6月中旬以降、東京都では、コロナの新規感染者数が増加ペースを速めた。7月15日に東京都は、警戒レベルを4段階のうち最高レベルに引き上げた。多くの人は、再び緊急事態宣言が発令される状況に追い込まれるのではないか、という不安感を高めている。本稿では、いくつかの質問に答えるかたちで、それに対する考え方を整理した。今後のシナリオとリスク・シナリオを検討していく。

感染
(画像=PIXTA)

Q1.東京都の新規感染者数の急増は、危うい兆候なのか? (図表参照)

A1-1.結論はクリヤーに出せないが、油断禁物だ。

Q&A、経済再開と新規感染者数の増加
(画像=第一生命経済研究所)
  • 要因は2つの見方に分かれる。ひとつは、経済再開によって人と人との接触が増えて、感染拡大が起こっているという見方。もうひとつは、PCR検査が1日3,000件台にまで増えて、その結果として発見される感染者数が増えたという見方である。

  • 東京都は、感染状況と医療提供体制について7つのモニタリング指標を定めている。新規感染者数こそ増えているが、(1)重症者数、(2)発熱等相談件数、(3)陽性率は、低位に抑えられている。少しずつ上昇する傾向もみられるが、まだかなり低い。

  • 経済再開による感染拡大の影響を、検査数の増加要因と明確に切り分けることは不可能だ。実体が悪くなっていれば、重症者が増え、発熱の相談件数ももっと急増しているはずだ。結論は出せないが、油断をしてはいけないだろう。

  • 考え方として、検査拡大によって感染リスクを予防する効果に対して、経済再開で感染者が増える効果が上回れば、経済活動を制御して感染増加をペースダウンさせた方がよい。これは、リスク・シナリオへの移行となる。6月の経済再開以降、私たちは新しい生活様式などを守って、経済再開と感染リスク防止の両 立を追求してきた。しかし、最近はそのバランスが崩れて、経済再開により感染拡大が強まっているかもしれないという不安がある。

A1-2.検査によって新規感染者が増えることは、将来の感染リスクを低下させる側面もある。

  • PCR検査を拡充して陽性の人を発見することは、前向きに評価できる面がある。例えば、陽性の感染者のうち、軽症者・無症状者は、以前ならば検査されずに外出して、他人にうつしていた可能性がある。そうした人が、陽性が判明して隔離されると、感染は予防される。

  • 4月頃は、PCR検査が受けにくく、発熱などの症状が明確に表れて、それから4日間も待って受け入れが行われていたとされる。そうした制約が緩和されて、軽症者などに検査対象が広がってきている。理解の仕方は、検査の制約が緩くなり、対象範囲が広がったことで、潜在的な感染拡大を防止できているとみることができる。

  • 陽性率は、4月の一時30%以上だった頃よりは、6月以降の率は5~6%台と低い。しかし、最近、陽性率はじりじりと上昇していて、少しきな臭くなっている。相談件数の推移でも同じような変化がある。そうした意味でも、油断禁物だと思える。

Q2.今後、緊急事態宣言を再度発令して、経済活動をストップする必要性があるのか。

A2.経済再開に起因する新規感染者数の増加ペースが加速すれば、それをスローダウンさせるための経済制御は必要になる。

  • 経済をストップさせる可能性をあらかじめ予告することは至難の業だ。ひとつ言えることは、経済活動を一時停止させたとしても、その間に検査を増やして、隠れた感染者を洗い出さないと、また経済活動を再開すれば感染拡大が起こる。経済をストップさせることは、感染をなくす切り札ではない。

  • 理屈上は、地域内ですべての人が、全く外出をせずに、2週間の自主隔離を徹底すれば、感染者は消える。人の移動をしなければ、感染者が地域内ゼロの状態にはできると考えられる。現に、47都道府県には、4・5月の緊急事態宣言によって、そうした効果が現れた地域もあったと思う。しかし、経済再開をすると、感染者が増えてしまった。無症状の若者などが活動して、それが再び感染を広げると、その変化を捕捉できないことが悔やまれる。大都市のある南関東などでは、人と人との接触をなくし、完全に感染リスクをゼロにすることは限界がある。

  • 経済活動をストップさせて感染を止めることに限界があるとすれば、検査によって感染リスクを極力予防するしかない。PCR検査にも問題点があることはわかっているが、検査の積極化がベターな選択だと思う。

Q3.経済活動を止めることへの抵抗感もまた大きいと思うが、そのときはどうすればよいのか?

A3.前回の緊急事態宣言のときの教訓を踏まえ、より痛みの少ないかたちに工夫して経済活動を制限する方がよい。

  • 多くの人は、4・5月の緊急事態宣言を思い出して、「もう二度と人と人の接触を8割減らすような全面的な自粛はやりたくない」と思っている。そうなると、もっと工夫をして、穏当なかたちの自粛になると予想される。

  • 具体的には、活動自粛の範囲を特定分野に絞り込み、全面休業を回避するかたちである。(1)県をまたいだ人の移動の自粛、(2)感染率が高い区域、職業、業種に絞った利用自粛、(3)出社率を抑制して通勤人数を減らす、などの方法を選択して、なるべく経済損失が生じにくいようにする。

Q4.今後はどうなっていくだろうか。

A4.隠れている感染者を洗い出すことが、将来の感染増加を減らすことになる。今は我慢だ。

  • 検査拡充による新規感染者の増加は、産みの苦しみだと思う。かつて日本の不良債権問題でも、同じような図式があった。もう20年前だが、エコノミストの間には、景気を悪くするような不良債権処理など止めてしまえという人がいた。検査するほどに不良債権が増えて、金融不安が高まることに嫌気がさしていたのだろう。しかし、金融機関の経営内容に対する人々の疑心暗鬼は、不良債権処理を先送りしていては一向になくならない。それがわかっていて、政府は批判にたじろがなかった。
    今も、PCR検査をするほど新規感染者数が増えて、それが人々を不安にさせている。しかし、徹底した検査によって、潜在的な感染リスクを完全にあぶり出さないと、人々は感染リスクがまだどこかに隠れていると疑心暗鬼を持つ状態が続く。それに感染リスクも低下しない。

  • 不良債権問題では、もうひとつ、公的資金を使って、金融機関の自己資本を増強した。これが、今ならば医療体制を充実させて、増加する感染者の治療体制、つまり受け皿を大きくすることに似ている。検査に併せて、新規感染者の増加に対応して、医療崩壊が起きない体制整備を進めることも重要になる。

  • 経済再開と感染拡大のジレンマを解消する方法は、なるべく多くの隠れた感染リスクを洗い出すしかない。検査によって現在の感染者数は増えても、そのことで将来の感染者数を減らせる。こうした努力は、たとえリスク・シナリオとして経済活動を一時的にストップさせる選択を途中で採ったとしても続けなくてはいけない。

  • 今後、検査件数を増やしていくと、どこかで新規感染者数が減少に転じていくはずだ。そこに至れば、産みの苦しみは一段落する。そこまでは我慢である。

  • 残された課題として、海外からの渡航者の問題がある。域外から無症状者が入ってくると、潜在的な感染リスクは高まる。現在、入国制限をしている国々との人の移動を緩和していくことは、当面、慎重にせざるを得ないと考えられる。

Q5.新しい生活様式を定着させて、このまま経済拡大は成功できるのか。

A5.新しい生活様式、スタイルは、飽くまで感染リスクが高いときの対応である。

  • 感染リスクが高いときは、3密を避けるなどの生活様式を維持せざるを得ない。しかし、そのことは経済的な制約となることは認めざるを得ないだろう。例えば、劇場や野球場で、観客が広く間隔を開けて座れば、総観客数は減る。すると、客単価を上げない限り、稼働率が下がり、収益はコロナ前よりも悪化する。テレワークにしても、テレワーク以前に比べて1人当たり生産性を落とさないように努力しても、全体でみると低下する人の方が多い。平均した1人当たりの生産性は落ちる。

  • 考え方として、新しい生活様式には別のところに意義がある。例えば、新しい働き方への移行を動機付けにして、デジタル化を推進することが成功したとしよう。感染リスクが解消して、経済が元に戻ったときに、デジタル化によって、従来よりも生産性は上がっているはずだ。デジタル化は、労働節約的な効果があり、それが生産性上昇につながる。労働市場が緩和状態にあるとき、労働節約的な行動はあまり意味がないが、いずれ景気が回復して労働力不足になったときには、より高い経済成長率を達成することができる。すべての新しい生活様式がそうとは限らないが、デジタル化については将来への投資になる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生