(本記事は、辻村明志の著書『ゴルフのトップコーチが教えるスウィングの真髄』日本文芸社の中から一部を抜粋・編集しています)
私たちの身の回りは、「氣」で充ち満ちている
スポーツ界では技術力向上のために、データ解析など科学的なアプローチが主流になりつつあります。ゴルフの指導現場でも、科学技術は日進月歩の勢いで進歩しており、選手がボールを打った瞬間に飛距離やヘッドスピード、打ち出し角や初速、スピン量、さらに弾道が、すぐさまコンピュータでチェックできるようになっています。私自身、そうした最先端の科学技術を駆使しては、選手をコーチングしている者のひとりです。
さて、そんな時代にあって「氣」などというと、時代錯誤もはなはだしいという方もおられるでしょう。また、氣は目には見えるものではありませんから非科学的だと眉に唾し、なかにはオカルトだ、おかしな宗教のようだと怒り出す人すらいます。
そうした考えや意見について、私は真っ向から否定するつもりはありません。
なぜなら荒川博先生と初めて会ったとき、いや出会ってからしばらくの間の私が、まさに抱いていた感想そのものだからです。ですから私は「氣」の存在を信じろというつもりもなければ、その威力や効果をことさら強調するつもりもありません。
ただ、信じようが信じまいが、私たちが氣に包まれて生きていることは間違いありません。たとえば私たちが使う日常会話のなかでも本気、根気、意気、元気、気持ち、気合い......。また無意識のなかであっても、充たしたり、散らしずしたり、配ったり、鎮めたり、ときに落としながら暮らしているのが日本人ではないでしょうか。
氣は、意識しなくても私たちを包み、支配している酸素(空気)や重力のようなものです。まだまだ私は荒川博先生のように、十分に氣を理解しているわけではありません。ですが、氣に少しばかり意識を持ち、氣を少し活用したことで、私や私の指導する選手たちのゴルフが変わったことには気づいています。
氣は無限のエネルギーの源、「氣の散った選手に一流はいない」
荒川先生が王貞治さんらの指導に、合氣道を持ち込んだことは広く知られるところです。文字通り合氣道とは、氣と氣を合わせる日本古来の武道です。
「氣とは平常時には氣海に沈み、いざこと起これば頭上より天に届き無限の力を得、足下より大地を貫き不動の力を得る」
合氣道は氣をこのように説明しています。
無学の私にはあまりにも難解ですが、先生が行った次のような実験が氣の本質を教えてくれています。
まず、右手を開いて小指が下になるように、テーブルの上に置きます。
「どんなことをされても、絶対に手をテーブルから離すな」
そこで腕や手に力を入れて、テーブルに押しつけます。すると荒川先生は、私の前腕の中間あたりの下側に、人差し指を立てて入れ、ヒョイと持ち上げてしまうのです。ときには腕ばかりか、椅子に座っていたボクの体が85歳の先生の指1本で宙に浮いてしまったほどでした。
驚いている私に、荒川先生は今度は次のような指示を出します。
「今度はテーブルについている小指の下側に意識を集めなさい」
するとどうでしょう。先生が私の腕を鷲づかみにして、ようやく手がテーブルから離れたのでした。
「これが氣の正体。氣の散った選手に一流はいない」
これが、荒川先生の答えでした。
臍下丹田(せいかたんでん)に氣を鎮め、重い体をつくる
合氣道を始めとする武道には、構えの基本として古くから「重みは下」という極意が伝えられてきました。荒川先生が私にやってくださった実験は、その極意をわかりやすく伝えるためでした。荒川先生の弟子である王さんが一本足で構えると、押しても引いても、体当たりしても、微動だにしなかったそうです。まさに重みが下の不動の構えであり、これはチーム辻村が追い求めるゴルフスウィングの理想のアドレスでもあります。
では、どのように不動の構えをつくったらいいのでしょうか。
先ほどの実験で小指にあたるのが、人間の体では臍下丹田です。ここはおヘソの一寸(約3センチ)下のお腹の中、筋肉のない部分で、古くから東洋医学では心身の活力の源である精気、英気が集まる場所とされてきました。つまり、ここに氣を集め、鎮めることにより、重みが下になって初めて体を重く使うことができる、というわけです。
荒川先生の言葉を借りれば、
「不動の形をつくるとは、臍下丹田に氣を鎮めること」
と、いうことになります。さらに先生は、
「最近の人は怒るとすぐに頭にきたとかキレるという。それは氣が、上がっているからだ。昔の人は腹が立つといったのは、意識が腹にあるからだ。もっとも氣が臍下丹田に鎮まっていれば、腹が立つこともない」
ゴルフにおいても短気は損気。一打一打に一喜一憂するのは、臍下丹田に氣が鎮められていない証拠です。
臍下丹田に氣を鎮める方法として、ペットボトルの水を飲むとき、水が口から食道を通って胃に伝わり、そこからさらに下奥底にスッと落ちるようなイメージで飲んでみたらいいでしょう。試合中、私が指導する選手たちが水を飲むのは、喉が乾いているからだけでなく氣を鎮めているのです。