昭和時代の会社員は定年になれば退職金がもらえる人が多かった時代もある。しかし退職金は法律で義務づけられている制度ではない。時代が流れ令和時代の退職金制度はどのような状況になっているのだろうか。そこで今回は退職金制度の現状や、導入するメリットデメリット、企業年金などについて解説していく。

そもそも退職金とは、法律で義務づけられた制度にあらず

退職金制度,中小企業
(写真=Andrey_Popov/Shutterstock.com)

日本の大手企業の間では、退職金をもらえるのが常識と思っている人は多いのではないだろうか。しかし日本の99%超を占めているのは大手企業ではなく中小企業である。はたして中小零細企業まで含めた日本企業の退職金制度の実態はどうなっているのだろうか?中小零細企業の退職金制度がどこまで浸透しているのかは意外と知られていないところだ。

そもそも退職金は労働基準法などの法律によって導入が義務づけられている制度ではない。そのため退職金制度を導入するか否かについては、個々の企業の経営判断に委ねられているのだ。法的に捉えると退職金は労働基準法が規定している賃金には相当せず恩給的な色彩が強い。ただし後述するが賃金の後払いという側面もあるとの法解釈もある。

過去の判例などを振り返ると企業側が「退職金の支払いを約束し、その支給条件などを明確に示した場合に限って、それをもらう権利を主張できる」と司法は解釈していると受け止められる。当然ながら退職金を支払えばその分だけ人件費がかさむので本来なら企業側としては制度を導入しないことのほうにインセンティブが働きがちだ。

特に中小企業にとってその負担は軽視しがたいものであり導入には消極的なスタンスのオーナー経営者が少なくないように思われる。現実には、どの程度の割合の企業が退職金制度を導入しているのだろうか?次で検証してみることにしよう。

意外にも、全体の8割近い企業が退職金制度を導入!

実態についてクローズアップする前に退職金のタイプが2つあることを確認しておきたい。1つ目は退職一時金で辞める際に一括で支給されるタイプ。2つ目は退職後の一定期間、もしくは一生涯にわたって継続的に給付されるのが企業年金(退職年金)と呼ばれるタイプだ。これらのいずれか1つを導入している企業もあれば大手企業のように両方の制度を設けているケースもある。

これらの導入状況はどうなっているのだろうか?国家公務員の退職手当制度を検討するにあたって内閣官房内閣人事局の業務委託先が実施した「平成29(2017)年度民間企業における退職給付制度の実態に関する調査研究」によると退職一時金にかかわる就業規則のみが定められている企業は全体の42.7%だった。

一方、企業年金にかかわる就業規則のみが定められていたのは8.4%。退職一時金と企業年金の両方について定められていたのは27.2%に達していた。どちらについても定められていなかったのは21.7%で逆に8割近い企業が退職金制度を導入している。やはり日本の社会では会社勤めをしていれば退職金をもらえるのが一般的といえそうだ。

コストがかかっても退職金制度を設けるメリットとは?

全体の約8割といえば中小零細企業の多くも退職金制度を設けている計算となる。企業にとってはかなりのコスト負担となるにもかかわらず、それでもあえて導入するのはなぜなのだろうか?退職金制度を設けるメリットは、「人材獲得において有利に働く」「離職率の低下に結びつく」といったことが挙げられる。

もはや終身雇用が常識なのは過去のものとなっているものの「長く働けば働くほど、より多くの退職金をもらえる」という条件は、今なお雇用される側にとっては魅力的に映るはずだ。周知の通り空前の人手不足がすっかり常態化している。日本商工会議所が2019年6月に行った調査によると従業員が不足していると回答した企業は約66.4%だ。

多くの企業は喉から手が出るほど人手を求めているし、せっかく獲得した人材がすぐに流出してしまうのではたまったものではない。それらを踏まえると求人欄に「退職金制度あり」と記載することは大きな訴求ポイントとなる。また「せめて退職金がもらえるようになるまでは転職を控えよう」との思いが早期の離職を食い止めることに結びつく。

さらに人員整理を行う際に有効活用できるのも退職金制度のメリットだろう。定年時はもちろん早期退職を促す際にも退職金をそのインセンティブにできる。

退職金制度を設けるデメリットとは?

逆に退職金制度を導入した場合にデメリットとして作用するのはどういったことなのだろうか?まず企業経営者の立場からすれば退職金の原資確保は決して簡単なことではなくネガティブに受け止める材料となりがちだ。実際、2012年ごろから団塊世代の定年ラッシュを続いた局面では、退職金制度を導入している中小企業オーナーの多くがキャッシュの流出に頭を抱えたことだろう。

ただこうしたコスト負担については、税制上の優遇措置(掛金の経費計上や損金計上)が設けられているのも確かだ。もう1つのデメリットとして挙げられるのは、制度の廃止や支給額の引き下げなどが簡単ではないことだろう。その理由については後述するが、コスト負担に耐えきれなくなったからといって「やっぱりやめた」という経営的判断は不可能に近いのだ。

退職金制度を設ける際に最低限定めておくべき条件とは?

退職金制度を設ける場合には、労働基準法の15条1項、89条3項の2(労働基準法施行規則5条4項の2)に定められた最低限のルールを明確にしておく必要である。「退職金制度の適用対象者」と「金額の決定方法や支払い方法、支払時期」について雇用する(労働契約を結ぶ)時点で明示するとともに、それらを就業規則にもきちんと定めておくことが重要だ。

就業規則において退職金に関する規定をいったん定めてしまうと先々でその支給額を減らしたり制度自体を廃止したりするのが極めて困難なことも承知しておくべきだろう。認識不足の経営者も少なくないが就業規則に記していることは労働契約の具体的な内容であり退職金に関する規定を盛り込めば制度の適用対象者にその支払いを約束したことになる。

雇用されている側にとって不利益になるような就業規則の変更を行うには、相応の代償の支払い抜きでは不可能だといえるだろう。そのため「やっぱりやめた」ということは、ほぼ不可能と先述したわけである。

就業規定で退職金について明記しておくべき10項目とは?

退職金制度の導入を決断したら就業規定において最低限、10項目の規定を定めておく必要がある。具体的には、以下の通りだ。

  1. 退職金の支給範囲(臨時採用や日雇い、嘱託、非常勤、顧問、勤続○年未満の早期退職は対象外とするといった注記も盛り込む)
  2. 退職金の支給条件(自己都合・会社都合・傷病・役員就任・本人死亡などとケース別に明記)
  3. 退職金の計算方法(計算式や勤続年数に応じた支給率の明示)
  4. 勤続年数の計算方法
  5. 退職金の端数計算方法(切り上げ・切り捨て)
  6. 退職金の減給・不支給条件
  7. 退職金の支払い方法(一括や分割など)
  8. 退職金の支払い先
  9. 退職慰労金の上乗せ条件
  10. 退職金の支給日

さらに退職金の原資を確保する手段として生命保険を用いる可能性がある場合は(詳細は後述)、その旨を就業規則に明記しておくのが無難だろう。押さえておくべきポイントは以下の3つの内容である。

  • 退職金の原資を確保するために、従業員本人の同意を得て生命保険契約を締結する場合がある
  • 保険料は全額会社の負担とする
  • 支払われる保険金や給付金、解約返戻金などは会社に帰属する

懲戒解雇となった従業員への退職金の支払いはどうなる?

こうして退職金に関する就業規定を定めていく際に経営者として絶対に盛り込んでおきたいと考えるのは、懲戒解雇とした従業員への支払いに関する文言だ。おそらく一銭たりとも払いたくないというのが大半の経営者の本音であろう。しかしここで思い出してもらいたいのは上述したように「退職金には賃金の後払いという側面もある」という法的解釈だ。

就業規定において「懲戒解雇となった場合は退職金を不支給とすると」と明記しても法的にはそれが認められない可能性が出てくるのだ。過去の判例では「永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要」と指摘している。そのため懲戒解雇者が勤務先にどれだけ甚大な被害をおよぼしたのかが問われるわけだ。

金銭的な損害はもとより社会的信用の失墜や社内の動揺、規律の乱れなどいった企業側のダメージが勘案される。また懲戒解雇者が在籍中にもたらした功労を比較し、さらに過去の処遇措置の実例なども踏まえたうえで司法的な判断が下される傾向なのだ。現に懲戒解雇者の退職金を全額不支給とした会社に対し裁判所が30%相当分の支払いを命じた判例もある。

企業年金タイプには2つの選択肢 「確定給付型」と「確定拠出型」

企業年金タイプ(分割払い)は大きく仕組みの異なる「確定給付型」「確定拠出型」という2つの選択肢が設けられている。確定給付型とは、定年後に年金して給付する金額があらかじめ確定しているというものだ。たとえ想定通りの資金運用を達成できなかったとしても企業側はあらかじめ約束している金額を給付しなければならない。

そのため状況によっては企業経営を圧迫する要因にもつながりかねないので企業側としてはあまり選択したくないのが本音だろう。しかし従業員にとっては給付額が確定しているほうが将来設計を立てやすいのが特徴だ。

確定拠出型の特徴は?

確定拠出型は企業が拠出(負担)する掛け金は確定しているものの、将来の給付額については個々の従業員が選んだ金融商品の運用成果次第で変わってくるという仕組みになっている。これは、国が設けた確定拠出年金という制度に基づくもので企業型DCとも呼ばれているものだ。企業側にとっては負担額が固定され年金原資の運用についても各従業員の自己責任となるのでありがたい話だ。

これなら資金面にあまりゆとりのない中小企業でも比較的導入しやすいといえる。そればかりか長く確定給付型の企業年金の運用で苦労してきた大手企業の間でも確定拠出年金への移行するケースが増えている。実際厚生労働省の調査によると2001年時には9割以上が確定給付型であったものが2016年には6割弱にまで減少し、4割近くが確定拠出年金となった。

ただし導入にあたっては、従業員に対して選択する金融商品や資産運用に関する教育を施す必要が生じることも念頭に置いたほうが賢明だ。

退職金の原資を確保する3つの手段

会計処理上、従業員への退職金は「退職給与債務」という名の借金だ。制度の適用対象者が辞めていく際に必ず支払わなければならず、そのための資金を用意しておく必要がある。では退職金の原資を確保しておく手段としてはどのようなものがあるのだろうか?生命保険や中小企業退職金共済、特定退職金共済などが挙げられるが、それぞれのメリットや注意点についてきちんと把握しておくべきだろう。

1.生命保険

まず生命保険はあくまで会社の資産として原資を管理できるのが大きなメリットだ。満期保険金や中途解約時の返戻金は会社の口座に入金されるので必要に応じて退職金の支払い以外の用途にも充てられる。しかもあまりにも早期の退職や懲戒免職、懲戒解雇などといったケースでは、正当な事由があることを根拠に退職金を支払わないという判断も下せる。

したがって離職率が高い会社の場合は、生命保険を選択したほうが柔軟に対応できるといえよう。一方で現在の生命保険は貯蓄性が著しく低下しており掛け金をすべて損金として処理できるタイプは特に解約返戻率(戻ってくる返戻金÷支払った掛金の総額)が低くなっている。さらに高い解約返戻率を求めると掛け金の半額しか損金に計上できないタイプを選ばざるをえない。

2.中小企業退職共済(中退共)

中小企業退職金共済(中退共)とは、自力だけで退職金制度を設けるのが困難な中小企業のために設けられた制度だ。中小企業のオーナー同士による相互扶助と国からの支援によって単独で退職金制度を維持するケースよりも有利に資金を確保できる。一部の例外を除き新規加入時には4ヵ月目から1年間掛け金の2分の1(従業員ごとに1ヵ月の上限5,000円、最高1年間で6万円)が国から助成される。

掛け金は事業者の全額負担となるが、その分は損金または必要経費として全額非課税扱いとなることは大きなメリットだ。また従業員ごとに掛け金の月額を設定でき、加入後の増額もできる。掛け金の納付状況や退職金資産額は定期的に事業者に通知される一方、退職金は退職者の口座に直接振り込まれるので手間もかからない。

3.特定退職金共済(特退共)

特定退職金共済は特定の業種を対象に国が定めた制度だ。月額最低1口1,000円で最大30口3万円まで掛け金を設定できる。月額3万円まで損金または経費算入できるため給与の上積みにならないことも企業側からするとメリットだ。例えば以下のようなものがある。

  • 建設業退職金共済(建退共)
  • 清酒製造業退職金共済(清退共)
  • 林業退職金共済(林退共)

・建設業退職金共済(建退共)
建設業を営む事業者であれば、総合、専門、職別もしくは元請、下請を問わず加入できる。

・清酒製造業退職金共済(清退共)
清酒製造業(清酒・単式蒸留しょうちゅう・泡盛・みりん2種)を営む事業者が加入できる。(専業のみならず兼業でも可)

・林業退職金共済(林退共)
林業(育林・素材生産・山林種苗等)を営む事業者を対象としており、やはり専業・兼業を問わず加入できる。いずれも新たに共済制度に加入した従業員について、掛け金の一部が免除される。また、事業者が負担した掛け金は損金や必要経費として処理が可能だ。中退共との大きな違いは、勤務していた会社を辞めた時点ではなく、その業界で働くことを辞めた時点で退職金が支払われる仕組みになっていることだ。

これらの共済のデメリットは、超早期の退職や懲戒免職、懲戒解雇などといったケースでも払い込んだ掛け金は全額が従業員の手にわたってしまうことである。どれだけ業績的に厳しくなっても生命保険のように会社の運転資金に充てることはできない。

メリットとデメリットの両面を見据えて慎重に導入の検討を

ここまで見てきたように退職金制度の導入は人材獲得やその後の定着に関して大きな効果を期待できる一方で企業側としては相応のコスト負担も求められることになる。また導入した以上は制度の適用者(従業員)にとって不利益となる見直しを行うのが難しいので慎重に検討を進めたうえで決断を下すのが賢明だ。

特に退職一時金タイプについては一度にまとまった金額の支払いが発生する。そのため「原資を確保するための手段として何を用いるのか」についても、それぞれのメリットやデメリットをしっかりと比較して判断したい。その点、企業年金タイプに関しては企業側が運用責任を問われない確定拠出型なら導入のハードルが比較的低いといえるだろう。

導入を決めた場合には退職金が従業員にとって着実にインセンティブとして作用するように、より魅力的な制度設計を行いたい。単に制度を導入すればそれでよしというものではなく「自分たちの努力にきちんと報いてくれる会社だ」とより多くの従業員に実感してもらうことが最も重要なポイントである。

文・大西洋平(ジャーナリスト)

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