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カスタマーサクセスが日本に意味するところ
カスタマーサクセスの魂
「仏造って魂入れず」―この表現を初めて聞いたという若い方もいるだろう。どんなに素晴らしい仏像も魂が入っていなければ単なる木片や石と同じ、という意味だ。転じて、物事は肝心な点が欠けるとすべての苦労が無駄になる、という意味で使う。日本企業が「仏造って魂入れず」にならないよう、本章の最後でカスタマーサクセスの魂について話したい。
カスタマーサクセスに魂を入れることが日本企業にとって最も重要だと思う筆者は、「カスタマーサクセスとはいったい何か?」と聞かれた時に「カスタマーセントリックな企業文化、ないしそれが根付いた企業のあらゆる活動そのもの」と説明することがある。少し乱暴な独自の定義だが、重要なのは企業文化こそカスタマーサクセスの魂という点だ。
「カスタマーセントリックな企業文化」とは、デジタル時代に無くてはならない存在になるために、カスタマーの成功を絶えず追求することを重視する価値観、ないしそれが組織に浸透していることだ。カスタマーセントリックな企業文化が浸透した企業では、あらゆる社員が「私が何をすれば、カスタマーにより良い体験・より効果的な目標達成をもたらせるだろうか?」を常に意識して働く。
このようなフワっとした表現だと、「うちの企業は正にその通り!」と全員が言いそうなので、明解に行動で定義したい。以下三つの行動項目すべてに自信をもって「はい(Yes)」と答える企業は、カスタマーセントリックな企業文化が根付いているカスタマーセントリックな企業だ。
カスタマーセントリックな企業(定義)
- 「私がカスタマーなら」を常に考える。何かを判断する時は「私がカスタマーなら賛成か?」を必ず問い、カスタマーの成功につながることが常に最優先で意思決定される
- カスタマー体験の良し悪しと彼らが手にした成功を数字で測定している。それが企業の経営目標とリンクしていて、各組織はその経営目標の一翼を担うことで組織が一枚岩になっている
- カスタマーの声を収集しプロダクトや業務に反映するフィードバックループの仕組みがある。結果として企業のあらゆる活動が首尾一貫して素晴らしいカスタマー体験に直結している
以下に「違うもの」を明確にすることで定義を補足したい。
まず一つ目。「カスタマーのこと(about / for)を四六時中考えています」と言う企業は多いが、それは「カスタマーだと思って(as / If I were)」と全く違う。後者は、カスタマーの頭の使い方、モノを見る視点、優先順位、発想の仕方、行動パターンなどを深く理解することそのものだ。心からカスタマーになりきり彼らの言語を用いて話すことだ(米国では「walking in their shoes」とも言う)。
二つ目。「満足度を調査している」とか「利用状況を測定している」と言う企業は多いが、それはエフォートレス体験の良し悪しや成果・成功を測定することと全く違う。「え?」と思った方は、2 ― 2節のカスタマーサクセス原則その2をぜひ読み返してほしい。また測定していても、その指標と反する報酬制度で動機付けされる社員が1人でもいればそれも違う。たとえば、成功を届けられない相手と新規契約した受注額は営業の業績評価から除くべきだ。
三つ目。「カスタマーの声を聞いている」と言う企業は多いが、その情報がある1部門内に留まっているなら「フィードバックする仕組みがある」とは言えない。特にカスタマーの声をプロダクトロードマップやサポート組織に反映する時に、部門利害の対立を交通整理して部門横断で最適な判断を下せる権限を持つ人が組織上層部にいることがとても重要だ。カスタマーセントリックな企業では、カスタマーの声があらゆる部門に共有され、エフォートレスな体験が首尾一貫して届くように顧客接点の対応が改善され続けている。
以上がカスタマーセントリックな企業の要件だ。「違うもの」を踏まえてもなお全項目「はい(Yes)」ならば、「素晴らしい!」と大声で称賛を伝えたい。そういう日本企業が1社でも増え、揃って急成長することを心から願っている。
中には、「全項目『はい(Yes)』だけど、実はうちにはカスタマーサクセスという名前の部門もチームも存在しません」と言う人もいるだろう。安心してほしい。部門やチームがあるかどうかは本質ではない。筆者の知る限り、アマゾンにカスタマーサクセス「部門」は存在しない。同社はジェフ・ベゾス氏を筆頭に組織全体がカスタマーセントリック(彼らは『カスタマーオブセッション』と呼ぶ)なため、あえて特定の部門をおく必要がないのだ。日本にも、カスタマーサクセスという言葉を知らないまま、カスタマーサクセスそのものの行動様式や組織文化が根付いている企業がある。
一方、カスタマーサクセスという名のついた部門やチームがあり、「カスタマーサクセスは彼らが責任をもって実行している(はずだ。私は関係ない)」と思う人が1人でもいる企業は、カスタマーセントリックな企業と言えない。そういう企業は自然と組織がサイロ化し、全社で共有する経営目標への意識が薄く、部門利益が優先されて部門間の摩擦が生じやすく、結果としてカスタマーへ提供される体験は貧弱なものになり成功も届けられない。
デジタル時代に必須のリテンションモデルで成功したいなら、カスタマーへどうやって成功を届けるかを絶えず追求する「カスタマーセントリックな企業文化」が必須だ。この点をないがしろにしたままカスタマーサクセス部門をおいて原則五つを愚直に追求したとしても、それこそ「仏造って魂入れず」なのである。
繰り返そう。カスタマーサクセスは特定の部門やチームだけではなく企業全体が実行することで成功する、という価値観が組織の全員に心底浸透していることが非常に重要だ。