鈴木まゆ子
鈴木まゆ子(すずき・まゆこ)
税理士・税務ライター|中央大学法学部法律学科卒業後、㈱ドン・キホーテ、会計事務所勤務を経て2012年税理士登録。「ZUU online」「マネーの達人」「朝日新聞『相続会議』」などWEBで税務・会計・お金に関する記事を多数執筆。著書「海外資産の税金のキホン(税務経理協会、共著)」。

以前は大企業だけのものと思われたM&Aは最近、中小企業でも増えてきている。M&Aで最も多いのが合併と買収だが、この2つの種類の違いを理解している人は少ないようだ。今回はM&Aの意義に触れつつ、合併と買収の違いやメリット・デメリットについて解説する。

M&Aとはそもそも何か?

合併,買収,メリット・デメリット
(写真=NESPIX/Shutterstock.com)

M&Aとは「Mergers(合併)&Acquisitions(買収)」の略称だ。一般的には「企業の合併・買収」という意味で使われている。狭義のM&Aは「企業や事業の経営権を移転させること」をいい、具体的には「合併」「買収」「会社分割」を指す。

ただ、実際のM&Aはより広義であり、資本業務提携も含むことが多い。また、最近は企業の競争力の強化や新規事業の多角化などの業務提携をも指し、「企業戦略全般」の意味で「M&A」という用語が使われることもある。

資本関係を考慮した上でまとめると、次の4つの手法が現代のM&Aを構成しているといえる。

  • 合併
  • 買収
  • 会社分割
  • 資本業務提携

本稿のテーマである「合併」「買収」の詳細は後述するが、それぞれのM&Aの手法の概要は大まかに次のようになる。

合併

合併とは、複数の会社をつの法人格に統合する手法だ。合併には「吸収合併」と「新設合併」がある。

買収

買収とは、ある会社が他社を買い取ることにより、他社の経営権を握る手法をいう。買収には、主に「株式譲渡」「事業譲渡」といった手法がある。

会社分割

会社分割とは、既存の会社(分割会社)が事業に関して有する権利及び義務の全部または一部を、別の会社(承継会社)あるいは新たな会社(新設会社)に包括的に承継させる手法をいう。会社分割には「吸収分割」と「新設分割」がある。不採算部門の切り離しの他、グループ法人内の柔軟な組織再編の手法として用いられる。

資本業務提携

資本業務提携とは、業務提携に伴い、対象会社に対して資本注入を行う一方、提携先に対して議決権を与える手法をいう。実際には2社間で業務提携に関する契約を結び、同時に第三者割当増資等により業務提携先から対象会社に資本注入が行われる。上場企業と未上場企業の資本業務提携の場合、未上場企業が上場企業から出資されるケースが多い。上場企業同士の資本業務提携では、相互に株式を持ち合うのが一般的だ。

なぜM&Aが注目されるのか

昨今のニュースのテーマとして頻繁に目にするようになったM&Aだが、1992年以前は年間1,000件未満にすぎなかった。しかし、1993年以降に急増し、1999年には1,000件超を突破、2017年には3,000件となっている(㈱レコフ「M&A案件の推移」より)。

なぜこれほどまでに急増し、注目されるキーワードのひとつとなったのだろうか。これには、次の4つの背景があると考えられる。

背景1:バブル崩壊以後、企業間競争が激化

高度経済成長期からバブル期に至るまでは、どの企業も単体で大きな利益を出していた。しかし、バブル崩壊以後は経済が低迷。モノやサービスが思うように売れなくなり、企業間競争が激化した。競争に打ち勝つためには、より大きな資本と規模を持ったものが有利となる。結果、生き残りのための手段としてM&Aが用いられるようになった。

実際、1990年代以降は自動車業界での組織再編が繰り返されている。また、最近の例では2019年4月に出光興産と昭和シェル石油が経営統合をし、石油業界での組織再編の進行を世間に印象付けた。

背景2:商圏・販路・事業規模の拡大

一から新たな事業を立ち上げ、軌道に乗せて拡大していくには経済的・時間的コストがかかる。しかし、すでに事業を行って軌道に乗せている会社を買収すれば、そのコストを最小限に抑えつつ、商圏拡大や利益増を一気に実現することができる。

IT企業である楽天やソフトバンクは、M&Aにより事業規模や商圏を拡大してきた好例であるといえるだろう。また、家電量販店大手のビッグカメラは元々都市部で店舗を展開していたが、地域密着型で同じく家電量販店のコジマを買収することで、より広範囲に店舗展開を行うようになった。

また、昨今は海外とのM&Aも多い。バブル崩壊以後、日本国内の市場が縮小傾向になったため、海外の販路を求めるべく国境を越えたM&Aが増加した。実際、JT(日本たばこ産業)は、海外企業とのM&Aにより、国内におけるたばこ市場の縮小の影響を受けることなく事業規模を大きく伸ばしている。

背景3:経営の立て直しの必要性

M&Aの増加の背景は、必ずしもポジティブなものとは限らない。バブル崩壊やリーマンショックなどにより痛手を被った企業が、自力で経営再建するのは難しい。よい人材やノウハウ、技術があったとしても、資本注入や事業支援がなければ廃業に追い込まれることもあるのだ。このときに経営再建の手段のひとつとして、M&Aが用いられる。

2016年、広告代理店大手のアサツーディ・ケイが、アニメ制作会社のGONZOを買収した。GONZOは経営不振に陥っていたが、買収後、財務基盤の強化に成功している。

背景4:ノウハウや技術を取り込むことによるシナジー効果

昨今のM&Aでの特徴のひとつが「ある事業の展開をよりスピードアップさせるために行う」という点だ。自社の技術や資本だけでも可能であるが、無理せずM&Aを行うことで、他社のノウハウや技術を取り込み、より効率的に事業展開や競争力強化を図るのである。

洋服通販大手のZOZOは、アプリ事業を行う企業とM&Aを実行し、通販事業を拡大してきた。また、警備会社大手のALSOKは2012年から介護事業を開始しているが、2016年に介護事業会社のウイズネットを買収することにより、介護分野での強化を図った。

なぜM&Aが中小企業で増えている?

1990年代以降に増加したM&Aだが、注目すべきは「中小企業でのM&Aの急増」だ。特に2006年度以降、大企業でのM&Aが減少傾向であるのに対し、中小企業でのM&Aが急激に増えている。2006年度にM&Aを行った大企業数・中小企業数の両方を100とした中小企業庁のデータを見ると、2015年度のM&Aについては、大企業によるものが92.1であるのに対し、中小企業でのものは179.5となっている。この数値の伸びから「中小企業の存続にM&Aは欠かせない」と表現してもよいだろう。なお、中小企業のM&Aの手法の中心は買収である。

中小企業でのM&Aの増加の背景には、次のような背景があるとみられる。

背景1:新規事業の展開や商圏拡大の促進

中小企業は大企業とは異なり、独自の技術やノウハウを長年にわたって培ってきたところが少なくない。また、新規事業で新たな分野を開拓する企業も非常に多い。ただ、資金力や商圏の限界から、自社のみでさらなる研究や商品・技術開発を重ねたり商圏を拡大したりするのは難しい。同業他社あるいは資本力のある大手とM&Aを行えば、こういった問題が解決し、競争力を高めることが可能となる。

背景2:少子高齢化や家父長制度的な文化衰退による後継者不足

少子高齢化と家父長制度的な文化の衰退により、「会社の跡を継ぐ子どもがいない」あるいは「子どもがいても親の会社を継がない」という状況に陥り、廃業の危機に追い込まれる中小企業が急増している。中小企業の多くは一族で経営する同族会社であり、一族のありようが会社の方向性を大きく左右するからだ。

この事業承継問題の解決策のひとつがM&Aだ。M&Aを行うことで事業存続が実現し、一族だけでなく従業員や自社の技術・ブランドを維持することができるのだ。

背景3:IPOより効率的

特にベンチャー企業では、IPO(新規株式公開)を視野に入れて事業展開を行うところが多い。上場は広範囲な資金調達や大規模な事業投資、従業員への安心感につながるからだ。ただ、IPOを目指すならば、上場審査に備えて内部管理や経営状態に関する厳しい条件をクリアしなくてはならない。業務管理ノウハウが上場企業ほど充実していない非上場の中小企業には、IPOは狭き門でしかない。

しかし、M&Aで上場企業と手を結べば、IPOをわざわざ行わなくても念願の資金調達や事業投資、社員の定着を図ることが可能となる。

ここまでM&Aの概要についてみてきた。ここからは、M&Aの中心的な手法である「合併」と「買収」について細かく解説していく。

「合併」とは?

合併とは、先述のとおり、複数の会社を1つの法人格に統合する手法をいう。平たくいえば「2つ以上の会社が合体して1つの会社になる」ことだ。合併には「吸収合併」と「新設合併」の2つがある。

吸収合併

吸収合併とは、一方の会社が他方の会社を吸収して1つの会社になることをいう。消滅する会社の権利義務は、すべて存続する会社に包括的に承継される。消滅する会社が事業の免許等を有していた場合はそのまま存続する会社に移転するため、基本的に新たなライセンスの取得等をしなくて済む。

新設合併

新設合併とは、複数の会社で新たに会社を設立することをいう。設立した側の会社は消滅するが、このとき消滅する側の会社が持つ資産・負債はすべて新設会社に移転する。

新設会社は法律上、あくまで「新たに誕生した会社」だ。そのため、既存の会社が有していたライセンスや契約があったとしても、そのまま使えるわけではない。新たにライセンスを取得したり、契約を締結したりしなくてはならないのだ。

新設合併は関連会社や子会社を統合する際に用いられる手法だが、制約の多さや手続きの煩雑さから、新設合併が行われるのは稀である。

「買収」とは?

買収とは、ある会社が他社の事業や株式を買い取り、経営権をオーナーとして掌握することをいう。買収の手法としては、主に「株式譲渡」と「事業譲渡」がある。

株式譲渡

株式譲渡とは、ある会社が他社の株式を買い取ることで会社のオーナーとなり、経営権を掌握する手法だ。株式の保有率が高ければ高いほど、相手企業の経営への影響力が大きくなる。実際には、相手会社の株式の過半数を取得することがほとんどだ。中小企業のM&Aで最も多く採用されている。

事業譲渡

事業譲渡とは、相手の会社の株式ではなく、事業の全部または一部を買い取る手法だ。具体的には、相手の会社の事業や資産(商品、従業員、設備、顧客など)の全部または一部を買い取る。事業譲渡は、複数の事業を営んでいる企業が一部事業だけを切り離して売却する際に用いられるが、場合によっては、倒産した企業の事業を他社が買い取ることもある。

事業を譲渡する側は譲渡により資金調達ができる、不採算事業の切り離しができるといった利点がある一方、競業避止義務により、譲渡した事業に制約が課せられ、一定の区域や期間での活動が行えないといった足枷をはめられる。また、買収した側も新たなライセンスの取得が求められる。

合併と買収はどこが違う?

合併と買収について解説したが、手法だけを読んでも違いはなかなか理解しにくい。ここでは、合併と買収の違いについて説明する。

合併と買収は以下のような違いがある。

合併は「会社が消滅」、買収は「会社が存続」

最大の違いは「会社が消滅するかどうか」だ。合併の場合は吸収合併であれ新設合併であれ、どこかのタイミングで必ず「会社が消滅する」という現象が生じる。一方、買収の場合、会社は消滅しない。株式譲渡の場合、株式を売却する側の企業は買収する側の企業の子会社になる。事業譲渡でも、買収される側の企業はあくまでも事業を譲渡するだけで、会社そのものは存続しているのだ。

合併は「手段」、買収は「目的」が問われる

合併は、「どのように相手の会社の資産・負債を承継するか」という方法を意味する。つまり、合併はあくまでも相手会社との統合の仕方を示しているにすぎず、目的は問われていないのだ。実際に、合併の目的は、事業拡大や経営権の掌握だけとは限らない。節税対策効果を期待した合併もある。

一方、買収はあくまでも「経営権の掌握」「事業拡大」が目的だ。「相手の会社の経営権をすべて掌握したい」ならば株式譲渡に、「一部の事業だけ欲しい」ならば事業譲渡になるといった具合に目的の方向性で手法が分かれることはあるが、「あくまでも事業の効率的な展開が目的」という点は変わらない。

合併と買収のメリット・デメリット

ここまで合併と買収の内容と違いについてみてきた。ここからは、合併と買収それぞれが持つメリット・デメリットについてみていくこととする。

合併のメリット・デメリット

合併には主に次のようなメリット・デメリットがある。

【合併のメリット】

1.競争力の強化
合併は買収と異なり、完全に統合される状態になる。つまり、設備や人材が一体化されるのだ。そのため「社員の結束力が高まる」「コストが削減できる」といったシナジー効果が期待される。また、規模が大きくなることで対外的な信用も強化されやすい。結果、業界内での競争力が高まることが期待できる。

2.節税効果
複数の会社が1つの会社に統合されるということは、各会計期間の損益が統合されるということだ。合併前なら黒字だった会社は赤字の会社と合併することでプラスとマイナスが相殺され、税金がより安くなる。実際に、節税効果を期待して繰越欠損金を有している会社との合併が行われることがある。

この他、法人住民税均等割のように損益に関係なく一単位に課税されるものについては、税金が半額になる。

【合併のデメリット】

1.内部管理が煩雑になる
複数の異なる文化と人材を持つ企業が合併すれば、当然内部管理が煩雑になる。特に合併後は、社内での社員同士のぶつかり合いが懸念事項となりやすい。そのため、社内ルールの統一化や徹底化が課題だ。また、合併前後はこの合併に伴う事務手続きが普段の業務に上乗せされるため、業務量が増加し、社員の負担になる恐れもある。

2.簿外債務の発覚
合併は、消滅する会社の権利義務のすべてを存続する会社が引き受ける。合併前には当然、消滅会社のデューデリジェンス(財務状況やリスクなどの調査)が行われるのだが、完全にすべてがクリアになるとは限らない。財務諸表の数字に出てこないリスクは表面化しにくいのだ。帳簿上に乗らないリスクを「簿外債務」という。訴訟や含み損、連帯債務がこれに該当する。

簿外債務が合併後に発覚すると、期待したほどのシナジー効果がないばかりか、トラブルで事業が衰退する事態にもなり兼ねない。事前のデューデリジェンスでは財務諸表だけでなく、法的なトラブル面も含めて慎重に行う必要がある。

買収のメリット・デメリット

買収にも次のようなメリット・デメリットがある。

【買収のメリット】

1.会社の存続によって企業の独自の資産が守られる
中小企業でのM&Aの増加の背景で伝えたように、昨今の中小企業は後継者不足から廃業の危機に追い込まれるところが少なくない。廃業は、単に企業が消滅するだけの問題に見えるが、実際には「その企業の独自のノウハウや技術が承継されない」「従業員が失業する」といった問題の原因にもなる。これらの問題は、社会的な損失を引き起こし兼ねない。

しかし、買収によりその企業の存続が図れれば、これらの会社資産が維持されることになる。しかも合併と異なり従前のままで存続するので、社員同士の対立リスクや社内ルールの統一化問題まで懸念しなくてよいことになる。

2.合併よりも効率的
合併は2つ以上の会社の権利義務関係をすべて存続会社が引き継ぐため、引き継ぎによる経済的・時間的コストがかかる。一方、買収は株式や事業の売買で完結するため、よりスピーディに承継を行うことが可能だ。特に、事業譲渡については「何を承継するか」を選べるため、よりリスクを低減することができる。

【買収のデメリット】

1.簿外債務リスクや事務手続きが完全になくなるわけではない
合併と異なり、2社間での株式や事業の売買で完結するのが買収だ。そのため、合併のように登記や登録のやり直しや内部管理体制の整備に時間が取られることはない。だからといって、リスクが完全に払しょくされるわけでもない。

株式譲渡の場合も合併と同じく、簿外債務を抱えるリスクがある。また、事業譲渡においては事業の内容により契約やライセンス取得のやり直しを求められることがある。

2.既存の経営陣の経営関与度合いが薄れる
買収は、買い手企業による経営権の掌握がそもそもの目的だ。そのため、買収後は売り手企業の既存の経営陣の意図が経営に反映されにくくなる可能性がある。以前から廃業を考えていて、老後資金の必要性からM&Aを考えていた企業の経営陣なら問題ないかもしれないが、IPOの代わりに買収を選択した企業の経営陣にとっては、その後の経営がやりにくくなる恐れがある。

中小企業もM&Aの検討を

右肩上がりの好景気の時代が終わり、少子高齢化で経済状況がますます厳しくなっていく今後、「いかに効率的に資本を活用するか」が企業戦略の要だ。そのため、単独の勝負や廃業よりも、よりコストが低く高い効果が得られるM&Aは今後も増えていくと思われる。勤務先の動向や業界内の動きを予測したり、あるいは起業後の自社方針の検討を行ったりするならば、M&Aの話題は今後も意識を向けておいたほうがよいだろう。

文・ 鈴木まゆ子(税理士・税務ライター)

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