《部下に成長してもらい、どんどん大きな成果を上げてもらうことが、上司の重要な役割だ。そのために有効な部下指導法として有名なのが「コーチング」だが、「試してみたけど、うまくいかない」という人も少なくない。
その原因は、コーチングに対する誤解にあると、コーチングの専門家である田近秀敏氏は指摘する。》(取材・構成:林加愛)
※本稿は『THE21』2020年5月号より一部抜粋・編集したものです。
相手の話を聞くだけがコーチングではない
「コーチング」というものについて、ビジネスパーソンの方々なら、なんらかの知識を持っているでしょう。
しかし、一時期の大きすぎたブームのせいか、コーチングに関して、いくつかの誤解が生まれているのも事実です。
それらの誤解は、大きく数えると四つあります。一つ目は、「要は『聞き上手』になるスキルでしょう」という思い込みです。
確かに、傾聴はコーチングに欠かせない要素です。しかし、あくまで1要素であって、「聞いてさえいればOK」というものでは決してありません。
コーチングは、1対1の会議です。議題の共有、目的や目標の確認、現状分析を経て、問題解決に向かうという会議の構造は、コーチングもまったく同じ。したがって、コーチは会議におけるファシリテーターと同じ役割だと考えるべきなのです。
会議の場で目標と現状を確認すると、その間には、ほとんどの場合、ギャップがあるはず。コーチングでも同じです。
そして、そのギャップを埋めようとすることが、モチベーションの契機となります。つまるところ、コーチングとは、モチベーションを生み出すコミュニケーションなのです。
モチベーションには2種類があります。「目的志向型の動機づけ」と「問題回避型の動機づけ」です。
前者は「これを達成すればどんなに素晴らしいだろう」という高揚感を伴う意欲。これを引き出すことは、「心に火を点ける」ことと言えます。
後者は、「現状のままでは大変だ」という焦り。これを喚起するのは「尻に火を点ける」アプローチです。
両者とも大事ですが、つい「尻に火」のみになってしまい、いつしか一方的な叱咤激励になる、という失敗もよく見られます。
ただ聞くだけでなく、いかに意欲を良い形で引き出すかを考えて対話すること。これがコーチングのクオリティを大きく左右するのです。
意外と混同しがちな「共感」と「同情」
二つ目の誤解は「共感」にまつわるものです。相手の言うことを否定せずに受け止めるのがコーチングだと言われますが、「そんなことをしたら、わがままになるのでは?」「実践したら、部下が依存的になってしまった」という声も聞こえてきます。
これは、共感と同情を混同しているためです。コーチングにおいて、同情にはさほど意味はありません。相手と一緒に感情的になっても問題解決にはならないからです。
共感とは、「あなたの感情や立場を私は理解しています」と、相手のありのままの姿を承認することを意味します。これによって、相手との間に「問題解決に向かう仲間」としての信頼が築けます。
信頼という基盤があって初めて、「質問を投げかける」というアプローチが機能するようになります。質問によって、相手とともに行くべき道を見つけ出していく――これがコーチングです。
かつての職場では、上司が高圧的に指示や命令を下して部下に従わせる、という手法が主流でしたが、これでは部下のポテンシャルが発揮できませんし、仕事の成果にも限界が生じます。
指示や命令とは、下す側が答えを教えること。一方、質問は、受け手に自力で答えを探させることです。信頼関係のある相手から「目標達成のために何ができるか」と聞かれれば、思考を最大限に巡らせるでしょう。
ここで言う質問とは、「なぜ○○しないんだ?」「なぜ○○したんだ?」というようなWHY型のものではありません。この聞き方では、部下からは言い訳しか返ってきません。
コーチングで有効な質問は、WHATとHOWです。現状を共有してから、「では、これから何をすればいい?」「どうすればこれができる?」と聞くことで、部下は言い訳ではなく、これから取るべき有効な方法へと意識を向けます。
質問は、相手の意識を「問題」ではなく、「未来」や「解決策」に向けさせる、切り替えのスキルと言えるでしょう。