はじめに

米英関係が悪化している。その発端は駐米英国大使によるトランプ大統領評がリークされ、外交問題になったからである。当然トランプ米大統領は怒り、その結果、ダロック大使は辞任することとなった。しかし、この問題が終焉したとは言い難い。

米英対立はただの“対立”ではない ~真のターゲットは誰か~
(画像=Michael Tubi / Shutterstock.com)

米英関係は特殊なものである。同じ西側諸国として堅確な同盟関係を築いてきた。たとえば最近話題になっているのが、かつてはマレーシア航空失踪事件でも取り上げられたチャゴス諸島はディエゴ・ガルシア島の海軍基地である。同島は英領となっているが、島全体が米軍に貸与されている。それが、国連(UN)によって問題視されているという事態が生じているのだ。そもそも20世紀初頭から、英国は安全保障面では米国に依拠するという体制を築いてきたことは、よく知られている。

これに対して意外と忘れがちなのが、かつては独立を巡り戦争をしたことのある、宗主国=植民地という関係も有しているということだ。すなわち、単純に米英関係は常に親密で強固であると考えては決していけない。ではこの対立は“米英戦争”をもたらすことになるのか。筆者はそうではないと考える。本稿は、この米英対立が何をもたらすものなのかを考える。

米英は一枚岩ではない ~宗主国・植民地関係を忘れるな~

筆者の世代では、とかくイラク戦争当時の英国による協力イメージが強いため、米英関係は一枚岩で蜜月関係にあるという幻想を抱きがちである。

(図表1 蜜月関係を“演出”してきたブッシュ米大統領(左・当時)とブレア英首相(右・当時))

蜜月関係を“演出”してきたブッシュ米大統領(左・当時)とブレア英首相(右・当時)
(画像=CNN)

しかし、リーク問題を受けて、米英関係は大きく停滞している。そもそも拙稿でも述べたように米英勢はたとえばアイルランドを巡っては対立関係にならざるを得ない。英国とアイルランドが隣国として対立を深めてきたが、たとえばジャガイモ飢饉が英国の人災であるという評価がある一方で、その結果として多数のアイルランド人が米国へと逃れてきた。そしてケネディ元大統領やバイデン前副大統領がその子孫として米国エスタブリッシュメントの中枢で大きな影響力をもってきた。

それ以上に考えなければいけないのが、第二次世界大戦前には、「レッド計画(War Plan Red)」と呼ばれる対英戦争計画を米軍が計画してきたという事実である。それ以外にも、第二次世界大戦後、英国が大きく進出してきた中東勢に新たに入ってきたのが米国であったことを忘れてはならない。すなわち、米英勢は「親友/仇敵」というコインの表裏の関係にあることを常に想起すべきなのだ。

おわりに ~今次リーク事件は米英関係の悪化で終わりなのか~

さて、このリーク事件は単なる米英関係悪化で終わるべき出来事なのだろうか。そもそも今回の事件はリークがきっかけであるが、リークという行為には誰かが何らかの意図をもって行なったのかを考えるべきである。無論、偶発的にメディアへ渡ったという可能性もあり得るが、防諜の観点上、要すればその事前差し止めすらインテリジェンス機関が出来ることを考えれば、(1)このリークが特段大きな意味をもたない、(2)リーク自体が大きな意図の下で行われたアクションの1つである、という2つを想定出来る。前者であればわざわざ考えることもないので、筆者はここで後者の可能性を検討したい。

筆者が個人的に気にかけているのが、トランプ米大統領が先月(6月)に訪英しエリザベス女王への謁見も行なっているということである。そしてこの訪英は成功を収めたということである。すなわち、米英関係が強固になったばかりであった最中の出来事だったのだ。

(図表 先月(6月)のトランプ米大統領の訪英における1シーン)

先月(6月)のトランプ米大統領の訪英における1シーン
(画像=Vox)

そこから一挙に冷却化したのだという見方もできるが、ここであえてこれが「八百長」であると仮定しよう。すなわち、米英勢がここで対立を“演出”しているのだということだ。その上で英国を巡り興味深い動きを踏まえると、IMF新総裁にマーク=カーニー・イングランド銀行総裁を仏独勢が推薦しているというリークである。IMFに対して米国が大きな影響力を持っているのは、常に副総裁が米国人であったことを見るまでもないことだが、ここにきて英米トップ体制になる可能性が出てきているということだ。そもそも米国は今、ドイツと大きく対立している。ノルド・ストリーム2を巡る米国が圧力を掛けている上、駐独米国大使が追放の憂き目にあいそうになっているのだ。

さらに非常に興味深いのが、ドイツの家族経営企業をIMFがここにきてドイツ国内での不平等を拡大させているとして非難し始めたのだ。ナチス体制下で現在のドイツ大企業を米国が支援してきたことは良く知られている。また戦後、ドイツ復興を米国は支援してきた。そのような構造を米英が破壊しにかかっていると考えても不自然ではない、という訳だ。すなわち、筆者としては米英対立がその先の標的として「ドイツ」を見据えた“演出”なのではないか?と考えているのだ。これから何が起きるのか、慎重に見定めていきたい。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。