成果をあげるほど苦しくなっていった
楠木 テーマを変えただけではなくて、仕事のスタイルとか、オーディエンスもですね、学会での、アカデミックのオーディエンスに対する仕事から、実際にお仕事をしていらっしゃる方々にシフトしました。ですから、学術雑誌での論文ではなくて、本を書いたり、学会誌でない雑誌に書いたり、話したり、会社のお手伝いをしたりとか、そういうふうに変わったっていうことです。エンドユーザーに対する直販ですね。
伊藤 バサッと変えられたんですか? つまり、メディアには出ながら裏で論文のフォーマットで、学術的な研究をコツコツやられていなかったんですか?
楠木 このときはもうやってないです。これは僕の仕事のテーマを変えたあとなんで。ですから、僕がアカデミックなフォーマットでそれなりに仕事をしていたのは、もう前世紀の話ですね。1992年から仕事をしているので。今世紀に入ったところぐらいから、どうも調子出ないなと。
客観的に見ると、出せば学術雑誌にアクセプトされることもあるし、だんだん論文リストが長くなっては行きました。周囲はそれを競っているもんですから、「どっちがすげぇんだ」みたいな。まぁ、若者は必ずそうなんですけど、こういうのがつくづくイヤなんですね。それでも、僕はわりと小器用なので、やってるうちにそこそこできるようになっていきます。
学会での発表も、やればやるほどアカデミックのオーディエンスのツボがわかってきます。「じゃあ今度はこういうテーマとデータで研究をしてみようかな。結構ウケそうだよね」っていう。なんか、マーケットインと言えば聞こえがいいですが、その場限りの手品みたいなイメージです。「はい、ハトが出ますよ、おおーっ!」みたいな。で、さあ次どうしようかなっていう。これ、非常に虚しくなりまして。
ですから、客観的には調子が悪かったわけではないんです。逆に業績が出てくれば、出てくるほど、自分としては「なんだこりゃ」と。アカデミックなインナーの評価で、直接のお客さんにはなかなか届かない、その乖離に疑問を感じるわけです。
例えば、『オーガニゼーション・サイエンス』っていう雑誌に論文が採択されたとき、業界内では「ついに載ったねとか、よかったね!」と。でも、実務家は一人として読んでないんです。当たり前ですけど。