(本記事は、テンダイ・ヴィキ氏、ダン・トマ氏、エスター・ゴンス氏の著書『イノベーションの攻略書 ビジネスモデルを創出する組織とスキルのつくり方』翔泳社の中から一部を抜粋・編集しています)
新規事業の拡大に不可欠な本業との関係
本業から切り離されて設置されたイノベーション・チームにとって、新規事業の拡大は正念場である。事業拡大のためのリソースや支援の提供を全社に頼っている立場であるため、社内政治において不安定なポジションにあることに気づくかもしれない。多くのイノベーション・チームはゲーム終盤になって初めて、自分たちの事業に興味を持ってくれる人が社内に誰もいないことに気がつく。よくある話だが、ビジネスモデルが実証された優れた事業アイデアが、社内で見捨てられるのを目の当たりにして落胆することになるのだ。
私たちは、本業から独立したラボでイノベーション業務を実施する場合にも、イノベーション・エコシステムを自社内に構築することを強く推奨している。ゲリラのように隠れて行動しているイノベーション・チームも、自分たちのアイデアを事業拡大するために多くのリソースや支援を得たいのであれば、表立って活動する以外に道はない。本書で紹介する方法に従えば、ラボの業務は自社の戦略目標(イノベーション投資方針や適切な事業ポートフォリオ)に確実に沿っているはずだ。このように進めることで、新規事業をラボから本体組織に移管する意思決定を経営陣が下す可能性が増すだろう。
たとえ自社の戦略と合致していても、イノベーション・プロジェクトの早い段階で、鍵を握る関係者を巻き込むことが非常に重要である。鍵を握る関係者を巻き込むことで、事業拡大のために投資する意思のある部門やマネージャーの有無を、迅速に確認できるからだ。テンダイが支援したグローバル大手銀行では最終的に、本社側が事業スポンサーとして関与しないイノベーション・プロジェクトは、今後一切実施しないというルールを定めた。時間をかけて学習した結果、あらかじめスポンサーを得ていれば、後になって事業拡大をする際にリソースや支援の提供を容易に得られると気づいたのである。
スピンアウトかスピンインか
イノベーション・ラボには、事業を本社組織に移管する以外の選択肢もある。成功を収めたイノベーションを本社組織内へスピンインするのではなく、独立事業としてスピンアウトするという選択肢である。事業拡大の準備が整った新規事業であれば、社内の新たな事業部門や新会社の創設が可能だ。スピンアウト企業を適切に管理すれば、イノベーション・チームは本社から独立した形で事業拡大を進められる。しかし、この意思決定にも経営上層部の関与は必要となるだろう。
スピンアウト企業の管理は、多数の要素を考慮しながら進める複雑なプロセスだ。しかしながら、事業拡大の観点で意思決定に重要な判断基準は2つだけだ(図8-4、図8-5)。1つは事業アイデアが自社の戦略目標(投資方針や事業ポートフォリオ)に沿っているかという点である。
もし事業が戦略に沿っていないのであれば、プロジェクトからの撤退もしくは他社への売却を考えなければならない。事業が戦略に沿っている場合には2つ目の判断基準を適用する。具体的には、事業拡大に必要な能力と機能を自社が保有しているかという点である。
もし自社に事業を拡大する能力があれば、事業を本社組織にスピンインすることは理にかなっている。しかし事業拡大の能力がなく、しかも既存事業内に能力開発をする強い意思がないのであれば、新規事業を別法人としてスピンアウトする方がよい。スピンインされたかスピンアウトされたかにかかわらず、事業は規律あるイノベーション管理プロセスに従わなければならない。
そして、スピンインされた事業の成長を、旧来型の管理方法で阻害してはならない。また、スピンアウトされた事業を適切な戦略的指導なしに放置して、荒野をさまよわせてはならない。
「共通言語」の重要性
イノベーション管理を効率的に進めるためには、事業、ビジネスモデル、イノベーションにおける各段階を、企業内の「共通言語」で呼ぶことが重要だ。しかし驚いたことに、すでに成功した事業を大規模に展開しているにもかかわらず、多くの大企業には自らの成長エンジンを説明する「用語」がないのである。私たちは、イノベーション・チームが自分たちの成長エンジン(囲い込み、有償、伝染型の3つ)を理解し、社内で説明できるように教育している。成長エンジンに関する共通の用語がないと、イノベーション・チームに問題が起こりうる。中核事業出身のマネージャーが、新規事業が成長するために必要なものを正しく理解できない可能性があるのだ。その代わりに、彼らがいつも使っている流通チャネルや営業手法を、無理やり新規事業に適用して事業拡大させようとするだろう。大企業がスタートアップ企業を買収し、「シナジー効果の実現」のために、新たに買収したチームに自社の中核機能を使わせようとする場合にも、同じ問題が起こりうる。もしそのスタートアップが異なる成長エンジンを使っていたのであれば、「シナジー効果の実現」が実際にもたらすのは、これまでより低い成長率か、場合によっては事業の破綻ということになりかねない。
アイデアを検証する際の要点は、市場の反応をもとに、適切な流通チャネルと使用すべき成長エンジンを決定することである。流通チャネルや成長エンジンは、本社の既存の事業構造によってあらかじめ限定されるべきものではない。もし事業を成長させるための最善の方法が、自社で従来から実施している方法と異なることが判明したら、この新たな成長エンジンを管理するための能力と機能を自社内に開発するか、イノベーション・チームを単体の会社としてスピンアウトするか、あるいは社内で独立した部門とするかについての意思決定が極めて重要になる。関係者間の共通言語を確立するために、各マネージャーは次に述べる成長エンジンをよく理解していなければならない。
成長のためのエンジン
イノベーション・チームは、顧客数や売上を拡大するための単発の施策、例えばスーパーボウルのCM(訳注:米国のスーパーボウルで放映されるCMは世界で最も高額なCM枠といわれる)を実施するかもしれない。しかし、これらの単発の施策が持続的な成長につながるとは限らない。自分たちの事業を持続的に成長させるためには「けん引力」が欠かせない。既存の顧客の行動が新たな顧客の獲得や売上の拡大に継続的に寄与するとき、事業にけん引力があるといえる。別の言い方をすれば、イノベーション・チームは自分たちの事業に顧客を呼び込むために、単発の特別な施策に頼るのではなく、繰り返し可能な仕組みを作り上げなければならない。エリック・リースは著書『リーン・スタートアップ』の中で、ほとんどの事業に適用できる3種の主要な成長エンジンについて説明している。
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