会社が行う事業の全部または一部を売買する営業権譲渡。不採算部門を切り離すことができること、また売却益を得ることができることが売り手側のメリットとなる。営業権譲渡においてメリットとデメリット、価格の決まり方や契約の流れおよびかかってくる税金はどのようになるのだろうか。この記事では、営業権譲渡について詳しく見ていこう。

営業権譲渡とは?

営業権譲渡は、M&Aの手法の一つである。会社が行う事業の全部または一部を、必要に応じて売買することだ。営業権譲渡についての最高裁判所の定義は次のようなものとなる。

「一定の営業の目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部または重要なる一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じ法律上当然に競業避止業務を負う結果を伴うものをいう」
出典:裁判所『裁判判例情報 事件番号 昭和36(オ)1378』
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=53752

ここで「一定の営業の目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産」とは、有形および無形の両方を含む。有形の財産は、店舗や工場・土地建物などの固定資産、売掛金や在庫などの流動資産となる。無形の資産は人材、ノウハウ、立地条件、取引先との関係など。また営業権譲渡を行った場合には、譲渡を行ってから20年間、同一の地域や近隣の市町村などで同一の事業を行うことが会社法によっても商法によっても禁止されている。

中小企業のM&Aにおいては、営業権譲渡は株式譲渡とならんで一般的な手法だ。営業権譲渡では、契約において「引き受ける」とした債務以外は引き受ける必要がない。そのために簿外債務を引き受けてしまうリスク低いことが株式譲渡と比較した場合のメリットである。

営業権譲渡と事業譲渡はどう違う?

営業権譲渡(営業譲渡)と似た言葉として「事業譲渡」がある。営業権譲渡と事業譲渡とはどう違うのだろうか?結論をいえば基本的に同じものである。2006年に商法の大改正が行われ旧商法において会社について定めていた部分が「会社法」として独立した。その際、旧商法において「営業譲渡」(営業権の譲渡)の呼称が「事業譲渡」に変更された。

言い方が異なるだけで、営業権譲渡と事業譲渡とが意味するものは、ほぼ同じである。ただし商法には現在でも「営業譲渡」の呼称が残されているのだ。したがって適用される法律が「商法なのか」「会社法なのか」によって営業権譲渡と事業譲渡とが区別される。事業を引き受ける先が個人の商人であれば商法が適用されるのだ。

一方、引き受ける先が会社であれば会社法が適用される。個人商人から個人商人、および会社から個人商人のケースでは「営業譲渡」が使用されるといった具合だ。また会社から会社、および個人商人から会社のケースでは「事業譲渡」が使用されることになる。

営業権譲渡のメリットとデメリット

営業権譲渡のメリットとデメリットを売り手側および買い手側のそれぞれについて見てみよう。

営業権譲渡のメリット(売り手側)

売り手側にとっての営業権譲渡のメリットは以下の通りだ。

・不採算事業を切り離すことができる
営業権譲渡の売り手側にとって第1のメリットは、不採算事業を切り離せることだ。事業を継続していくなかで採算が取れない事業がどうしても出てしまうことがある。採算が取れるようにできるに越したことはないものの、そのための手段が見いだせないことも少なくない。その場合には、不採算事業を他社へ譲渡することにより自社から切り離すことが可能となる。

譲渡以前は不採算であった事業も買い手側の独自なリソースやノウハウなどにより事業価値が高まることがある。また買い手にとって自らが保有していないリソースやノウハウなどがその事業にある場合、不採算であっても営業権譲渡が成立することもある。

・売却益を得ることができる
営業権譲渡を行うことにより一般に売却益を得ることができる。これも売り手側にとって営業権譲渡のメリットであるといえるだろう。ただし売却益がどれくらいになるのかは、譲渡する事業の内容や業界の状況などによって大きく変わってくることになる。

営業権譲渡のメリット(買い手側)

買い手側にとっては、営業権譲渡は以下のことがメリットとなる。

・必要な事業を短期間で手に入れることができる
営業権譲渡の買い手側にとってのメリットは、必要な事業を短期間で手に入れられることが第1だ。一般に新たな事業を立ち上げるためには、コストと人材、および新事業が軌道にのるまでの長い時間が必要となる。営業権譲渡により新事業を手に入れてしまえば事業を軌道にのせるまでの時間が不要となり事業の拡大を短期間で行うことが期待できるだろう。

・節税対策として利用できる
営業権譲渡を受けた資産は、減価償却資産については減価償却を行うことが必要だ。資産のうち「のれん」についても税務上5年間の減価償却が認められている。減価償却費は損金として計上できるため、営業権譲渡は節税対策としても利用できるだろう。

・簿外債務の負担リスクを取り除ける
M&Aにおいては一般にデュー・デリジェンスの段階では発見できなかった売り手側の簿外債務が譲渡後に顕在化することがある。しかし営業権譲渡においては、財産や負債などについて契約で個別に指定して移転させるのが一般的だ。したがって簿外債務を負担するリスクを取り除くことができる。

営業権譲渡のデメリット(売り手側)

営業権譲渡は、売り手側にとって以下のことがデメリットとなる。

・従業員へのケアが必要となる。
営業権譲渡を行う場合、その事業に従事している従業員の多くは、譲渡先へ移籍することになる。一般的に買い手企業は売り手側より規模が大きい場合が多いことから従業員はそのまま受け入れられることが多い。しかしノウハウやスキルが乏しい人材についてはリストラされることもある。したがって営業権譲渡にあたっては、従業員に対してしっかりとした説明とケアが求められるだろう。

営業権譲渡に反対する従業員が移籍を拒否した場合の対応についても検討が必要だ。

・取引先へのケアが必要となる
営業権譲渡を行うにあたっては、その事業において取引をしている取引先へも丁寧な説明とケアが求められる。対応が適切でない場合には、取引先との軋轢を生むリスクもある。

・契約や登記の移転作業が必要になる
営業権譲渡にあたっては、契約や登記の移転作業が必要だ。従業員との雇用契約や取引先との契約もすべて移転しなければならない。そのほかに事業所の賃貸契約や光熱費・通信費などの契約、不動産などの登記、特許権などの登録などすべてを個別に移転するための煩雑な作業が必要となる。

・競業が禁止される
商法第16条および会社法第21条により営業権譲渡を行った場合には、譲渡した事業と同一の事業を同一の市区町村および隣接した市区町村では行うことができなくなる。そのためその事業を本当に譲渡してよいのかをあらかじめよく検討しておく必要があるだろう。

営業権譲渡のデメリット(買い手側)

営業権譲渡は、買い手側にとっては以下のことがデメリットとなる。

・契約や登記の移転作業が必要になる
売り手側のデメリットと同様で、すべての契約や登記について移転作業をしなければならない。

・許認可の承継ができない
営業権譲渡を行うと営業の主体が変わるため、それまで得ていた許認可が多くのケースで承継できない。承継できない場合には、新たに許認可を申請しなおすことが必要となる。したがって譲渡前にそれぞれの許認可について承継の有無を調査しておくことが重要だ。なぜなら許認可を取り直すことになった場合に、そのための手続きに時間を費やし事業が止まってしまうこともあるからである。

・資金調達が必要
営業権譲渡を受けるためには、そのための資金を調達しておくことが必要となる。

営業権譲渡の価額はどのようにして決まるのか?

営業権譲渡を行う際に価額がどのようにして決まるのかを見てみよう。

多くのケースで時価純資産額に「のれん」の価額を加えて算出する

営業権譲渡価額の算出法は、さまざまなものがある。営業権譲渡においては、売り手側と買い手側とが価額について納得し交渉が成立すればそれでよい。そのため価額の「正式な」決め方といえるものは存在しない。ただし多くのケース使用される価額の算出方法はある。それは時価純資産額に「のれん」の価額を加えるものだ。

・営業権譲渡の価額=時価純資産額+「のれん」の価額

時価純資産額とは、現金預金や売掛金、固定資産、在庫、保険積立金など有形の財産価値のことである。一方「のれん」とは、会社の伝統や社会的信用、店舗などの立地条件、保有している特殊な技術、取引先との関係などの無形の財産価値のことだ。この両者を加えたものが営業権譲渡の際の価額となる。

この考え方は、最高裁判所においてのれん(営業権)の価値が認められたことによって一般的になっている。最高裁判所では、のれんを次のように定義している。

「営業権とは、当該企業の長年にわたる伝統と社会的信用、立地条件、特殊の製造技術及び特殊の取引関係の存在並びにそれらの独占性等を総合した、他の企業を上回る企業収益を稼得することができる無形の財産的価値を有する事実関係である」
出典:裁判所『裁判例情報 事件番号:昭和48(行コ)37』
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=66847

会社はさまざまな財産を保有しているのが一般的だ。賃借対照表に記載される有形の財産のほかに無形の財産であるのれんも保有している。そこでその有形・無形の財産の合計額を営業権譲渡の際の価額とするのだ。

のれん価額の算出法として一般的なのは利益年倍法

のれんは、伝統や社会的信用、立地条件、特殊技術など金銭に換算するのが困難なものとなる。そこでこののれんを評価するために便宜的に用いられるのが「利益年倍法」だ。利益年倍法ではのれんの価額を、平均純利益に適切と思われる倍率を乗じたものとする。

・のれんの価額 =平均純利益×年数

平均純利益とは、過去2~5年の税引き後平均利益のことで年数は以下の通りだ。

・競争が激しいために安定性が低い外食産業などの場合は「1.5~2」
・競争が比較的少なく買い手のニーズが高い調剤薬局なら「3~5」

利益年倍法で使用される倍率に合理的な根拠はない。しかし利益年倍法は算出法が簡単で納得しやすいことがメリットだ。そのために売り手側と買い手側とが納得し合意することが重要な営業権譲渡の交渉においては多く用いられている。

営業権譲渡の契約の流れ

営業権譲渡を行うにあたり契約の流れを見ていこう。

1. 買い手側とのマッチングを行う

最初にしなければならないのは、買い手側の企業を見つけることとなる。M&A専門の仲介業者などを利用するのが一般的だ。買い手の候補が見つかった場合には、経営者面談を実施し、双方の経営方針や基本的な条件などについて意見交換を行う。意見交換の結果、買い手と売り手とで買収方法や譲渡する事業の範囲、承継する資産と負債、買収価額その他の基本条件に合意できれば「基本合意書」を締結する。これにより定められた期間、買い手は売り手に対して独占交渉権を得ることになる。

2. デュー・デリジェンスの実施

基本合意書が締結されたら買い手は売り手の会社についてデュー・デリジェンス(買収調査)や財務調査、法務調査を実施。

・デュー・デリジェンス(買取調査)
公認会計士や会計事務所による財務調査と弁護士・法律事務所による法務調査との両面から行われる。

・財務調査
買収価額の算定や将来にわたる収益性、コスト分析、簿外債務などのリスクの洗い出しを中心に行われる。

・法務調査
承継が必要な財産や権利義務・契約、登記の移転が必要な財産、許認可の有無と承継の可否、法令遵守の状況、瑕疵の有無、リスクの可能性などの洗い出しが行われる。デュー・デリジェンスの結果に基づき、買い手は営業権譲渡を実行するか、最終的に判断。

3. 条件の交渉および営業権譲渡契約書の締結

デュー・デリジェンスの結果に基づき営業権譲渡についての条件の最終交渉を行う。交渉がまとまった場合には「営業権譲渡契約書」を締結する。

4. 最終準備と取引の実行

営業権譲渡契約書が締結されたら決済日までのあいだに必要な準備を行う。売り手側は、営業権譲渡について株主総会での承認を得なければならない。買い手側も株主総会での承認を得なければならないケースもある。また引き継ぐ資産の内容に応じて引き継ぎのための準備を行い買い手側は決済日までに資金の準備が必要だ。

決済日に引き継ぎのための手続きおよび代金の受け渡しを行い営業権譲渡のための手続きは終了となる。

営業権譲渡でかかってくる税金は?

営業権譲渡を行うことによりどのような税金がかかるかを見てみよう。

売り手側にかかる税金

売り手側企業に対しては、まず営業権譲渡益に対して税金がかかってくる。売り手が法人の場合なら法人税、個人事業主なら所得税がかかるため注意しておこう。またそのほかに消費税も必要だ。所得税は、資産の種類により区分計算が必要となり区分の仕訳内容は次の通りだ。

  1. 土地・借地権
  2. 建物
  3. 機械装置・備品・車両運搬具など
  4. 少額減価償却資産(取得価額が10万円未満の固定資産)
  5. 棚卸資産

1と2を譲渡する際には、分離課税の譲渡所得となる。そのため仮に損失が発生しても他の所得とは通算できない。3を譲渡する際には、総合課税の譲渡所得となる。したがってこちらは通算が可能だ。4と5を譲渡する際には事業所得となる。こちらもやはり通算ができる。営業権譲渡の対価が、時価純資産額を上回った場合には、上回った分は「のれん」の価額となり、のれんの売却益は総合課税の譲渡所得となる。

買い手側にかかる税金

買い手側企業は、譲渡された資産のなかに固定資産が含まれている場合、不動産取得税や登録免許税などがかかってくる。のれんの価額は、60ヵ月均等で取り崩し損金算入する。また消費税も必要だ。

営業権譲渡はメリット・デメリットを見極め慎重に検討を

営業権譲渡とは、会社の全部または一部を売却すること。不採算部門の切り離しが可能となり売却益を得ることもできることが売り手側のメリットだ。その一方、従業員や取引先へのケアを慎重に行う必要があるうえに契約や登記を移転するための煩雑な作業も必要となってくる。また20年間は競業も禁止されるため、営業権譲渡を行うかどうかについては慎重に検討することが重要だ。

営業権譲渡の価額は、多くの場合に時価純資産額にのれんの価額を加えることにより算出される。なぜなら算出法がシンプルなうえに売り手側・買い手側とも納得しやすいメリットがあるからだ。売却益には法人税または所得税と消費税がかかってくる。所得税は、資産の種類により区分計算が必要となってくるので注意しよう。

文・THE OWNER編集部

(提供:THE OWNER