やってみないとわからない。好き嫌いの「事後性」
楠木 当時よく一緒に仕事をしていたヘンリー・チェスブロウさんとの共同研究がひとつの転機になりました。学術的な論文を2人で書くことになったんです。初めはアカデミックなジャーナルをターゲットにしていたんですけれども、ちょっとおもしろいロジックを思いついたんで、「このロジックだけで論文を書いてみない?」ってチェスブロウに提案したんです。そうしたらチェスブロウが「それはアカデミックなフォーマットに則っていないので、すぐに提出できる論文にならない」って言うんですよ。チェスブロウは当時、ハーバード大学でわりと若手というか、キャリアの前半にある人だったんで、「それは業績にならない」と言うんですね。それに対して僕は、「それはそうだけど、無理やり学術論文に仕立てるよりも、せっかく面白いと思えるロジックが見つかったんだから、別に学術雑誌に拘らなくてもいいんじゃない?」と説得したんです。で、この仕事は本の形で出しました。
ちなみに、本というフォーマットでの出版は、学者の業績としてはカウントされません。ゼロです。査読を経て掲載された論文の形になってないので業績として認められないんです。
伊藤 そうなんですか!
楠木 マイケル・ポーターのあの有名な『競争の戦略』、あれも学術的業績にはならないんですね。ともあれ、このときに気づいたんです。やっぱりアカデミックな様式に則って研究論文を書くよりも、実務家の方に役立つとか面白いと思ってもらえるロジックを提供するほうが性に合ってる。そっちに行こうと。
ちなみに、チェスブロウはその後カリフォルニア大学のバークレー校に移って、そこで『オープンイノベーション』を書きあげました。彼はブレイクしたんですよね。これにしてもアカデミックな業績にはカウントされませんけど。
もうひとつのきっかけはポーター先生のアドバイスですね。マイケル・ポーター先生は僕が仕事をしている分野、競争戦略論の開祖みたいな人なのですが、まだ若干の迷いを残していたころ、ポーター先生との雑談の中で、「先生はいったいぜんたい何をゴールに研究をしているのでしょう?」と聞いてみました。ポーター先生は「インパクト!」と即答。「強く深いインパクトを世の中にもたらす。これがイイ研究の基準。言いたいことがあるなら、本でも何でもいいからとにかく書け。インパクトがあればそれでよし。世の中を見てみろ。だいたい学術雑誌を読んでいるやつなんてほとんどいないじゃないか!」――これは実に腹落ちする言葉でして、吹っ切れた気分になりました。
そんな感じで徐々に変わっていって、その延長上に『ストーリーとしての競争戦略』があるんです。まぁ、それはずっと後のことですけどね。
伊藤 今のお話を聞いて、僭越ながら楠木さんと自分は同じメッセージを言ってるんだなと気づきました。でも僕はね、自分の好き嫌い、「やりたいこと」や「やりたくないこと」を恐らく35~40歳ぐらいまではまったく意識せずに……、というか意識できずに、目の前の「やらなきゃいけないこと」に没頭していたんですよね。
ただ、色々とやっているうちに、好きなことと同時にやりたくないことも見えてきて――。正直、好き嫌いっていうのがなんとなくわかってきたのが40歳ぐらいなんですよ(笑)。
楠木 ああ、そうですよね。ようするに「事後性」が強いんですね。誰でもそうだと思うんですけど。結局、冒頭の「好きなことをしなさい」「じゃあ、好きなことって何でしょう?」みたいなのは、非常に事後性が強い問題なわけですよね。
伊藤 そうですね。
楠木 事後性の克服っていうのが、たぶん究極のテーマの一つじゃないのかなと、仕事生活をするうえで。
伊藤 なるほど。
楠木 と、思うんですよ。
楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院教授
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)などがある。
伊藤羊一(いとう・よういち)
ヤフー〔株〕 コーポレートエバンジェリストYahoo! アカデミア学長
〔株〕ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。グロービス・オリジナル・MBA プログラム(GDBA)修了。1990年に〔株〕日本興業銀行入行、2003年プラス〔株〕に転じ、201年より執行役員マーケティング本部長、2012年より同ヴァイスプレジデントとして事業全般を統括。かつてソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者を見出し、育てる学校)に所属。孫正義氏へプレゼンし続け、国内CEO コースで年間1位の成績を修めた経験を持つ。2015年4月にヤフー〔株〕に転じ、次世代リーダー育成を行う。グロービス経営大学院客員教授としてリーダーシップ科目の教壇に立つほか、多くの大手企業やスタートアップ育成プログラムでメンター、アドバイザーを務める。著書に、『1分で話せ』『0秒で動け』(ともにSB クリエイティブ)がある。(『THE21オンライン』2019年12月20日 公開)
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