そのアイデアは誰のものか――知財、NDA、兼業・副業問題
尾原: たしかに昭和世代が日本の繁栄をつくってくれたことはありがたいし、リスペクトするんだけど、彼らの経路依存性に基づいた価値観というものを、いったん脇に置いて、別の経路をつくっていけば、グローバルとローカルが並行進化する世界がつくれるはず。
冨山: これから広がるし、実際、僕らはそれを体験しているわけです。『CX』の本にも書いたように、ここから先は、天下万民、それぞれの知恵が問われます。国に働きかけて政策を変えるのもいいけれど、インターネットによって国家もだいぶ溶けてきていて、国家にできることは限られる。同時に、会社も溶けかかっています。これからますますスモールビジネスが主役になっていく中で、自分自身が会社とどう向き合っていくか、兼業・副業も同じ文脈で、自分自身が仕事とどう向き合っていくか。そのほうがはるかに自分の人生に跳ね返ってくるわけです。
尾原: 国も会社も溶けていく。
冨山: 一方で、いまでも会社というクローズドなシステムががっちりあるという前提で動いているから、ここは社会全体のトランスフォーメーションが必要になる。純粋に知的生産活動になればなるほど、そのアイデアなりビジネスモデルなりは、誰のものかという問題が起きる。知的財産の問題も、NDA(秘密保持契約)の問題も、あるいは、兼業・副業で騒いでいるのもそうなんだけど、もう法律自体が古くて、現実に追いついていないわけです。
尾原: いままで日本の勝ちパターンがメーカー型だったから、縦型のサイロをつくってその中でどう守り抜くかという視点で、知財の話もコラボレーションの話も副業の話も出てきています。いまは横につながったほうが絶対においしい社会だから、横にどうやって飛び越えていくかのほうが大事なのに。
冨山: まさにそれがネットビジネスの本質だよね。
尾原: 会社と国のほうが縦に縛られて、横に動きにくくなっているから、個人のほうが先に横移動しやすい。
冨山: スモールビジネスのほうが動きやすいんです、個人と会社の大きさの単位が近いから。そこはおもしろい時代です。裏返して言うと、その横移動を邪魔するものは排除していかなければいけない。製造業では、知財も有形物を前提にしていて、知的財産権も有形物的に考えているわけです。ところが、アイデアやビジネスモデルは無形です。すると、このアイデアは会社の仕事として思いついたのか、それとも副業をしているときに思いついたのか。そんなのは分けられないし、裁判でも証明できない。頭の中にウォールをつくるわけにはいかないので、その区別をすることに意味はないんです。そうなると、そこを無理やり区別して、ここからここまでは君のもの、ここからは会社のもの、発明特許はどちらのものと議論すること自体、意味はない。全部ネゴシエーションで決めるしかないわけです。アイデアをビジネス化するときに、会社に恩義を感じているなら、会社に少し出資させようかなと思うだろうし。
尾原: そもそも別のルールで、ネゴシエーションで争うぐらいだったら、ストックオプション上げるからとか。
冨山: そういう話にどうしてもなってしまう。所有権のようにカチッとしたもので定義するのはむずかしくて、相対的な関係性に変わっていきます。でも、それは結局ネットワーク化するということです、関係性で決まるわけだから。直接的・排他的に収益処分できる権利というのは、ネットワークの世界にはいちばんなじまない。
開発も意思決定もスピード勝負
尾原: 縦型の経路依存から、横移動に変えるには、大企業のガバナンスを変えるか、小さい単位で飛び出して変えるか。
冨山: 大企業で上場している会社で、かつ、議決権が分散している会社ほどむずかしい。
尾原: 逆に、小さいものほど有利な時代でもある。デセントライゼーションを加速するようなプラットフォーマーの力をうまく活用しながら、中小企業が飛び立つイメージです。
冨山: 所有と経営が一致しているほうがいい。所有と経営が分離したほうがよかったというのは、明らかに、設備集約型産業における会社のモデルです。巨大な設備が必要だったので。だから、会社の仕組みとしても、ガバナンスとしても、所有と経営が分離しているものだという前提でやってきたんだけど、いま調子のいい会社を見ると、ほとんどが黄金株の会社です。つまり、たいてい創業者が拒否権を持っているから、厳密な意味では、所有と経営が分離していない。
尾原: オーナーの独裁制。
冨山: 設備が生産手段のときは所有と経営が分離していたほうがよかったんだけど、生産手段が人間の頭の中に入ると、所有と経営の分離は、じつは、あまりフィットしない。
尾原: むしろグーグルでは、いちいちネゴシエーションするコストがもったいないから、社内のカルチャーを、同じ価値観をもつ仲間を疑う時間さえムダで、とにかくスピード命、みたいに完全にガバナンスが変わっています。
冨山: だから、シグナリングだけで動けるわけです。いま世界は、ウォールストリート型の契約でガチガチに縛る20世紀的な会社モデルから、ネットワークベースの21世紀的なビジネスの世界へ移行する過渡期にある。ところが、日本の会社は、さらに周回遅れのところにいて、1990年までの30年間のモデルを、さらに30年間引っ張ってしまったから、一世代丸々ズレています。ということは、もう飛ばしてしまったほうがいいんです、ワープしたほうがいい。
尾原: 30年前の成功体験に基づいた年配の人たちが活躍する社会だったのが、今回のコロナショックで、リモートファーストな、リモートが当たり前という生活をしている人たちが台頭してきています。コロナによってZoomが世界中で利用されるようになったのもそうだし。
冨山: ですから、いまはすごいチャンスなんです。あと、Zoomでおもしろいのは、最初セキュリティに問題があったということで、大企業は使わないところが多いんだけど、あっというまに修復したでしょ。
尾原: もうすごいですよ、毎日。
冨山: そのスピード感が、日本の大企業の感覚では理解できない。セキュリティの脆弱さなんて、半年、1年かけないと修復できないと思っているから。修復するためのいろんな技術開発をやって、みんなで集まって意思決定して、というプロセスで考えたら、こんなに短期間に修復できるわけないんだけど、それをZoomはやってのけた。
尾原: アジャイルで開発しているから。
冨山: 完全にネットワーク型で、個別のエンジニアにすべての権限が渡されていて、その人の裁量の中でどんどん直すし、その直していくプロセスもお互いにオープンになっている。そういう仕事のしかたは、工場社会型で、みんなでハンコを押して、工場設備投資をガーンとやります、という感じからすると、アンビリーバブルなわけです。だから、今回そこに気がついた人が、どうしても会社が重いと思ったら、会社を辞めて、もっと動きやすい会社に移ったほうがいい。