※画像をクリックするとAmazonに飛びます
非効率を極めることが勝因になる
効率化する、効率をよくする、効率を高める。何かの組織改革をするとき、もっともよく使われる言葉かもしれません。ビジネスでも、勉強でも、ダイエットでも、効率よくするのが最善策だと思われています。
「効率をよくしろ」と言われれば誰も反論できなくなる、魔法の言葉です。しかし、ビジネスにおいて使われる効率という言葉は、誰にとって使われ、何のためのものでしょうか。
たいていは会社のため。社内の人間に向かって、会社の利益を優先するために使われます。決して、顧客の満足や感動のためではないのです。
丸亀製麺の店内に足を踏み入れると、入り口には小麦粉の入った袋が山積みになっています。
店内には、「いらっしゃいませ」と元気のいい掛け声が飛び交い、若者から年配まで、幅広い年齢層のパートナーさん(丸亀製麺でアルバイト・パート従業員を呼ぶ際の呼び名)が忙しそうに働いています。
オープンキッチンでまず目に付くのは、見慣れない大きな機械。これは製麺機というもので、小麦粉と塩と水を混ぜうどん生地を作り、前日にこねて寝かしてあった生地を延ばすために使います。ランチ時は次々に注文が入るので、製麺機もフル稼働です。
その作りたてのうどんを、うどん担当のパートナーさんが小分けにして茹でています。20分茹であげたうどんは、水で締めてかけうどんやぶっかけなどの出汁で食べるうどん用に。看板にもなっている釜揚げうどんは、茹であがる5分前にお湯からあげて、釜揚げ用の桶に移します。この時間配分なら、会計を済ませて席に着いて食べ始める頃には、ちょうどよい食べごろになるのです。
うどんの横には天ぷらとおむすびのコーナー。天ぷら担当のパートナーさんは、売れ行きを見ながら汗をかきつつ天ぷらを揚げ、おむすび担当のパートナーさんも炊きたてのご飯でせっせと握っていきます。
その隣は会計コーナー。ネギや生しよう姜が などの薬味は、好きなだけ取ってください。ちなみに、生姜は毎日スタッフがすりおろしています。私もトリドールに入社してすぐに研修で店舗に配属され、まず担当したのは生姜のすりおろしです。毎日毎日生姜の夢を見るぐらいにすりおろしていました。
わざわざおろさなくても、業務用のおろした生姜を使った方がコストも時間もかかりません。生姜は薬味に過ぎないので、それぐらいは許されると思われるかもしれません。
しかし、キリッとした辛みや、ほんのりと広がる柑橘系の香りは、おろしたてのナマ生姜に限ります。ぶっかけうどんのようなシンプルな麺と合わせると生姜の風味が麺を際立たせるので、大切な脇役です。「丸亀製麺はおいしい」と感動してもらうために絶対必要な手間なのです。
それ以外のスタッフも、食べ終わった器を食洗機にかけたり、レジを打ったり、休む間もなく立ち回っています。出汁は1日に6回、お客様が多い店はそれ以上に出汁をとっています。出汁はコーヒーや紅茶と同じで、すぐに風味や香りが飛んでしまうので、大量につくりおきできません。
これが、丸亀製麺の店内の様子です。にぎやかで、湯気と熱気が立ち込めているような讃岐のうどん製麺所を再現したら、こうなりました。入り口に積み重ねた小麦粉の袋も、手づくり感を演出しているアイテムの一つ。製麺機を奥にひっこめず、店の入り口に置いているのも、手づくりのライブ感を出すための演出です。
ここまで読んでいただければわかるように、丸亀製麺がしていることは効率的ではありません。経営コンサルタントが店内を見たら、即ダメ出しされるでしょう。
丸亀製麺は他のうどんチェーン店に比べるとキッチンのスペースが広く、スタッフの人数も多いのです。チェーン店なら、客席数を増やしてスタッフは少なめに抑えるのが、効率よく利益を上げる鉄則です。丸亀製麺は、この鉄則とは真逆の方法を選びました。
効率よく利益を上げるなら、うどんも出汁も、天ぷらやおむすびや薬味もセントラルキッチンでまとめて作り、店ではそれらを簡単に調理する程度にするのが一番です。これなら少人数のスタッフで運営できますし、人件費を抑えられます。しかも、製麺機は高額なので、初期費用もかかってしまいます。
生のうどんを茹でるところからしていたら、水道・光熱費もかさみますし、細かいことを言うなら、店内には粉が舞うので掃除も大変です。したがって、丸亀製麺を出店したばかりの頃は、この方式が理解されないばかりか、「そんな効率の悪い店が成功するわけがない」と散々批判されたと言います。
それでも、粟田社長は「客席を減らしてでも、製麺機は置く」と貫いてきました。
行きすぎた効率化はマイナスをもたらす
なぜなら、手づくり感をなくしてしまったら、丸亀製麺らしさがなくなってしまうから。
セントラルキッチンで作った麺を店内で茹でる程度では、出来たてのうどんの風味を味わえませんし、うどん専門店でなくても食べられます。
そこに人がいる、その人は今、自分のうどんを作ってくれている。この臨場感がおいしさを高めているのだと、粟田社長はよく語っています。つまり、人のぬくもりを感じるような店をつくるという信念を貫けたからこそ、丸亀製麺はナンバー1になれたのです。
バブル崩壊以降、日本の多くの企業は効率や低コストを重視してきました。徹底的にムダを削り、人の代わりに機械を入れて、最小限のコストで利益を上げる。確かに、短期的には利益を出しやすい方法です。
しかし、行きすぎた効率化は人間味をなくします。
効率化を図るとみんな同じ店になりがちです。飲食店に限らず、スーパーやコンビニなども差別化を図るのが難しいのは、同じような商品を同じようなシステムで売っているからだと考えられます。
「料理屋と屛風は広げすぎると倒れる」という、𠮷兆の創業者の湯木貞一氏が残した言葉があります。
小さな店でも人気が出ると店を大きくし、さらに支店を増やしデパートに出店するうちに個性がなくなり、味が落ちてお客様は離れてしまいます。何とか挽回しようとコストダウンを図って効率化したり、値引きやメニューを減らしたりなどの対策を取ります。そうするとさらに味が落ち、店に活気がなくなってお客様はますます離れてしまうのです。他の小さな店が話題を集めて台頭し、廃業に追い込まれるというケースもあるようです。
最近、予約してから数カ月待ち、数年待ちのスイーツやフライパン、オーダーメイドの靴屋などがクローズアップされています。一度に少量しか作らないので、決して効率的なビジネスとはいえません。それでも消費者から支持されるのは、手間暇をかけたほうが希少価値を生み、魅力を感じるからでしょう。
常にお客様の感動を追求すれば、非効率でも支持されるのです。丸亀製麺がこれらを実現できたのは目先の利益を追わず、他社との競争に明け暮れなかったからです。