カスタマーサクセスとは何か
弘子 ラザヴィ(ひろこ・ラザヴィ)
経営コンサルタント。サクセスラボ株式会社代表取締役。一橋大学経営大学院修士課程修了。大学3 年次に日本公認会計士二次試験合格。公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトを多数リード。2017 年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムIgnite に参加するためシリコンバレーに在住した時にカスタマーサクセスに出会う。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーで築いたネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本企業を支援している。また日本で活躍するビジネスパーソンに向けた情報サイト「Success Japan」の運営などを通じ、カスタマーサクセス市場の活性に努めている。

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買ってくれたお客さまへ成功を届けるカスタマーサクセス

カスタマーサクセスの本質

「サザエさんにでてくる三河屋の三平さん、分かりますか? 彼がしていたことの現代版ですよ」

「カスタマーサクセスって、いったい何ですか?」と聞かれた時、筆者はこう説明することがある。長谷川町子の『サザエさん』を知る世代はピンとくるようだ。ご存知ない方のために説明すると、地域に密着した三河屋さんで働く三平さんは、お客さんの家を定期的に訪問して注文をとる。サザエさんの家にも「こんにちはー、三河屋でーす」と言って裏口からひょいと顔をだし、「先月はお醤油の注文がなかったですけど、そろそろ切れる頃ではないですか?」とか、「○○という新商品がでましたが、試してみませんか?」といった具合に注文をとっていく。

「なんだ、御用聞き、要はルート営業のことか!?」と思った方は、誤解しないよう注意してほしい。「現代版」と付記した通り、三平さんがしていた仕事はカスタマーサクセスではない。つまり、カスタマーサクセスは「御用聞き」でも「ルート営業」でもない。しかしその本質には共通点がある。その共通点と相違点について本章の冒頭で説明したい。なぜなら、この点はカスタマーサクセスの本質に関わる、決して誤解してほしくない重要なポイントだからだ。

米国では、カスタマーサクセスは「農耕(ファーミング)」であって「狩猟(ハンティング)」ではない、という説明がよくされる。筆者の経験によると、この説明は「新規顧客をハンティングすることではない」という点が分かりやすい一方、「お客さまとの関係をファーミングすることだ」という点が日本企業の皆さんには今一つピンとこないようだ。「関係を農耕するって、いったい何をすることだ?」という反応が多い。むしろ「三河屋の三平さんのしたこと、ただし現代版」と言う方が理解されやすい。恐らく、三平さんの仕事とカスタマーサクセスとに、根本的なところで共通点があるからだろう。

(中略)

三河屋の三平さんの仕事とカスタマーサクセスの共通点は、「商いは買っていただいた後が大切」という基本精神だ。あらゆる事業がリテンションモデルに向かう現代は、その精神が売上と利益の加速的な増加に直結する。言い方を変えると、その精神をないがしろにした事業には、やがて市場撤退の日が訪れる。厳しい現実かもしれないが、懐かしい昭和の商店が現代でよみがえるのは朗報だと信じている。

では、現代でよみがえるにはどうすればよいのだろうか?―それが相違点の核心だ。

相違点を一言でいうと、三平さんの仕事はカスタマーにモノを届けるが、カスタマーサクセスはカスタマーに成功を届ける、つまりカスタマーへ届ける価値(バリュー)が違うのである。では「カスタマーに成功を届ける」とはどういう意味だろう?―アマゾンエコーを例に説明しよう。

アマゾンエコーは、アマゾンが開発した音声認識AIアシスタント「アレクサ(Alexa)」を搭載するスマートスピーカーだ。世の中に登場した2014年(日本の一般販売は2018年)以降、続々と新機能が追加され続けている。現在は音楽を聴くスピーカー機能に加え、天気予報やニュースを知らせてくれたり、質問すると調べた結果を答えてくれたり、自分のメールやスケジュールを読んでくれたり、他の機器と会話しあって部屋の電灯を消したり空調の温度調節もしてくれる。そんなスマートスピーカーを開発したアマゾンがカスタマーに届けた価値について、「音楽を聴く」を例に説明する。

質問したい。「アマゾンは、アレクサを搭載したアマゾンエコー(モノ)を開発したことで、スマートフォンにも音響スイッチにも触れず、要は一切手を使わずに音声操作だけで音楽を聴くことができる、という画期的な体験(コト)を届けた。」は「正しい(Yes)」だろうか?―答えは「否(No)だった」だ。「音楽を聴く」という体験(コト)の世界において、登場当初のアレクサはアマゾンプライムミュージックの楽曲しか流せなかった。その後、アマゾンはカスタマーの要望を真摯に受け止め、スポティファイ、パンドラ(Pandora)、シリウス(Sirius)といった競合の音楽サービスにもアレクサがつながるようにした。今では、アマゾンプライムミュージック会員以外のカスタマーにも、音声操作が可能なスマートスピーカーで好きな音楽を楽しむという音楽体験(コト)を届けている。

ここまでならコト売りに留まる。しかしアマゾンはその先、つまり画期的な音楽体験(コト)の先にある「成功を届ける」を追求した。

届けた相手は、毎晩子供を寝かしつけるお父さん・お母さんだ。ようやく寝た子のいる部屋の音楽を消すために大きな声を出すと子供が起きてしまう。そこでアマゾンは「ウィスパー(ささやき)モード」を開発した。小声で「アレクサ、とめて」とささやくと、アレクサもささやき声で「オーケー」と言って(設定すると無言で)音楽がとまる機能だ。小さな子供は、お父さん・お母さんが自分に最大の関心を寄せることを期待する。一番甘えられる寝入り時は期待値が最大になる。経験者なら分かると思うが、そんな時に少しでもスマートフォンを操作したら途端に大声で泣き出す子もいる。子供を自分の腕に抱え、その目を優しく見つめたままおしゃべりの延長で「アレクサ、××(音楽)かけて」と言えば子供の好きな音楽が流れる音声認識は、「寝かしつけ」において最高の機能だ。そしてウィスパーモードがそれを完成の域に引き上げた。つまりアマゾンは音楽体験の先にある「子供を寝かしつける時間が半減する・豊かになる」、つまり「カスタマーに成功を届ける」に成功したのだ。こうしてアマゾンはカスタマー(親)にとってますます「なくてはならない存在」になっていく。