経営者は生涯現役で働き報酬を得ることもできるが、第一線を退いた後の老後資金のことも考えておきたい。リタイア後の生活資金の基盤は公的年金になるが、会社員などとは違い経営者だけが活用できる資金準備方法もある。今回は、経営者が今から考えておきたい老後資金の準備方法について解説する。
経営者の老後資金準備の考え方
経営者の老後資金を考える上では、公的年金(老齢年金)でどの程度まかなえるかを把握することが不可欠だ。個人事業主であれば国民年金、会社経営者であればこれに厚生年金が加わる。まずは公的年金の受取額や見込額の確認方法などについて説明しよう。
国民年金(老齢基礎年金)
国民年金は日本国内に住む20歳以上60歳未満のすべての人が加入する年金で、20歳から60歳になるまでの40年間、全期間の保険料を未納したり免除を受けたりせずに納付した場合は、65歳から「老齢基礎年金」が満額支給される。なお、老齢基礎年金は「保険料納付済期間」「保険料免除期間」および海外居住などで国民年金に加入していなかった期間である「合算対象期間」の合計が10年以上ある場合に支給される。
2019年4月分からの国民年金の保険料は毎月1万6,410円で、仮にこの金額を40年間納付すると総額は約787万円になる。受け取れる年金額(満額)は78万100円で、10年以上受け取れば納付金額を上回ることになる。ただし保険料は今後も変わる可能性がある。
満額を受け取った場合の年金月額は、約6.5万円だ。個人事業主として働いていた場合は、夫婦合わせても月額約13万円程度であり、老後の生活資金は老齢基礎年金だけでは不十分と言えるだろう。
厚生年金(老齢厚生年金)
会社経営者には、老齢基礎年金に加え「老齢厚生年金」が支給される。これは厚生年金保険の適用を受ける会社に勤務するすべての人が加入対象であり、保険料は給与の額を基に計算される「標準報酬月額」によって決まる。また、給与だけでなく賞与についても保険料が発生する。保険料率は18.3%で、事業主と被保険者が半分ずつ負担する仕組みになっている(労使折半)。
厚生年金加入期間中の給与額によって保険料が決まり、それによって将来受け取れる「老齢厚生年金」の額も変わる。給与が多ければ保険料負担は増えるが、その分老齢厚生年金の額も増える。現在まで納付した保険料に対する「受取見込額」は、毎年1回誕生日月に送られていく「ねんきん定期便」で確認できる。
今後納付する保険料に対する年金額を、「ねんきんネット」で試算することもできる。今後の給与(標準報酬月額)の見込額と保険料納付月数などもとに、これまでの納付期間に応じた年金額と合わせた将来の受取見込額がわかる。
まずは、公的年金の受取額を試算した上で、将来に向けてどのような準備を行うかを考えることから始めたい。前述のとおり、国民年金だけでは老後の生活をまかなえない。個人事業主は、今後の売上や利益、保険料負担などを考慮した上で、法人化し厚生年金の加入を検討してもいいだろう。また国民年金の未納期間などがある場合は年金額も減るため、保険料の追納制度を活用して年金額を増やす努力もしておくべきだろう。
会社経営者は給与の額が多いほど将来の年金額が多くなるが、社会保険料の会社負担が発生する。給与の額を調整することで保険料負担を調整できるが、その詳細は後述する。
自助努力で年金を上乗せできる3つの制度
公的年金以外で老後資金を準備する方法はたくさんあるが、経営者が行える年金の上乗せ方法として3つの制度を紹介する。いずれも税金・社会保険料の軽減効果も見込めるため、制度を導入していない場合は今後活用を検討してもいいだろう。
制度1. 小規模企業共済
国の機関である「独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)」が運営する、中小企業の経営者や役員・個人事業主向けの退職金制度だ。自身の所得の中から毎月決まった額の掛金払い込むことで、加入者が退職などの条件に該当した場合、共済金を受け取ることができる。死亡・疾病・負傷などによる退職の場合も共済金が支給されることがあり、加入者自身の老後生活資金のほか、万一に備えた保障も併せて準備できる。
毎月の掛金は1,000円から7万円の範囲(500円単位)で設定できる。毎月3万円の掛金を30年間納付した場合、納付総額1,080万円に対して個人事業主が事業を廃止した場合は約1,304万円、法人の役員が65歳以上で退任した場合は約1,263万円が共済金(一時金)として受け取れる(2018年12月現在)。
資産運用の面ではあまりインパクトはないが、小規模企業共済に加入することで、以下の3つのメリットを享受できる。
1. 掛金納付期間の税制メリット
毎月納付する掛金は「小規模企業共済等掛金控除」として全額所得控除となるため、所得税・住民税を軽減できる。所得税は以下の速算表の税率(2037年までは所得税額の2.1%の復興特別所得税が加算される)によって、住民税は10%の所得割によって税額が算出される。
たとえば課税所得(その年の総所得金額から基礎控除・扶養控除・社会保険料控除等を控除した後の額)が1,000万円の場合、所得税・住民税を合わせた税率は43%になる。
毎月3万円の掛金を納付した場合は36万円(3万円×12か月)×43%=15万4,800円、掛金の上限である7万円を毎月納付した場合は84万円(7万円×12か月)×43%=36万1,200円の節税効果が見込める。課税所得が多いほど、また掛金が多いほど掛金納付期間の税制メリットは大きくなる。
【所得税の速算表】
課税される所得金額 | 税率 | 控除額 |
195万円以下 | 5% | 0円 |
195万円を超330万円以下 | 10% | 9万7,500円 |
330万円を超695万円以下 | 20% | 42万7,500円 |
695万円を超900万円以下 | 23% | 63万6,000円 |
900万円を超1,800万円以下 | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円を超4,000万円以下 | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円超 | 45% | 479万6,000円 |
2.共済金受取時の税制メリット
退職時に共済金を受け取る際も、税制メリットがある。一括で受け取った場合は「退職所得」、分割で受け取った場合は「公的年金等の雑所得」として扱われ、他の所得と比較して低い税率で受け取ることができる。
【退職所得】
・退職所得の金額(源泉徴収される前の収入金額-退職所得控除額)×1/2
・退職所得控除額
勤続年数(=A) | 退職所得控除額 |
20年以下 | 40万円 × A(80万円に満たない場合は80万円) |
20年超 | 800万円 + 70万円 × (A-20年) |
勤続年数が30年の代表取締役の場合、800万円+70万円×10年(30年-20年)=1,500万円までの共済金については、一括で受け取った場合も非課税になる。
【雑所得】
・公的年金などからの源泉徴収
収入金額からその年金に応じて定められている一定の控除額を差し引いた額に、5.105%を乗じた金額が源泉徴収される。
・個人年金を受け取る場合の源泉徴収
年金の年額からその年金の額に対応する保険料または掛金の額を差し引いた額に10.21%を乗じた金額が源泉徴収される。ただし、税率を乗じる前の金額が25万円未満の場合は源泉徴収されない。
分割で受け取る場合も、生命保険会社の個人年金などの場合よりも低い税率が適用されるため、手取り額が多くなる。
3.低金利の貸付制度が利用できる
掛金の納付期間によって定められた貸付限度額の範囲内で、事業資金などを借り入れることができる。「事業資金貸付け」のほか、「緊急経営安定貸付け」「事業承継貸付け」「廃業準備貸付け」などがある。
退職金を準備できるだけでなく、税負担軽減などのメリットがある小規模企業共済だが、掛金納付月数が240ヵ月(20年)未満で解約する場合の「解約手当金」は、それまでに納付した掛金合計額を下回ることがあるので注意したい。
また、掛金納付月数は掛金月額500円を1口として掛金区分ごとに計算されるため、加入期間が240ヵ月以上でも途中で掛金を増額・減額をした場合は、掛金区分ごとの掛金納付月数が240ヵ月を下回ることもある。
これによって、解約手当金や共済金の額が掛金合計額を下回ることがあるので注意が必要だ。小規模企業共済は、長期間掛金を積み立てて退職金を準備する制度なので、無理のない掛金額で退職まで継続をする前提で加入するべきだ。
制度2. 個人型確定拠出年金
いわゆる「iDeCo(イデコ)」と呼ばれる私的年金制度だ2017年1月からは基本的に20歳以上60歳未満のすべての人が加入できるようになり、公的年金制度の上乗せ分として位置づけられている。公的年金の受取額・受取年齢・財源不安などがある中、自助努力によって年金額を増やしたいというニーズに応える制度として発足し、2019年10月時点の加入者数は約141万人に上る。
こちらも小規模企業共済と同様に自身の所得から掛金を拠出し、老後資金を準備するものだが、掛金の運用などを自身で行う点が小規模企業共済と異なる。
銀行・証券会社・保険会社などの「運営管理機関」ごとに異なる商品を自身が選択し、それらを組み合わせて運用を行っていく。商品には定期預金や保険商品、投資信託などがあるが、それぞれリスクが異なるため、自身が許容できるリスクを持つ商品を選択することになる。
掛金は月額5,000円以上1,000円単位で設定でき、限度額は国民年金の被保険者ごとに異なるが、個人事業主であれば月額6.8万円、法人の経営者であれば会社に「確定給付年金」「確定拠出年金」の制度がない場合は月額2.3万円まで拠出できる。
なお、「公的年金の上乗せ」の意味合いが強い制度であることから、掛金は原則60歳までは引き出すことができない。また、運用成果によって将来の受取額が変動することに注意したい。一方で、個人型確定拠出年金にも加入することで、以下の3つの税制メリットを享受できる。
1.掛金は全額所得控除
個人型確定拠出年金は、小規模企業共済と同様に毎月の掛金が全額所得控除となり、所得税・住民税の軽減効果が見込める。
2.運用益が全額非課税
通常の投資信託では売却時の運用益に対して税金がかかるが、個人型確定拠出年金の口座内で得た運用益については全額非課税となり、それを再投資に回せるため、証券口座(特定口座など)と比較して運用効率が良くなる。
【特定口座内における源泉徴収】
譲渡益に15.315%の税率を乗じた金額の所得税および復興特別所得税が源泉徴収される(他に住民税5%)。
3.受取時の税制メリット
小規模企業共済と同様、60歳以降に受け取る際にもメリットがある。年金または一時金として受け取ることができ、運営管理機関によっては年金と一時金を併用することもできる。年金で受け取った場合に「公的年金等の雑所得」、一時金で受け取った場合は「退職所得」となる点も同じだ。
自身で資金を運用して老後資金の準備を行うための制度で、選択する商品によっては元本割れのリスクがあるが、加入期間中は上記の税制メリットを享受できる。すでに株式・投資信託などで運用を行っており、リスク商品の運用に抵抗がない場合は始めてみてもいいだろう。
制度3. 企業型確定拠出年金
確定拠出年金を企業で導入する制度だ。制度の仕組みは個人型と同じで、加入者が運用先を選定して老後資金の準備を行う。個人型と異なるのは、原則として企業が掛金を拠出する点だ。掛金は企業が「確定給付型」の年金を実施していない場合は月額5.5万円、実施している場合は2.75万円まで拠出できる。
企業型確定拠出年金を導入した場合、経営者をはじめ従業員全員の加入が必須となるが、「選択制」の確定拠出年金制度を導入すれば、従業員が制度に加入するかどうかを選択できる(選択制は加入者個人の給与から掛金を拠出)。
企業型確定拠出年金は、社長1人の企業でも導入できる。1人で法人を経営している場合は、個人型より企業型を導入したほうが拠出額が多くなるため、その分老後資金を増やせるというメリットがある。
税制メリットは、個人型と同じで「運用益が全額非課税」「受取時の税優遇」だ。また、企業が拠出した掛金は全額損金算入できる。法人の経営者にとっては、掛金が損金になることで利益を圧縮できるほか、経営者個人の老後資金も準備できるというメリットがある。
一方で、掛金を企業が負担するため、従業員数によっては負担が大きくなる可能性がある。従業員に対して投資教育を施す必要が生じたり、制度運営にあたって管理費用が発生したりすることにも注意したい。
とはいえ、制度の導入は福利厚生に寄与するため、従業員の定着や勤労意欲の向上、雇用の拡大などの効果が期待できる。
役員報酬を見直して老後に備える
このような制度を導入することで、現役時代の税負担を軽減しつつ老後資金を準備できるが、現在の役員報酬を見直すことによって老後資金を準備する方法もある。
所得税・住民税は所得に応じて税率が決まり、社会保険料は毎月の報酬の額によって定められた「標準報酬月額」によって負担額が決まる。役員報酬を下げることで税金・社会保険料の負担を軽減できるが、その分将来受け取る年金額は減る。役員報酬を見直す場合は、税金・社会保険料の削減効果と年金の減少額を比較し、どれくらいメリットがあるかを事前に確認しておきたい。
役員報酬を下げた場合、その分を老後資金に充てることもできる。以前は企業が負担する保険料の全額・1/2を損金算入できることで税の繰り延べ効果がある保険商品が販売されており、それを活用して退職金を準備できたが、2019年6月の法人税基本通達の一部改正により、その効果がある保険商品はほぼなくなった。
保険料は損金算入できないが、経営者の老後資金などを準備できる保険商品は以前からある。経営者を被保険者とする終身保険を活用すれば、現役時代に経営者が亡くなった場合は事業資金や遺族への死亡退職金などが支払われ、退職時に保険を解約すれば解約返戻金が支払われるので、老後資金に充てることもできる。
保険契約自体を退職金として受け取り、契約者を経営者個人、保険金受取人を経営者の家族に変更すれば、経営者個人の相続対策として活用することもできる。
退職金として支払う場合は全額損金算入できるため、自社株式の評価額を下げた上で後継者に事業承継を行うこともできる。
老後の収入源を複数持つ
様々な制度を活用することで、公的年金以外の収入源を持つことができる。税制メリットによって現役時代の税負担を軽減しつつ、退職後の生活資金を準備することができるので、それぞれの制度の内容を比較検討した上で、自身に合った退職金準備を始めてみてはいかがだろうか。
文・澤田朗(ファイナンシャル・プランナー)
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