コロワイドが、大戸屋の子会社化に動き出した。大戸屋ホールディングスの株式19.1%を保有する、同社の筆頭株主であるコロワイドは、今年4月、大戸屋ホールディングスの次回株主総会に向けて、経営陣の刷新を求める株主提案を行うことを発表した。12名の取締役候補者の選任を求める内容で、定時株主総会において可決承認された場合には、大戸屋ホールディングスの連結子会社化を検討することも公表している。
コロナ禍で飲食業界全体が混沌とするこのタイミングで、コロワイドが強硬手段に出た背景には何かがるのかに迫った。
大戸屋ホールディングスは、経営体制が混乱し、経営改革が出来る状態にはなかった
大戸屋ホールディングスの業績が悪化していったのは、経営体制の混乱によるものと言われているが、どのような経緯をたどったのだろうか。
創業家と経営陣とのお家騒動から、買収劇が始まっていた
コロワイドが大戸屋ホールディングスの株式を取得したのは2019年10月であるが、その事の発端は2015年7月にまで遡る。大戸屋ホールディングス創業者の三森久実氏の逝去によって、株式を相続した妻・三森三枝子氏と長男・三森智仁氏が、大戸屋ホールディングス窪田社長含む経営陣と対立した。創業家2人が久実氏の遺骨を持って会社の裏口から社長室に入り込み、窪田氏に社長退任を迫ったという”お家騒動”にまで発展した。
2016年には智仁氏が取締役を辞任し一旦は終焉したように見えたものの、その後創業家2人はコロワイドに株式を売却 (約18.67%) し、同社が大戸屋ホールディングスの筆頭株主となった。なお、今回の12名の取締役候補者の中には、その智仁氏が含まれている。
大戸屋の業績は悪化する一方
コロワイドが株式を取得した後の2019年11月に発表された大戸屋ホールディングスの2020年3月期第二四半期決算は、第一四半期決算に引き続き前年同期比で減収、営業利益も赤字に転落という厳しい業績に陥っていた。同社経営陣は経営改革を謳っていたものの、回復の兆しは一向に立たないままであった。
一方で飲食業界では、食材原料価格や人件費高騰による採算性の悪化や、同業との価格競争に始まり、テイクアウトや弁当・惣菜などの「中食」産業との競争、さらには消費者の食生活の多様化など、厳しい競争環境に置かれている。そのような状況下で飲食各社はどこも、差別化と生き残りの策に喘いでいた。
市場競争が激しさを増す中、早急な策を打たなければ益々の業績悪化が避けられない状況にも関わらず、一向に手を打とうとしない大戸屋ホールディングスの経営陣を見て、筆頭株主であるコロワイドには、何とかしなければいけないという焦りもあったのだろう。
コロワイドのM&A戦略とは
コロワイドの事業拡大のカギは、経営課題を解決するために行ってきた積極的なM&Aであると言われている。大戸屋ホールディングスについても、これまでのノウハウを活かして立て直していけると見込んでいるようだ。
コロワイドはM&Aを通じて飲食の業種を拡大させてきた、飲食M&Aのプロである
そもそも、居酒屋、洋食、寿司、焼肉、和食、カラオケと、ありとあらゆるジャンルの飲食店を取り揃え、全国に累計2,500以上もの店舗を展開する外食大手コロワイドの成長の鍵は、積極的なM&Aの戦略にある。
2002年に居酒屋を運営する株式会社平成フードサービスを買収したのを皮きりに、リーマンショック時の一時的な落ち込みを除けば、ほぼ毎年のようにM&Aを実施してきた。直近では「牛角」等を運営する株式会社レインズインターナショナルや、回転寿司大手のカッパ・クリエイト株式会社等の大型M&Aも含め、現在までにおよそ17社もの買収を行っている。
その買収戦略は、飲食店運営事業だけに留まらない。2008年には、冷凍まぐろの卸売事業を展開する番能水産株式会社を買収し、流通や商品開発機能の強化に取り組んだ。2006年には、現在では当たり前の存在となったセルフオーダー用卓上端末機を開発するワールドピーコム株式会社を買収し、店舗オペレーションの効率化にも手を伸ばすなど、飲食店運営におけるあらゆる経営課題を、M&Aを以て大胆かつスピーディーに解決してきたと言えよう。
大戸屋ホールディングス業績立て直しへの自信
このように、M&Aを駆使して、業容の拡大や飲食ブランドの再建を繰り返した同社にとって、ガバナンスが揺らぎ企業の経営難に苦しんでいる大戸屋ホールディングスは、買収案件として魅力的に見えたのだろう。コロワイドにとってみれば、すでに大戸屋ホールディングスの業績を回復させるための道筋は見えていると言ってよい。
最もシナジーが大きいと思われるのは、店舗運営の効率化だ。例えば、大戸屋はそのブランドイメージの維持から「店舗内調理」にこだわり、食材の仕込みに手間と時間をかけてきた。その結果、人件費等のコストがかかることで商品の値上げを余儀なくされたり、提供時間が長くなることによる回転率が悪化したりして、飲食店経営にとって悪循環が生じていた。コロワイドのセントラルキッチンの活用による効率化や、流通網を共有することにより、大きなコスト削減が可能になるだろう。
同時にコロワイドにとっては、大戸屋の経営権を取得することで、そのノウハウ共有や経営改革を極めて迅速に取り仕切ることが可能となる。食材の一括仕入れによるボリュームディスカウントや、ドミナント出店戦略を活用した店舗収益性の向上、さらには、メニュー開発による客単価の向上など、飲食ブランド再生のプロであるコロワイドにとって、大戸屋は改善の余地がいくらでもあるというのが本音なのだろう。
なぜコロナ禍の今なのか?
コロナ禍で飲食業界全体が苦しい状況にある中、コロワイドが敢えて今動くのには、それなりの理由があった。
コロワイドは、早期の経営立て直しに焦っている
コロワイドは2019年10月、大戸屋ホールディングスの創業者から、発行済株式の18.67%を、取得価額約30億円にて取得し、同社の筆頭株主となっている。しかし、一般に議決権の20%以上を所有する場合に適用される「持分法適用会社」の対象からは外れ、コロワイドが大戸屋ホールディングスに対して有する支配権はそれほど大きくないという関係にあった。
すでにコロワイドは、買収後のシナジー効果や業績回復のシナリオを立てている。今期2020年3月期には営業利益の赤字着地を想定するほど業績難に陥る大戸屋ホールディングスの経営権を早期に握り、適任となる経営陣を送り込み、経営改革にいち早く着手することが、これ以上の損失を未然に防ぐための最良の策だと考えたのだろう。
M&Aの得意なコロワイドならではの時期選定か?
それでも、新型コロナウイルスによって多くの飲食店が営業自粛を余儀なくされ、業界全体で業績の急激な悪化が避けられない状況下において、なぜこのような株主提案がなされたのかについては疑問が残る。これについては、経営陣の反発をなるべく避けるために、敢えて”体力の弱った”時期を狙ったのではないかという見方もできる。
2020年3月期第三四半期ベースで見ると、大戸屋ホールディングスの現預金は約18億6,600万、その現預金を月商で割った手元流動比率は約0.9と、1ヵ月弱程度の流動性しか確保していないことがわかる。単純な比較はできないものの、飲食業界他社と比較してみても、十分な手持ち資金を確保しているとは言い難い。
コロナ禍の状況で、企業は短期的な業績に頭を悩まされることとなる。店舗オペレーションの変更や、家賃、人件費の支払い対応、さらには政府への補助金申請も含め、経営陣の頭のリソースのほとんどが足元の資金繰りのやりとりに追われるというのが本音だろう。
このように、経営側がいわば疲弊をしているときに買収提案を仕掛けることで、反発を抑え、かつ通常よりも安値で株式を取得できる可能性は高い。シビアな話に受け取られるかもしれないが、買い手側には常に「安く買いたい」というインセンティブが働くため、M&Aの上手な企業にとってこのコロナ禍での買収は非常に旨味が大きいのである。
コロワイドの本当の狙いは何か?
2020年3月には、コロワイドから大戸屋ホールディングスの株主に対し、回答すると3,000円相当の食事券が貰えると強調された「アンケートへのご協力のお願い」と題する書面が送られたという。株主総会を前に委任状を争奪する「プロキシ―ファイト」を狙ったものだという見方が有力だ。
このような強硬な手段を以てまで、コロワイドが大戸屋ホールディングスの経営権を握りに動いたのは、事業シナジーへの自信や、コロナ禍による混乱をきっかけとした時期的な施策だけが本当の意図なのか。飲食M&Aのプロフェッショナル、コロワイドの真の狙いはどこにあるのか。
その答えは、”お家騒動”が起こった2015年から長らく続くこの買収劇が終焉し、コロワイドが経営権を握った後の大戸屋ホールディングスの業績結果に、はっきりと現れるのかもしれない。(提供:THE OWNER)
文・森琢麻(M&Aコンサルタント)