カスタマーサクセスとは何か
弘子 ラザヴィ(ひろこ・ラザヴィ)
経営コンサルタント。サクセスラボ株式会社代表取締役。一橋大学経営大学院修士課程修了。大学3 年次に日本公認会計士二次試験合格。公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトを多数リード。2017 年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムIgnite に参加するためシリコンバレーに在住した時にカスタマーサクセスに出会う。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーで築いたネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本企業を支援している。また日本で活躍するビジネスパーソンに向けた情報サイト「Success Japan」の運営などを通じ、カスタマーサクセス市場の活性に努めている。

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カスタマーを虜にするリテンションモデル

リテンションモデルの登場

読者の中にはアマゾン(Amazon)プライム会員の方が大勢いらっしゃるだろう。筆者はいつ申し込んだか思い出せないほど長いことプライム会員を継続している。本や家電のほか食品も、規格品を買いたければ瞬時にアマゾンへ行き迷わずクリックする。少し値のはるパソコンや大型家電なら価格を比較検討するが、そうでなければ多少高くてもアマゾンで買うのが賢明だと信じている。

アマゾンプライムは有料会員サービスだが、皆さんは利用料を即答できるだろうか? 2019年4月現在、年間4900円だ。自動更新にしている筆者は金額をすっかり忘れていた。改めて計算すると、アマゾンプライムの便利さにこれまで累計で数万円を払ったことになる。

アマゾンにとって利用者が「アマゾンなしでは生活できない!」と思うほど無くてはならない存在になること、それが究極の目的だ。以下は同社の「2016年 株主の皆様へ」で述べられたジェフ・ベゾスCEOの言葉である。

カスタマーオブセッション
競合優位、プロダクト優位、テクノロジー優位など、他にもいろいろ、自社事業の強みの拠り所を考える選択肢は数多くある。けれど僕の中では「狂ってると言われるレベルで、カスタマーにとって無くてはならない存在になることを考える」ことこそが、創業初日から1ミリも揺るがない自信をもって事業展開できる唯一の選択肢なのだ。

もう一つの例はライドシェアサービスのウーバー(Uber)ないしリフト(Lyft)だ。日本では身近でないが、車をもたずに米国シリコンバレーを訪れたら、それ無くして過ごせないと断言できるほど普及したサービスである。初めて使う日本人はその便利さ・安さ・アプリの直感性に驚愕する。そして一度使い慣れた後に日本に戻ってタクシーに乗ると、その都度支払いが必要なことをとても煩わしく感じ、時代を後戻りした気分になる。

最後の例はアップル(Apple)だ。説明不要だろう。我が家には家族の所有も含めると、リンゴマークのついたPCが4台、iPadが2台、iPhoneが3台ある。ハードウェアだけでなく、クラウドサービスやアップストア(App Store)の各種アプリも有料・無料含め毎日お世話になっているし、アップルストア(Apple Store:アップルが運営する直営販売店および技術サポート拠点)を訪れるのも楽しみの一つだ。

三つの例に共通するのは、デジタル技術を活用した画期的なプロダクトを提供し、利用者がそれ無しでは生活できないという域の存在になっている点だ。

では次に、それぞれのビジネスモデルを見てみよう。アマゾンプライムはアマゾンへ一定の会費を定期的に支払うことでプライム会員サービスをいくらでも利用できる。いわゆるサブスクリプションモデル(会員サービスを受ける利用期間に対し固定制ないし従量制の利用料を支払う課金制度)だ。

ウーバーやリフトは、地域限定の試用サービスを除くと、現時点でサブスクリプションモデルではない。利用者は乗車ごとに利用料を払う。しかし一度使えば日常的に使う人がほとんどだ。さらに筆者のように、米国へ訪れる知人にアプリのダウンロードからカード情報登録などの事前設定の方法を丁寧に教える人も多い。実際、同サービスの新規利用者開拓は筆者のようなユーザーが担っている。

一般消費者向けのアップル関連サービスは、有料のクラウドサービスとアプリを除けばサブスクリプションモデルではない。何よりアップルの収益の8割超はハードウェアの売上だ。新しいiPhoneが登場するたびに列をなして購入するファンが多いのも同ブランドの特徴だ。

お分かりだろう。三つの例がデジタル時代に強い競争力を持つ事業である真の理由は、課金制度がサブスクリプションモデルかどうかではない。真の理由は、リテンションモデル(カスタマーを虜にするモデル)だという点だ。そして、それが本章の主題である。

リテンションモデルとは(定義)

リテンションモデルを定義しよう。本書では、以下4要素すべてを満たすプロダクトをリテンションモデルと定義する。

  1. 利用者が、日常的・継続的にそのプロダクトを利用し、モノの所有に対してではなく成果に対して対価を払う
  2. 利用者が、いつでも利用を止める選択権を持ち、かつ初期費用が非常に少なくてすむ
  3. 利用者が、それ無しでは生活や仕事ができない・使い続けたいと断言できるほど明らかにプロダクトが常に最新状態に更新・最適化され続ける
  4. 利用者が、自分にとって嬉しい成果を得られるならば、自分の個人データをプロバイダーが取得することを許す

補足したい。

  • 先述のライドシェアサービス事業はサブスクリプションモデルではないが(1)に該当する
  • 厳しい条件で契約期間が終了するまで利用を拘束するプロダクト(2年に1度の所定月以外は解約手数料が必要な携帯電話など)は(2)に該当しないため、リテンションモデルではない
  • (3)に該当するプロダクトは、競合サービスとの比較検討を一切されずに「××ならここ」と瞬間的に選ばれる
  • (4)に該当するプロダクトは、「自分のことを理解してくれている」「よい提案をしてくれそう」という信頼や期待自体も価値の一部を構成している