事業環境や顧客ニーズの変化が進むなかで、企業の多角化は新たな収益を上げるための成長戦略として重要な柱に位置づけられる。なかでも中小企業は主力事業に集中している傾向があり、顧客企業や市場ニーズの影響を受けやすい。

本記事では、多角化戦略の概要やメリット・デメリット、進め方、注意点などを解説する。多角化検討の参考にして欲しい。

目次

  1. 企業の多角化戦略とは?
    1. アンゾフの多角化戦略
    2. 1. 市場浸透戦略
    3. 2. 市場開拓戦略
    4. 3. 製品開発戦略
    5. 4. 多角化戦略
  2. 企業の多角化戦略の4つの分類 それぞれの特徴とは?
    1. 1. 水平型多角化戦略
    2. 2. 垂直型多角化戦略
    3. 3. 集中型多角化戦略
    4. 4. コングロマリット型多角化(集成型多角化)
  3. 企業を多角化するメリット7つ
    1. 1.収益の拡大が期待できる
    2. 2. 企業環境の変化によるリスクを分散できる
    3. 3. シナジー効果が期待できる
    4. 4. 範囲の経済性が得られる
    5. 5. プロダクトライフサイクルに対応できる
    6. 6.経営資源の有効活用
    7. 7. 従業員のモチベーションアップにつながる
  4. 企業の多角化 4つのデメリット
    1. 1.多角化のコストがかかる
    2. 2.経営が非効率になりやすい
    3. 3.損失拡大の可能性
    4. 4.企業ブランドの不明瞭化
  5. 多角化戦略の進め方
    1. 自社だけで進める方法
    2. 他社と提携して進める方法
    3. M&Aで進める方法
  6. 多角化戦略の成功に向けた5つのポイント
    1. 1.小さく始めてリスクを減らす
    2. 2.関連性が高くシナジー効果が期待できる事業の多角化を進める
    3. 3.経営者の独断専行は避けて組織化を図る
    4. 4.企業理念から逸脱しないようにする
    5. 5.M&Aの利用を検討する
  7. 多角化企業の成功例
    1. 自社の印刷技術を活用し、新製品開発で利益率向上に成功したA社の例
    2. 箱製造から物流事業領域へ拡大し、新たな収益源確保に成功したB社の例
  8. めまぐるしく変化する事業環境に対応すべく多角化戦略を検討しよう
  9. 企業多角化に関するQ&A
    1. Q1.企業はなぜ多角化するのか?
    2. Q2.コングロマリット型の多角化はなぜ行われるのか?
    3. Q3.シナジー効果はなぜ生まれるか?
    4. Q4.事業ドメインはなぜ必要なのか?

企業の多角化戦略とは?

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(写真=PIXTA)

企業の多角化とは、新たな製品・サービスの投入、新たな市場開拓など主力事業とは別に新たな分野に進出することをいう。多角化戦略は、企業の成長戦略のひとつとして経営資源を活用・応用し、新たな分野に進出することだ。現在の事業を拡大するよりも「事業分野を広げて多角化するほうが収益性としては高い」と判断された場合に行われることが多い。

近年では、諸外国間での戦争やコロナ禍を契機に世界情勢の不安定さや事業環境の変化、顧客ニーズの多様化が加速度を増しており、企業は新たな収益事業を立ち上げる必要性が増している。どのような状況にあっても企業にとって成長するための戦略は不可欠だ。しかしこういった近年の状況を背景に多角化戦略への注目度が高まっている。

多角化を企業成長戦略の柱のひとつとして位置づけたのは、事業経営者であり経営学者のイゴール・アンゾフ(1918~2002年)である。

アンゾフの多角化戦略

アンゾフは、製品と市場の2つを軸に4つの成長戦略に分類した「製品-市場マトリクス」を提唱した。これは「製品」と「市場」とのそれぞれについて「既存」と「新規」を考えることにより、4象限の戦略を現すことができるというものだ。

  1. 市場浸透戦略
  2. 市場開拓戦略
  3. 製品開発戦略
  4. 多角化戦略
多角化企業とは? 多角化戦略のポイントと成功例
出典:Ansoff, H. I. (1965),Corporate Strategy : An Analytic Approach to Business Policy for Growth andExpansion, New York, NY : McGraw Hill, Inc., 1965. (広田寿亮訳(1969)『企業戦略論』産業能率大学出版部)

この成長マトリックスを利用することにより自社の成長戦略を発見することができる。以下で4つの象限それぞれの意味を見てみよう。

1. 市場浸透戦略

市場浸透戦略は、これまで対象としてきた既存市場に対し既存製品をさらに売り込むことにより、購入量と購入頻度を増大して売上高と市場シェアの拡大を狙う戦略だ。競合が多種多様な製品を提供している市場において、さらに自社の製品を浸透させるためには、製品の認知度や購入の意欲をいかに高めることができるかが課題となる。

認知度や購入意欲を高めるためには、価格の引き下げやブランド力の向上が決め手となることが多い。したがって、生産コストの削減やまとめ買いなど割引の検討、広告宣伝や顧客管理の強化などが効果的であるとされる。

2. 市場開拓戦略

市場開拓戦略は、既存の製品を新規の市場で展開する戦略だ。新規の市場とは、既存製品に対する認知度や販売実績がゼロからスタートするケースもあれば、所得や年齢、価値観、行動様式などが異なる顧客を新たに開拓するケースもある。具体的には、海外展開や法人向けから家庭向け、あるいは高級品から大衆品への転換などだ。

市場開拓戦略においては、一般的に営業販売や広告宣伝、顧客管理などの強化が決め手となることが多い。市場の開拓に成功した場合には、売上のアップとともに既存製品を大量生産することによるスケールメリットも得られることになる。その一方で消費ニーズの違いにより、既存の製品では歯が立たず、市場に合わせた新製品を投入せざるを得なくなるケースもある。

3. 製品開発戦略

製品開発戦略は、既存の市場に対し新製品を投入することにより売上の拡大を狙う戦略だ。開発する新製品の方向性は、「製品カテゴリーの幅を広げる」、「製品アイテムの奥行きを伸ばす」の2つだ。いずれの方向性においても、いかに顧客ニーズをつかみ、他社製品との差別化を図ることができるかが決め手になることが多い。

したがって、製品開発戦略に際しては、まず入念な市場調査が重要だ。また顧客の関心を引きつけるため、開発やプロモーションにおいて激しい競争が行われることとなる。

4. 多角化戦略

多角化戦略は、これまでとは異なる新しい市場において新しい製品を投入することにより成長の機会を求める戦略だ。新規の市場に参入するために、入念なマーケティングが必要となるばかりでなく、新製品の開発も必要である。したがって、戦略の綿密な検討、および技術開発力や営業力、資金力などを含む総合力が決め手となってくる。

多角化戦略は以下で詳しく見ていくが、「リスクの分散やシナジー効果、範囲の経済性を得られる」、「プロダクトライフサイクルに対応できる」などがメリットだ。その一方で「大きなコストがかかる」、「経営が非効率になりやすい」などのデメリットもある。

企業の多角化戦略の4つの分類 それぞれの特徴とは?

多角化戦略は、企業の成長戦略を考えるうえでの柱のひとつだ。多角化戦略は、生産技術および市場の観点から大きく以下の4つに分類することができる。

  • 水平型多角化戦略
  • 垂直型多角化戦略
  • 集中型多角化戦略
  • コングロマリット型多角化

それぞれの意味について詳しく見ていこう。

1. 水平型多角化戦略

水平型多角化戦略とは、その企業が保有する生産技術を活用し、それまで対象としてきた市場と似た市場に対して新製品を投入することだ。例をあげれば「電話機のメーカーがFAX機を生産する」、「乗用車のメーカーがバイクやトラックなどを生産する」などである。

水平型多角化戦略は、既存の生産技術や流通経路を利用できることから、後に詳しく見る「シナジー効果」が期待できる。

2. 垂直型多角化戦略

垂直型多角化戦略は、生産技術の関連性は低いものの、これまで対象としてきた市場と似た市場に対して新製品を投入することである。例えば、万年筆メーカーが鉛筆を生産するようなことがそれにあたる。すでに蓄積された取引関係、販売スタッフなどの経験を生かせることがメリットだ。

例えば「チェーン飲食店が販売のみならず生産や流通などをすべて担う」「テレビメーカーがテレビ台を製造する」などである。これには、それまで複数のメーカーやサプライヤーなどが担っていた分野を、単独の企業が担うようなケースも含まれる。

3. 集中型多角化戦略

集中型多角化戦略とは、生産技術の関連性が高い新製品を異なった市場に投入することとなる。例をあげれば、テレビからカーナビへの進出、デジタルカメラに使用しているレンズを医療機器に転用する、あるいは産業用アルコールのメーカーが焼酎を製造するといった具合だ。企業内に蓄積された、技術的な資源や能力を活用できることがメリットとなる。

4. コングロマリット型多角化(集成型多角化)

コングロマリット型多角化は、生産技術的にも市場的にもまったく関係がない事業分野へ進出することだ。例えば、コンビニエンスストアがATM手数料を得る目的で銀行業務へ進出する、あるいは清掃業者が飲食業に進出するなどがこれにあたる。まったく新しい分野へ事業を展開することになるため、収益の拡大を狙えるが高いリスクを伴うこともある。 

企業を多角化するメリット7つ

企業を多角化することには、メリットもデメリットもある。まず、そのメリットとしてあげられるのは、主に以下の7つである。

1.収益の拡大が期待できる

多角化の第1のメリットは、収益の拡大が期待できることだ。多角化には先述の通り「水平型」、「垂直型」、「集中型」、「コングロマリッド型」があるが、いずれも市場を拡大(もしくは変更)することにより収益増が期待できる。

製品のプロダクトライフサイクルについては後述するが、企業や事業にもライフサイクルはある。特に事業はある程度まで成長すると成長率が鈍化することが多く、これを避けるため成熟期に入った事業に経営資源(ヒト、モノ、カネ)を再投入しても効果は上がらないことが多い。

このようなことを避けるためには、成長の期待できる新規事業に経営資源を投入するなどの多角化が有効だ。企業は経営の多角化によって寿命を延ばすこともできるが、単一事業では衰退を防ぐことは難しい。多角化により事業や製品のライフサイクルに意図的なばらつきを出せれば、収益の拡大と経営の安定が期待できる。

2. 企業環境の変化によるリスクを分散できる

企業を多角化することの第2のメリットは、リスクを分散できることだ。企業の経営は、法令の改正や破壊的イノベーションによる技術革新、顧客ニーズの変化など、予想できない企業環境の変化により打撃を受けることがある。上記のように成長のサイクルや事業内容の異なる複数の事業を多角的に展開することにより、経営基盤の安定が期待できる。

また、企業環境の変化により縮小や撤退を余儀なくされた場合でも、事業を多角化していれば縮小や撤退した事業の経営資源をほかの事業に振り分けることは難しくない。そのために「経営悪化による人員整理」など、企業イメージへ悪影響を与える事態も避けることができる。

3. シナジー効果が期待できる

多角化は、シナジー効果を期待できることもメリットだ。シナジー効果とは「相乗効果」とも呼ばれ、経営資源の部分的なものの総和より大きな結合利益が得られることをいう。「2+2=5 になるようなプラスの効果」といわれることもある。シナジー効果について、アンゾフは以下の4つをあげている。

・販売シナジー
流通経路や販売組織、広告、商標、および倉庫などを共有することにより得られる効果。

・操業シナジー
「施設と人員の効率的な活用」、「間接費の分散」、「学習曲線の共通化」「仕入れの一括化によるコストダウン」などによる効果。

・投資シナジー
原材料の共同在庫、機械設備やプラントの共同使用、研究開発成果の転用、投資基盤や材料調達、投資機会などの共通化などによって得られる効果。

・マネジメントシナジー
経営陣の能力や経験の移転、事業運営や現場管理のノウハウ共有などによって得られる効果。

4. 範囲の経済性が得られる

「範囲の経済性」とは、複数の企業が事業を個別に行うよりもひとつの企業が複数の事業を同時に行ったほうがコストとしては低くすむという効果を指す。ひとつの企業内であれば、複数の事業間でも経営資源の共有が可能になることがその根拠だ。共有できる経営資源は、以下のようなことが原因となって生み出される。

・資源が分割できない
総務や人事などの機能、土地や建物、製造機械やエネルギー供給などはある程度以上細かい単位に分割できず、過剰に投入されることが多い。

・副産物の発生
ある事業において発生する副産物が、ほかの事業において利用できることがある。例をあげると、コークス製造の副産物であるコールタールから炭素繊維が製造できるため、鉄鋼メーカーが炭素繊維事業に進出したケースがある。

・ブランドの確立
ある事業において確立したブランドは、そのブランド名をほかの事業の新製品にもつけることが容易にできる。異なる事業における製品に同一のブランド名をつけることは「ブランドの拡張」あるいは「ブランドの傘」と呼ばれ効果的なマーケティング手法のひとつだ。

5. プロダクトライフサイクルに対応できる

企業を多角化することにより、プロダクトライフサイクルに対応することが可能だ。プロダクトライフサイクルとは、「開発期⇒導入期⇒成長期⇒成熟期⇒衰退期」と変化していく製品の寿命のことである。ひとつの製品が衰退期に入っても企業が多角化されていて、ほかの製品が成長期に入るなどの状態であれば、企業全体としての売上高を安定的に維持することができる。

6.経営資源の有効活用

多角化は経営資源の有効活用にも大きく寄与する。顕著な例では、バックオフィスと呼ばれる管理部門の有効活用だ。生産部門や開発部門は一般的に専門性が高く、転用や共有が難しい場合が多い。しかし、人事や総務などのバックオフィス部門は、人材やノウハウ、ツールなどを有効活用できる。

また経営資源のうち、モノを活用できることもある。

例えば、積雪地帯にあるゴルフ場などの例だ。春、夏、秋のシーズンにゴルフ場は営業できるが、冬の積雪時にゴルフはプレイできない。そこでこのゴルフ場は、冬はスキー場として営業することにした。リフトを設置するコストはかかったが、土地や建物(受付やレストラン、ロッカー、駐車場)を活用でき、従業員は冬も休まず勤務し、収益に貢献できるようになった。

7. 従業員のモチベーションアップにつながる

従業員も大切な経営資源であり、多角化によって有効活用が可能だ。多角化は、新たな業務を生み出すことであり、社内でも新たな部署やポストが創設される。また新業務は、社内の誰にも新たな挑戦となるものであるため、これまではトップダウン的な仕事のやり方であっても上司・部下の関係なくともに考え作り上げていくやり方に変えることが可能だ。

意欲的に新たなスキルや知識の習得に努めるなど、従業員のモチベーションアップにつながりやすい。

このように多角化は、アイデア次第で今まで活用できていなかった経営資源を有効活用することができる。

企業の多角化 4つのデメリット

ただし企業の多角化には、メリットだけでなくデメリットもある。

1.多角化のコストがかかる

企業を多角化することで、長期的にシナジー効果や範囲の経済性によりコストの低減および利益の増大を目指すことは可能だ。しかし、多角化とは新規事業を立ち上げることでもあるから、短期的にはマーケティングや製品開発、販売活動のために投資が必要となる場合がある。したがって企業を多角化するためには、そのための投資が可能であることが前提となる。

2.経営が非効率になりやすい

企業を多角化することにより範囲の経済性によりコストが抑えられる側面もある。その一方で、経営が非効率になりやすい面も発生する。

例えば、単一事業のみを行っている際には大量発注によりコストを削減できるが、各事業で個別に発注すると大量発注のメリットを失ってしまうことにもなりかねない。また、経営資源も範囲の経済性によって共有できるものもあるが、重複するものが多くなる場合もある。

3.損失拡大の可能性

多角化戦略は収益拡大の可能性も大きいが、損失拡大の可能性もある。

極端な例かもしれないが、リーマンショックなどの世界同時不況の場合には、事業の種別にかかわらず収益が低下する恐れがある。このような場合、上記のような経営の非効率化がさらなる収益の低下を招く。規模の経済(工場設備や企業の規模が拡大することによって生み出される収益)は、縮小時には反作用として働いてしまうのだ。

また、例えば事業拡大のために立ち上げた子会社などで、不適切な会計処理など企業イメージを低下させるような事案が発生した場合には、親会社まで損害を被ることがある。事業をグループとして拡大している場合などは注意が必要だ。

4.企業ブランドの不明瞭化

範囲の経済性(メリット)としてあげたブランドは、デメリットになってしまう場合もある。

企業の多角化を進めることにより、今まで築いてきたある事業でのブランドが、さまざまな事業を展開することにより、顧客にとって不明瞭なもの(ブランドの毀損)になってしまう場合があるのだ。

ブランドは、特定の顧客にとってはロイヤルティ(忠誠心)の根幹となる。ロイヤルカスタマーが多い事業を持っているならば、多角化した事業では別のブランドを使うなど、従来の顧客に配慮する施策が必要だ。

多角化戦略の進め方

多角化戦略の進め方には、大きく「自社だけで進める方法」「他社と提携して進める方法」「M&Aで進める方法」の3つの方法がある。それぞれメリット・デメリットがあるため、自社に適する方法で進めていくことが大切だ。

自社だけで進める方法

1つ目は、自社内の人材・技術・資金を活用し、自社自身で新規事業を展開する方法だ。従来の業務に集中してきたこともあり、斬新な発想の新製品・新サービスが生まれにくく市場投入までに時間がかかったり、新製品開発のためのシステム投資など多くの費用がかかったりする傾向がある。外部者の関与がなく、自社内ですべてをコントロールできる点がメリットだ。

他社と提携して進める方法

新規に展開しようと考える事業に必要な技術やノウハウ、販売力などをすでに持っている他企業と業務提携する方法だ。ほかにも資本を提携し、費用分担する方法もある。この方法では、提携先がすでに技術やノウハウを持っているため、自社だけで進めるよりも短期間で多角化が可能となる。また資本を提携することで万一開発や展開に失敗した場合のリスク分散も期待できるだろう。

M&Aで進める方法

多角化を図ろうとしている製品や市場などにおいて、競争優位性のある企業をM&A(買収・合併など)で自社に取り込む方法である。すでにその事業を展開し、また競争優位性がある企業を取り込むことで早期に自社の成長が見込める点がメリットだ。一方で優位性を持つ企業を買収するには、相当の資金が必要になる点はデメリットといえる。

またM&Aをしたあとの統合作業が容易でないことも十分に考えられるため、多角化実現だけでなく実現後についても熟慮するように注意したい。M&Aによる多角化を検討する場合は、コンサルタントなどM&Aの専門家に依頼するのがいいだろう。

多角化戦略の成功に向けた5つのポイント

企業の多角化は、収益の拡大やリスク分散などのメリットと同時に、非効率な経営につながり損失が拡大する可能性があるといったデメリットもある。そのため、事業多角化を成功させるためには5つの点に注意する必要がある。

1.小さく始めてリスクを減らす

事業多角化は新規事業を立ち上げるのと同義であり、費用面はもちろん人的にも時間的にもコストが発生する。そのため、事業多角化を最初から大々的に行ってしまうと、失敗したときには既存事業にも損失を与えかねない。まずは、多角化を検討する事業を絞りながらコストを抑え、事業の成長が見えたところで経営資源の投入量を増やしていくといいだろう。

2.関連性が高くシナジー効果が期待できる事業の多角化を進める

事業多角化を行う際には、自社の既存事業と関連性が高い事業を選択して、これまで蓄積してきた資産やノウハウを効果的に活用することが望ましい。関連性の高い事業の多角化により、シナジー効果を早期に高めやすく成功しやすいというメリットがある。

ただし、いくら関連性が高い事業であっても、シナジー効果によるメリットが期待するほど得られない可能性が高いならば、多角化を控えるかM&Aなどの検討が必要となるだろう。

3.経営者の独断専行は避けて組織化を図る

事業多角化は、経営者の一存だけでは失敗する可能性が高い。役員などを含めた経営幹部で方針を決定するのと同時に、事業多角化の実行フェーズにおける責任の所在を明確にしなければならない。また、目的とするシナジー効果を効率的に高められるように、リソースの配分を考慮したうえで、組織編成を考える必要がある。

4.企業理念から逸脱しないようにする

企業理念は企業にとっての行動指針だ。事業多角化が企業理念から逸脱するようなものであれば、従業員も方向性を見失ってしまい、行動に迷いが出る可能性がある。事業多角化は企業理念を念頭に行うべきであり、時代や市場環境にそぐわないならば、事業多角化を機に変更する必要もあるだろう。

5.M&Aの利用を検討する

そもそも、自社内の関連事業のみでは多角化が困難な場合や、シナジー効果を期待するほど得られない場合は、M&Aを検討するといいだろう。M&Aならば、関連性が低い事業であっても、他社がこれまで蓄積したノウハウを活用できるため、事前にシナジー効果についても想定できるだろう。

M&Aを行うことで新たな負担が生じることになるが、シナジー効果がそのコストを上回るならば、自社内で多角化するよりもリスクを低減できる。

多角化企業の成功例

多角化戦略の手本といわれている、富士フィルムの例を紹介しよう。

アナログカメラが全盛だった時代、富士フィルムは国内シェアNo.1のフィルムメーカーであった。しかし1990年代後半になると、デジタルカメラが急速に普及し始め、カメラ用フィルムの売上は一気に低下した。その売上は、わずか10年で20分の1にまで下がってしまった。

従来の売上の約半分を占めていた事業(フィルム、プリントなどのアナログカメラ関連)の衰退に危機感を抱いた富士フィルムは、事業の多角化を推進する。

以前から手がけていたドキュメント事業の富士ゼロックスを完全子会社化(米ゼロックス社との合弁は後に解消)し、画像処理技術を医療機器事業(CTや磁気共鳴画像装置)に転用した。またフィルムに塗る液体の薄膜技術とフィルムの製造技術を医薬品や化粧品に転用し、医薬品と化粧品事業を立ち上げた。

この多角化戦略は成功し、2000年に1兆4,403億円であった売上は、2014年には2兆4,926億円となった。他方、同じ業態で世界最大のフィルムメーカーであったイーストマン・コダック社は、2012年に経営破綻する結果となる。これにより富士フィルムの成功は、多角化戦略の手本といわれるようになった。

中小企業でも多角化戦略の成功例は少なくない。最後に2社の事例を紹介しよう。

自社の印刷技術を活用し、新製品開発で利益率向上に成功したA社の例

和歌山県にあるA社は、独自のスクリーン印刷技術で紙以外の素材へ特殊印刷を施す事業を展開している企業だ。主力は、自転車やディスプレイ等に使われる転写ステッカーや携帯電話のカバーフィルム等である。

売上は伸びているにもかかわらず赤字転落したことをきっかけに、自社で調査を徹底したところ主力のひとつである携帯電話向けカバーフィルムの採算性の悪さが理由であることが判明した。当時、携帯電話グッズ市場は急成長していただけに外注加工比率も高く販売単価も低下傾向にあったことが理由だ。

この経験から日常業務と会社業績の関連を意識づける目的で、従業員にも生産品目ごとの販売実績や費用をディスクローズした。最大の経営資源といえる独自の特殊印刷技術の活用により、社内で利益率の高い新製品開発に注力した結果、業績回復に成功。なかでもネイルシールやタトゥーシールは利益拡大に大きく貢献している。

箱製造から物流事業領域へ拡大し、新たな収益源確保に成功したB社の例

2つ目は、大阪府で自動車部品や精密機械向け強化段ボールの製造を主力事業としているB社の例だ。同社は、段ボール製造と並行し自動車メーカー向け補給部品の包装・梱包を主とした庫内物流の請負も行っている。これは、同業他社がリーマンショック後に売上が激減したのに対し、3割程度の減少に抑えられたことに貢献した。

しかしその後も売上減少の危機に陥る。顧客の現地拠点新設、輸出用段ボールの需要減少などが理由だ。またそれまで請け負っていた庫内物流を顧客企業が内製化した影響も大きい。そこで庫内物流のノウハウを強みに一社に絞って提供していた庫内物流を他社にも展開した。ところが業容拡大に伴い倉庫を増床した矢先に感染症が流行・拡大し、再度危機に陥る。

対面営業からオンライン営業へとチャネル転換するとともに倉庫の利用状況を広告宣伝として活用した。感染拡大禍で工場の操業停止に伴い仕掛品や完成品の置き場に不足していた企業も多く顧客ニーズと合致しほぼ満床とすることに成功。売上高を回復、向上させた。

めまぐるしく変化する事業環境に対応すべく多角化戦略を検討しよう

経営資源を活用・応用し、新たな分野に進出する多角化戦略は、昨今の不安定な世界情勢や事業環境変化、顧客ニーズの多様化などを背景に企業の成長戦略のひとつとして重要度を増している。企業を多角化することによって、リスクの分散やシナジー効果、範囲の経済性、プロダクトライフサイクルへの対応など、多くのメリットを期待できる。めまぐるしく変化する事業環境に対応すべく、多角化戦略を検討してはいかがだろうか。

企業多角化に関するQ&A

Q1.企業はなぜ多角化するのか?

企業は、既存の事業展開だけでは、競合の増加や市場の変化などによって、成長に限界が訪れて停滞してしまうことがある。そのため、多角化によって新規事業を立ち上げることで、収益の改善や新規市場への参入、停滞しているリソースの再配分などが可能となる。

企業は多角化を行うことによって、リスクの分散や範囲の経済性の獲得、シナジー効果による事業の発展、プロダクトライフサイクルに対応できるといったメリットがある。なお、多角化の戦略には「1.水平型」「2.垂直型」「3.集中型」「4.コングロマリット型」といった大きく4つの種類がある。

Q2.コングロマリット型の多角化はなぜ行われるのか?

コングロマリット型多角化は、これまで自社が全く関わったことがない新規の事業分野に参入することである。自社で蓄積してきた技術やノウハウなどはもちろん、市場的にも全く関係のない事業に参入することで、ビジネスの可能性を広げて収益の拡大を目指すために行われる。

コングロマリット型多角化の例としては、コンビニエンスストアがATMの手数料を得る目的で銀行業務を行ったり、小売業の企業が有料老人ホームなどの介護施設運用を行ったりといったものがある。収益拡大やリスク分散といったメリットがある反面、これまでノウハウの蓄積がないため、事業の立ち上げに失敗するなどのリスクもある。

Q3.シナジー効果はなぜ生まれるか?

シナジー効果とは、2つ以上の要素が組み合わさることで起こる、「相乗効果」という意味だ。シナジー効果は、複数の企業や事業が連携もしくは統合して新しく事業を始める際に、お互いが蓄積した技術的なノウハウや販路などを共有し、それらがうまく作用することで高まっていく。

例えば、企業が多角化により新しい製品リリースする際には、既存の技術やノウハウ、特許技術を利用した製品の開発、遊休設備を活用し他製品の生産、関連事業の既存販路の転用により、低リスクで新規事業を始めることができる。また、身近な例として、スーパーマーケットへのATM設置やコンビニエンスストアとガソリンスタンドの共同出店など、さまざまなシナジー効果がある。

Q4.事業ドメインはなぜ必要なのか?

事業ドメインとは、企業が事業を展開する領域のことを指し、多角化で複数の事業を展開している場合は、それぞれの事業ごとに事業ドメインを持つことになる。事業ドメインは、企業戦略の策定に欠かせないものであり、その事業の展開について「Who(誰に)」「What(何を)」「How(どのように)」を決める。これにより、社内の意思決定を明確にできるため、経営資源を集中できるようになる。

もしも、多角化において事業ドメインが定まっていなかったり、企業全体としての事業ドメインとずれていたりすれば、組織の一体感が薄れてしまう可能性がある。

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