2015年6月に公表された東京証券取引所におけるコーポレートガバナンス・コードの適用や、上場企業の不祥事、株主提案による経営陣の交代など、コーポレートガバナンスに関する話題をよく耳目に触れるようになった。
コーポレートガバナンスとは何か、どのような意味があり、どのようにすれば強化できるのか、事例を含めて見ていこう。
コーポレートガバナンスとは?意味をわかりやすく解説
コーポレートガバナンスは、日本語訳で「企業統治」とされることが多い。しかし、その用語が指す点について、明確な定義がないのが実際のところだ。東京証券取引所(以下「東証」)が出している「コーポレートガバナンス・コード」のほか、経済協力開発機構(OECD)による「OECDコーポレート・ガバナンス原則」、インターナショナル・コーポレート・ガバナンス・ネットワーク (ICGN)による「ICGN グローバル・ガバナンス原則」など、多くの議論がされている。かつ、のちほど詳述するが「原則主義」をとっており、解釈や運用を各者に委ねている。
よって、「これが理想のコーポレートガバナンス」「これを達成すれば問題なくコーポレートガバナンスが実現できる」というものはない。参考までに、東証のコーポレートガバナンス・コードでは以下のように記載されている。
「本コードにおいて、『コーポレートガバナンス』とは、会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組みを意味する。」
参考URL: https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000000xbfx-att/nlsgeu0000034qt1.pdf
誰が企業を統治する?
企業の統治者についてはさまざまな見方があり、「株主」「従業員」「利害関係者(株主を含む)」などが考えられる。
株主についていえば、まず「エージェンシー理論」を知っておかねばならない。これは、株主と経営者が異なる場合、両者の利害が対立することがあるため、その対処方法を考える理論である。
株主は出資した企業の利益の最大化を望む。一方、経営者は自身の十分な役員報酬や保身を望む。事業に関する情報も経営者のほうが多く持つことから、ともすれば経営者は株主をだましたり、情報を出さずに株主の意思決定を歪めたりするなど、最良の行動をとらないことがある。そこで、株主は自己の権利を用いて経営者を「統治」し、経営者による「嘘」を見抜かなければならない。
日本の会社法では、株主に以下のような権利を認めている。
- 取締役の選任
- 取締役の報酬の決定
- 計算書類(いわゆる決算書)の承認
- 配当の決定
- 事業の授受
- 企業の解散 など
企業活動を通じて蓄積した利益は株主に帰属するため、その利益を最大化する目的を持って、株主自身が会社の監督や執行をする取締役を選ぶことになる。株主が取締役を選び、取締役や取締役会が執行役員や現場トップに執行をさせるといった、株主による統治モデルとなるのだ。株主と経営者が一致しているオーナー企業では、この統治形態の問題は生じない。
次に従業員による統治について見ていこう。ドイツなど、国によっては、従業員代表が監査役会等の経営監督機関に参画する場合がある。この経営監督機関は、取締役会等をモニタリングする二層構造である。こういったガバナンス形態の場合、企業を統治する主体として従業員も含まれる。
株主を含む利害関係者の統治では、株主や内部者である従業員によるガバナンスでは行き届かない点への統制が可能だ。短期的には利益が出るようなビジネスモデルにおいて、人道的でなかったり、環境負荷が高かったりする場合、地域社会というステークホルダーが声を上げ、事業活動を正すケースもある。
例えば、イーストマン・コダック社の人種差別の例である。
参考URL:https://www.jil.go.jp/institute/reports/2007/documents/088_01.pdf#page=9
こうした企業活動は短期的には利益が出るかもしれないが、長期的に見て継続的でないため、結果的に企業価値の欠損につながるといえる。
なお、近年拡大傾向にある「ESG投資」の「G」は、ガバナンスに優れた企業を指す。ガバナンスは企業価値と相反するものではなく、厳密な投資評価のひとつとして拡大しているものだ。機関投資家の受託責任が明確化される中で、投資先の事業運営に透明性があることや、非人道的な活動がないことを確認して、初めて機関投資家は委託者への説明責任が果たせることになる。
コーポレートガバナンスの目的は?「企業価値の向上」?
コーポレートガバナンスに答えがないことは先述の通りであるが、「企業価値の向上」が目的のひとつだ。つまり、将来のキャッシュインフローの最大化およびキャッシュアウトフローの最小化、言い換えると、企業の収益力の向上と企業の不正や不祥事の防止である。
仮に、コーポレートガバナンスが株主の利益最大化のためにあるものだとしよう。株主が求めるのは株主に帰属する企業の利益を増加させることであり、その利益を株主に還元させることである。株主はデイトレーダーから長期株式保有者までさまざまなため、すべての株主を同時に潤すことは難しいが、利益を増やすというベクトルは、おおむね同じと考える。
株主が近視眼的に、企業の財産を可能な限り配当で吸い上げたり、目先の売上や利益だけを獲得するための行動をとったりすると、企業価値や株価は下がる可能性が高い。これらは、理論的には将来のキャッシュフローの現在価値であるためだ。それを棄損するような行為は、株主のみならず役職員や取引先、その他利害関係者からも歓迎されないことになる。
すると、結局は利害関係者全体の協力を得て事業を推進し、企業価値を高めることが、利害関係者も潤い、ひいては株主の利益にもつながる。
そのための適切なリスクテイクや株主との対話、情報開示などが、企業価値を高めるコーポレートガバナンスの手段の一例として、東証コーポレートガバナンス・コードに示されているのだ。
なお、東証のコーポレートガバナンスは「上場会社」が対象だが、基本的な考え方は非上場企業においても参考になると考える。
「コーポレートガバナンス・コード」の基本原則で定められたコーポレートガバナンスの5原則
当記事執筆時の最新版である2018年6月版の東証コーポレートガバナンス・コードは、5つの基本原則と、基本原則の下に31の「原則」、それらを補足するための42の「補充原則」から構成されている。東証マザーズおよびJASDAQに上場している企業は「基本原則」の遵守状況を、本則市場は「すべての原則」の遵守状況を開示する義務がある。
コーポレートガバナンス・コードは「原則主義」をとっており、原則のみを定めて細部は各者の判断に委ねる方式だ。原則主義の対義語は「細則主義」であり、ルールを細かく定めて運用するものである。参考として、日本の会計基準は細則主義、国際財務報告基準(IFRS)は原則主義に立っている。
しかし、すべての原則に従う義務はない。原則に従うか、そうでない場合は理由を説明する「コンプライ・オア・エクスプレイン」という姿勢をとっている。この「従え、さもなくば説明せよ」という考えは、東証のコーポレートガバナンス・コードに限らず、1992年のいわゆるキャドバリーレポート以降、イギリスをはじめとした各国のコーポレートガバナンスの基礎とされた。
次に、東証のコーポレートガバナンス・コードの中で核となる「基本原則」の抜粋を見ていこう。
【株主の権利・平等性の確保】
1.上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。
また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。
→株主の権利を重視し、情報提供や説明責任を果たすことで株主の支持を得て、協働して企業の成長を目指すことが重要である。
【株主以外のステークホルダーとの適切な協働】
2.上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとするさまざまなステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。
→ステークホルダーと協力して企業運営し、環境や社会問題にも取り組むことが、企業価値につながる。
【適切な情報開示と透明性の確保】
3.上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。
→株主やその他ステークホルダーに積極的に情報を開示することは、協力を得るとともに、建設的な対話にも資する。
【取締役会等の責務】
4.上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役およびいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
→適切な機関設計と運用は、意思決定プロセスの合理性の担保となり得るため、透明で公正な意思決定が迅速かつ果断に行われることが期待できる。
(ビジネスジャッジメントルール。意思決定が妥当であれば、たとえ失敗したとしても株主への責任を取らずに済むとされる)
【株主との対話】
5.上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。
→株主と積極的に意見交換し、株主の懸念や意見などを企業運営に活かすことが大切である。
コーポレートガバナンスを強化する方法
では、コーポレートガバナンスはどのように強化したらよいのであろうか。具体的に見る前に、言葉の定義をしておきたい。ここでいう「コーポレートガバナンスの強化」とは、企業価値をより高めるための施策や体制を整備することを指す。「企業価値を高める」とは、将来のキャッシュインフローを増やし、将来のキャッシュアウトフローを減らし、投資家から見たリスクを減少させることを意味する。
強化の枠組みとしては「モニタリング」と「インセンティブ」が挙げられる。
まず、モニタリングとは、経営者が企業価値を高めるような行動をとっているのかどうかをチェックすることだ。具体的な策の一例は以下となる。
- 社外取締役、独立取締役の選任
- 社外取締役のみが参加する社外取締役会議の開催
- 上場による市場からの株価モニタリング
- 株主契約
- 取締役会とCEOの分離
- 監査役・監査等委員
- 内部監査
例えば、日本では取締役会の議長が社長やCEOというケースが多いが、執行する側である社長やCEOといった経営者と監督者である取締役会を分けることで、執行内容をモニタリングできる。その他、監査・監督する機能を社外取締役や株主、監査役等に持たせることで、経営者の適切な行動を促すことも有効だ。
また、モニタリングの存在自体が不祥事発生への牽制にもなり、早期発見の可能性も高まる。ただし、過度なモニタリングはコスト増などにつながるため、費用対効果や重要性に応じたモニタリングの仕組みが求められる。
株主からのモニタリングがうまくいっていない場合や、業績の要求が短期的になった場合などは、経営者による買収(MBO)により株式を経営者が買い取り、コーポレートガバナンスを是正することもある。
次に、インセンティブとは、経営者に企業価値を高める理由を与えることである。具体的な策の一例は以下となる。
- 株式報酬
- ストックオプション
- 業績連動報酬
企業の収益力を向上させて不要なコストを削減し、適切なリスク管理をすることが企業価値を高める結果となる。企業価値を高めれば高めるほど経営者への報酬が上がる設計にすることで、株主と経営者のベクトルを一致させることができるのだ。
しかし、インセンティブも過度になったり時間軸がずれたり(連動する業績が四半期ごとの利益など)すると、粉飾決算や近視眼的な行動をとるといった株主とベクトルがずれてしまう恐れがあるため、適切な仕組みが求められる。
コーポレートガバナンスの成功事例
毎年、日本取締役協会がコーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー®を選出している。
参考URL: https://www.jacd.jp/news/cgoy/190201_post-185.html
2018年受賞企業は、ヤマハ株式会社(7951)、TDK株式会社(6762)、明治ホールディングス株式会社(2269)であった。受賞理由は以下である。
「コーポレートガバナンスを意識した経営を行い、自社を改革しながら、中長期の健全な成長を実現している」
特に、ヤマハ株式会社は「指名委員会等設置会社への移行、社外取締役の選任比率の引き上げ(3分の2)、業績評価を入れた先進的な報酬制度等、独自の工夫」「その結果として、グローバルな競争が厳しい業界において、利益率を向上し、高い収益を上げている」という点において評価を得ている。経営へのモニタリング機能を強化し、経営者へインセンティブを与えることで、企業価値を高めた好例といえるだろう。
ヤマハ社のコーポレートガバナンスを深堀りしてみよう。ヤマハ社は取締役8名のうち、6名が社外取締役だ。「指名委員会等設置会社」は取締役の選解任の議案を決定する「指名委員会」、取締役および執行役の職務の適正さを監査する「監査委員会」、取締役および執行役の報酬や決定方針を決める「報酬委員会」を設置するガバナンス形態のひとつで、委員の過半数が社外取締役から構成される。2019年8月1日現在は78社となっており、その運用や社外取締役の選定コストなどから選択している企業は少ないが、適切に運用されれば非常に透明性の高いコーポレートガバナンスが実現できる。
ヤマハ社の役員報酬については、(1)固定報酬(2)業績連動賞与および(3)譲渡制限付株式報酬がおおむね5:3:2の割合で構成されているようだ。業績連動賞与は株主資本利益率(ROE)と連動しているため、株主とベクトルが同じである。つまり、ROEを改善して株主に資すれば資するほど、自身の報酬も上がる仕組みだ。譲渡制限付株式報酬は退任まで制限が付されたもので、長期にわたる業績改善インセンティブが提供される。評価に用いる指標は「事業利益率」「ROE」および「EPS」であるようだ。
一方で、社外取締役、監査委員である取締役、および内部監査担当である執行役の報酬は、固定報酬のみとしている。監査機能が期待される者への業績連動の報酬については、種々の議論がある。監査役協会の調べによると、有効回答数の46.8%が、監査役等への「株式等による給付や業績等への連動を認めるべきではない」と考えているようだ。これは、監査の客観性が損なわれることへの懸念が理由だ。監査役等は取締役の職務執行の適切さを監査する役割を担うが、業績を上げることに対するインセンティブを監査役等に与えてしまうと、場合によっては過度なリスクテイクを促すあるいは恣意的に見逃すことにもなりかねない。
また、経済産業大臣賞としてオムロン株式会社(6645)が表彰された。
その理由として、以下の3点が挙げられている。
- 社長の指名に特化した委員会(社長指名諮問委員会)を設置し、当該委員会では社長は意見聴取を受けるものの、委員ではなく、審議に加わることができない旨を定め、かつ、その旨をコーポレートガバナンス報告書において開示しているなど、社長の指名プロセスの透明性が高いこと。
- 当該委員会は非業務執行取締役のみで構成され、かつ過半数および委員長は社外取締役となっており、この委員会を通じて2011年に現社長を指名し、その後も毎年度、業績評価に基づき続投の適否を審議・決定しているなど、社長の指名に特化した委員会の実効性が確保され、活用実績もあること。
- 現社長就任後、ROEが市場平均を上回り、上昇傾向にあるなど高い業績を上げていること。
社長の後任者を現社長が決めるケースもある。しかし、そのプロセスは株主をはじめとする社外の利害関係者からは不透明である。そのため、企業価値の向上よりも自分の退任後の処遇や社内政治などを優先する人事が行われる可能性も否定できない。
2019年6月に更新されたオムロン社のコーポレートガバナンス報告書によると、確かに「社長指名諮問委員会に社長CEOは属さず、委員長は独立社外取締役とし、委員の過半数を独立社外取締役としている」と記載されている。
3名の社外取締役全員が委員となっている仕組みにより、透明・公正で企業価値を高めるための社長人事が期待できるといえる。実際、オムロン社では社長指名諮問委員会を2006年に発足し、現社長が2011年に指名された。その結果、③のように実績を上げていることがわかる。
おわりに
コーポレートガバナンスは解釈の余地がある分、各者の判断や運用に自由度がある。上場・非上場の違いや株主構成などで対応すべき事項は異なるが、「各統治者が会社に合ったガバナンス形態で企業価値を高める仕組み」である点は、おおむね変わらないと考える。他社事例を参考にしつつ、コストとベネフィットを考慮し、自社の最適なコーポレートガバナンスを実現したい。
文・新井良平(スタートアップ企業経理・内部監査責任者)
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