本のなかには、積み上げ式に得た知識が必要とされるものも多い。基礎的な知識・教養を身につけても、それ以上のリテラシーが必要とされる本に挑戦しているのかもしれないということだ。その類の本は、そのつど知識を補いながらでなければ理解できない。

また、読んだ知識が骨肉となり、活かせるようになるまでには、少なくとも数ヵ月はかかる。私の経験でも、本を通じて新たに入れた知識が本当に身につくまでには、3〜6ヵ月かかる。一定の時間がかかることを前提にしているからこそ、ノートをとりながら読書をしているのだ。

いずれにせよ、本から知識を身につけ、実践していくためには、相応の根気が必要なのである。

したがって、本書で紹介するハウツーを試したからといって、瞬時に理解力も記憶力も上がるとは期待しないでほしい。最初のうちは手応えを感じられなくても焦らず、根気よく続けることをすすめたい。

そして最後にもう1つ、読んでも知識が定着せず、行動まで至らない4つめの理由として、本そのものが論理破綻しているケースが考えられる。

編集者が適当に言説を寄せ集めただけの本や、全体の整合性を取らずに、時流に乗らんがため、売らんがために作られた本も、残念ながら少なくない。こういう本はいくら読んでも理解できず、したがって記憶にも定着しない。

身も蓋もない話だが、論理破綻していると考えられる場合、その本は、そもそも読むに値しない。貴重な時間を無駄にしないためにも、読むべき本を的確に選びとれる眼を養っておくことが重要だ。

たとえば、「誰」が書いているか、その人は過去にどんな本を書いているか、さらにはパラパラとページを繰ってみて、どんな章立てになっているか、専門用語を正しく使っているか、といったことから質を推測する。場数を踏めば踏むほど、だいたい予想がつくようになる。

ここでも、基礎的な知識・教養が大いに役立つ。

その本の拠って立つところが、高校の教科書レベルの知識から大きく乖離していたら、質的に問題がある本か、最先端の学説を紹介している本かのどちらかである。ただし最先端の学説というのは稀であり、鵜呑みにするのは危険だ。基礎知識に準じていないと思ったら、その本は読書リストから外していい。

自分で判断できないうちは、新聞などの書評欄を参考にする、書店員を味方につけるというのもいい。

書店員には、マニュアル仕事をこなすだけの人もいるが、一方には本当に本が好きで、かつ自分が受け持っている「棚(専門分野)」に精通している店員も多い。そういう人を見つけて、本探しを手伝ってもらえばいいのだ。

以下、東京都の情報になってしまうが、

・八重洲ブックセンター本店
・丸善丸の内本店
・三省堂書店神保町本店
・ジュンク堂書店池袋本店
・紀伊國屋書店新宿本店

などは、総じて専門書売り場にいる書店員の質が非常に高い。正直な話、中途半端な識者、大学教授など軽く超えるレベルといっていい。東京近郊に在住の読者ならば、電車を乗り継いででも行く価値がある。

レベルの高い書店員と出会える書店がなさそうなら、知識を得たい分野の雑誌記事や新聞連載を探し、その論者をつてに参考書籍を探すといいだろう。一流の書き手ならば、必ず論拠となる出典を示す。合わせて入門書の類を紹介している場合も多い。

「仕事に関するインプットだけ行う」と決める

読者も忙しいことだろう。日々、こなすべき仕事があるなかでも、知的生産力を高めていくには、有益なインプットを続けなくてはならない。裏を返せば、無益なインプットをしている暇はないというのが現実だ。

では無益なインプットとは何か。

1つは前項で挙げたような論理破綻している本だが、それだけではない。仕事に関係しない本を読むことや、仕事に直結しないスキルを身につけようとすることも、無益なインプットといえる。

たとえば語学だ。最低限の英会話力は身につけておくに越したことはないが、もし仕事にいっさい英語を使わないのであれば、英会話習得の優先順位は、かなり低くなる。

仕事で使う場合にも、有料の通訳・翻訳アプリで事足りてしまうかもしれない。本気で、相当なレベルにまで達する覚悟があるならいいだろう。だが中途半端に取り組むくらいなら、英会話はAIに任せて、自分は別の有益なインプットに時間を割いたほうが知的生産力は高まる。

ましてや英語以外の言語を趣味的に身につけようとするのは、時間とお金の浪費に過ぎない。

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佐藤優(さとう まさる)
1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、2009年6月執行猶予付有罪確定。2013年6月、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。

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