(本記事は、テンダイ・ヴィキ氏、ダン・トマ氏、エスター・ゴンス氏の著書『イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)
イノベーションKPI
イノベーション・エコシステムを構築し繁栄させるためには、イノベーションを管理する際に従来の会計手法のみに依存することを避けるべきだ。これまで述べてきたように、まずは戦略目標、イノベーション投資方針、事業ポートフォリオ目標の組み合わせを用いることで、真新しい事業アイデアに対する投資判断を行う。次に、「イノベーションKPI」を使用して新たな製品やビジネスモデルの開発を管理する。この指標は、エリック・リースの著書『リーン・スタートアップ』(日経BP社、2012年)の中で「革新会計」として初めて使用された。本章では、この概念をさらに発展させ、大企業への適用方法を明確化する。
イノベーションKPIの本質は、以下の3つの重要な活動を管理することである。
(1)経営陣は、イノベーション工程のさまざまな地点における、さまざまな事業に対する投資判断を行い、かつ適切な投資金額を特定する。
(2)イノベーション・チームは、個別のイノベーション・プロジェクトの進捗状況を管理・測定し、経営陣が継続して投資すべき事業を選定するための判断材料として情報提供をする。
(3)取締役会は、全社事業に対するイノベーションの影響評価を行い、自社のイノベーション目標や、事業ポートフォリオの目標達成状況を確認する。
このように、イノベーションKPIはさまざまな粒度での管理に活用できる。イノベーションKPIの適切な粒度は、イノベーション・エコシステム内の役割によって異なる(チームと経営陣では使い方が違う)。
私たちのモデルでは、イノベーションの進捗を管理するために3種のKPIを使う(図5-3を参照)。「報告用KPI」はイノベーションの実践にひもづく。このKPIで管理するのは、イノベーション・チーム、チームが生み出す事業アイデア、チームが行うテスト、そしてアイデア創造から事業拡大への進捗状況だ。
「ガバナンスKPI」はイノベーション管理にひもづく。このKPIの目的は、イノベーションの各段階において、事実と照らし合わせて投資判断をする際に活用することだ。「グローバルKPI」はイノベーション戦略にひもづく。このKPIは、大局的な視点から投資の全体的な成果を検証する際に活用する。
各KPIは、「活動測定指標」と「結果測定指標」に分類できる(図5-2)。活動測定指標では、イノベーションに対する企業の取り組み状況を管理する。具体的には、イノベーション活動の活発さ(例:新たに立ち上げた事業数、テストの回数、プロトタイプを作成したアイデア数)を測定していく。結果測定指標では、イノベーション活動の結果生まれつつある、具体的な成果を測定する。
売上や利益が事業への影響度の究極的な尺度になる。「活動」と「影響度」の区別は、エリック・リースの「虚栄の評価基準(ヴァニティ・メトリクス)」と「行動につながる評価基準(アクショナブル・メトリクス)」の区別に近い。私たちの経験上、イノベーション・ラボは、活動測定指標を管理したがる傾向がある。投資の初期段階においてはそれでも問題ないはずだが、最終的にはすべてのイノベーション・プロジェクトで事業への影響度を示さなくてはならない。
段階的に投資する
イノベーションKPIは、イノベーション・フレームワークとも根本的につながっている。なぜなら、イノベーション・フレームワークによって自社の事業がイノベーション工程のどの段階にあるかがわかるからだ。ある事業がイノベーション工程のどの段階にあるかを知れば、その事業への投資方法や、進捗管理に使うべき指標がわかる。例えば、まだ課題探索やソリューション実証を実施中の事業の進捗管理に、売上や利益を指標とすべきでない。その代わりに着目すべき点は、お金を支払ってでも問題解決したいほどの真のニーズが顧客にあるという、十分な証拠を集められているかどうかだ。
また、イノベーション・フレームワークからの情報で投資判断の方法も変わる。3~5年の収支予測つきの事業計画の多くが、しばしば未検証アイデアに多額の先行投資を行っている。そして、3年以上プロジェクトを続け、製品の構築に数百万ドルを費やしたにもかかわらず、市場で見向きもされないまま、自社製品が満たす顧客ニーズも把握できずに終わるケースに何度も出合ったことがある。イノベーション・フレームワークがあれば、イノベーションKPIを使って進捗を測定し、「段階的投資」を実行できるのだ。
スタートアップ・アクセラレーターである500スタートアップスの共同創業者デイブ・マクルーアは、2010年に自社で使用している「スタートアップ版マネーボール」と名づけた投資手法について投稿した。この手法の基本的なルールは、事業の市場適合性を確認するまでは小規模な投資を行い、その後に投資を拡大するというものだ。マクルーアによれば、この方法はブラックジャックで相手のカードを読むのと同じやり方らしい。投資家は大規模な投資を行う前に、初期の小規模な投資で事業アイデアの潜在的な市場性を把握できる。これは事業収支計画をもとに、1度に大規模投資を行うのとはまったく違う。
イノベーション・フレームワークは、投資やプロジェクトの成功度合いを測るガイドラインやベンチマークとして機能する(図5-4)。イノベーション工程の初期段階では少額の投資を行い、主に市場と提供ソリューションを検証する。事業アイデアに需要があることが判明したら、投資額を増やしてプロダクト・マーケット・フィットを確認し、そのうえで事業を拡大する。
私たちのモデルケースでの推奨投資額は、事業アイデアの創出、選択、レビューの段階で5000~2万5000ドルである。事業アイデアの検証段階では、課題の探索とソリューションの適合性を確認するための費用を15万ドル以下に抑えることを推奨している。その後で、事業開発と、プロダクト・マーケット・フィットをマーケティング・チャネルを通じてテストし、収益モデルや流通チャネルなどの検証を実施するが、これら検証費用の推奨は15万~50万ドルである。
事業拡大に必要な投資総額(50万~200万ドル)は、プロダクト・マーケット・フィットをレビューしてから社内で決定するとよい。当該製品の開発部門の売却や、独立した事業としてのスピンアウトなど、この時点で事業拡大以外の形で意思決定を下すこともありうる。また上記の推奨投資額は目安であり、絶対的な数字でないことに注意してほしい。イノベーションの各段階での金額は、企業や業種によって変わりうる。例えば、製造業ではより多くの研究開発費を要する可能性があり、ソフトウェア企業では顧客へのヒアリング前に必要な費用は数千ドル程度かもしれない。いずれにせよ、段階的に投資を行うことで、事業を拡大する前に限定的な費用で事業アイデアを検証する機会を得られる。この手法を使えば企業各社は事業の進捗を把握し、莫大な資金を浪費する前に失敗プロジェクトへの投資を中止できるのだから、その価値は絶大だ。
ここからは、進捗管理、投資判断、イノベーション・ポートフォリオ管理に利用可能な主要指標とKPIについて解説する。報告用KPI、ガバナンスKPI、グローバルKPIの違いや、活動測定指標と結果測定指標の違いも明確にする。イノベーションKPIの種類ごとに具体的な指標を提示するが、指標によっては2種類以上のイノベーションKPIで使用可能だ。したがって、指標が重複したり繰り返し登場したりすることもありうる。加えて、指標の一覧は例を示すことが目的で、すべてを網羅しているわけではないことにも注意してほしい。もちろん自社の状況に即した独自の指標を考案してもらってもかまわない。
報告用KPI
報告用KPIは、イノベーション・チームの進捗測定に役立つ。さまざまな新アイデアを創出したら、よいアイデアを選択し、その内容を精査する。各アイデアには未検証の想定条件が多数含まれるため、検証を通じて知見に変えよう。その際には、イノベーションの段階に合った想定条件のみを選択して検証する。リスクの高い想定条件を特定してテストを始めたら、事実検証の進捗状況と、イノベーションの各段階の目標の達成状況を報告用KPIで可視化できる。
チームの活動測定指標には、創出されたアイデア数、選択されたアイデア数、内容精査済みのアイデア数、検証が必要な想定条件数などが含まれる。チームがテストを開始したら、テストの回数、顧客との打ち合わせ回数、顧客観察の実施回数、ユーザビリティ・テストの回数の推移を管理できるようになる。チームが提供するソリューション案の検証を開始したら、開発したプロトタイプやMVPの数、それらを試した顧客数の推移を管理できる。チームがデザイン・スプリント(訳注:顧客の課題を解決する新製品・サービスを見出すために、数日間でプロトタイプ製作と検証をする手法)やハッカソンを実施する場合には、イベントの実施回数、参加者数、イベントで作成されたプロトタイプまたはMVP数の推移を管理するとよい。
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