重要な意思決定は良し悪しでは決められない

伊藤 ご存じの通り、震災時は日本全国の物流がどこもガタガタでした。命にかかわらない文具だけなら最悪遅れてもいいんですけど、台車、ゴム長靴、消毒液、飲料、電池、コンロみたいな必需品が順調に入荷されない。そして、入荷されたらどこへ優先して送るべきか判断しなくてはならない。普通に考えたら、注文順に届けなくてはいけないですよね。ただ、それって正しいけど本当にいいのかって。「全国一律大切なお客様だし、どこも困ってるんだから注文順だろ」って思うけど、一方で「本当に必要としてるのは東北だろ」とも思う。けど、どっちか決めなきゃいけない状況で、ここで初めて、好きなようにとか、嫌いなことっていうのを、仕事に活かすんだっていうことを知って。恥ずかしながら、40歳を超えてからなんですね。

楠木 今のお話をうかがっていて思うのは、良いことと悪いことの選択であれば、それは良いことを選べばいいに決まってます。あっさり言えば、判断不要、選択無用っていうことなんです。

ところが、重要なことのほとんどは良いことと良いことの間の選択です。それは良し悪しの基準では選べない。ここで好き嫌いっていうのが出てくると思うんですよね。

伊藤 いや、おっしゃるとおり。

――そこで初めて判断軸が初めて出てくるということですね。

楠木 ええ。好き嫌いというのは、その人固有の価値基準ですね。そこに世の中で普遍的なコンセンサスは成立してない。「時間に遅れちゃいけません」というのはコンセンサスが成立している価値基準なので「良し悪し」ですけど、「私は天丼が好きです。いや、僕はカツ丼です」というのは、コンセンサスがない。そういう価値観を好き嫌いと言ってるわけで。実際は、ほとんどがそうだと思うんですよね。重要な判断では特に。

伊藤 震災の出来事を人に話す中で、リーダーの仕事は決めることだと気づきました。決めるときに多数決では決められないよねと。だって、8対2で、リーダーの自分は2のほうかもしれないし。あと、プロコン(メリット・デメリットを列挙してより適切な選択をするために行なう分析手法)を書いて決められるんなら、もうリーダーはいらないよねって。リーダーは、何にしたがって意思決定するのかっていうと、やっぱり自分の信念とか使命感とか、譲れない想い。結局それは、自分の価値観で、価値観っていうのは好き嫌いだっていう話です。

楠木 言われてみれば、誰もが身に覚えのある話だと思うんです。ただ、世の中は今、良し悪しを基準にああだこうだ言うことがとにかく多いので。なにかあると、それが正しいかどうかとか、私がやろうとしているこれは正しいのだろうかって考えちゃう人が多いんですね。

楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院教授
(著者写真撮影:梅沢香織)
1964年、東京都生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学商学部卒、同大学院商学研究科修士課程修了。専門は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(宝島社)などがある。

伊藤羊一(いとう・よういち)
ヤフー〔株〕 コーポレートエバンジェリストYahoo! アカデミア学長
〔株〕ウェイウェイ代表取締役。東京大学経済学部卒。グロービス・オリジナル・MBA プログラム(GDBA)修了。1990年に〔株〕日本興業銀行入行、2003年プラス〔株〕に転じ、201年より執行役員マーケティング本部長、2012年より同ヴァイスプレジデントとして事業全般を統括。かつてソフトバンクアカデミア(孫正義氏の後継者を見出し、育てる学校)に所属。孫正義氏へプレゼンし続け、国内CEO コースで年間1位の成績を修めた経験を持つ。2015年4月にヤフー〔株〕に転じ、次世代リーダー育成を行う。グロービス経営大学院客員教授としてリーダーシップ科目の教壇に立つほか、多くの大手企業やスタートアップ育成プログラムでメンター、アドバイザーを務める。著書に、『1分で話せ』『0秒で動け』(ともにSB クリエイティブ)がある。(『THE21オンライン』2019年12月23日 公開)

【関連記事THE21オンラインより】
「仕事でやりたいことがない」人は終わっているのか?
結局、天職や好きなことは「やってみないとわからない」
「大体のことはうまくいかない」 だから、思いっきり行動できる