政府の中長期の経済財政試算が、例年通り7月に改定された。コロナ・ショック後に初めて、政府が財政再建についての見通しの数字を示したものとして注目される。2025年度の基礎的財政収支の黒字化の目 標は、先送りされなかったものの、成長実現シナリオの黒字化の見通しは、2027年度から2029年度へと後ずれしている。この見通しを現実化させるために何が必要なのかを改めて考えることとした。

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見通しの変更は計画が2~3年後ずれ

コロナ・ショックが、わが国の財政に甚大な影響を与えることが心配されている。多くの人が、財政収支の改善は大幅に遅れて、その先にある基礎的財政収支(以下PBと略)の黒字化の目途は、全く見えなくなっていると直感している。そうした中、政府は7月31日に「中長期の経済財政に関する試算」(2020年7月、以下中長期試算と略)を発表した。これまで、財政運営に漠然とした不安を抱いていた人は多いと思うが、この中長期試算を読み込むと、より具体的に財政運営のシナリオを狂わせるのは何なのかが明瞭に見えてくる。

まず、数字の作り方からみていこう(図表1)。政府のメインシナリオである「成長実現シナリオ」では、PBの赤字がコロナ対応の積極的な財政出動によって、2020年度は▲67.5兆円(国・地方合計、SNAベース、一般会計ベースでは▲73.6兆円)まで悪化する見通しである。これはリーマンショック後の2009年度の赤字幅を抜いて過去最高である。

財政は2年遅れで本当に正常化するのか?
(画像=第一生命経済研究所)

コロナ発生以前の2020年1月時点の2020年度のPB見通しは▲15.3兆円(国・地方合計、SNAベース)であったから、コロナ発生によって▲52.2兆円の下方修正になったことがわかる。以前の▲15.3兆円のレベルに今後のPB赤字幅に復するのは2023年度(▲14.0兆円)になってからである。ここでは3年遅れの収支改善になっている。

また、別の角度からみると、PB黒字化の目途は、今回2029年度になっており、1月時点の2027年度の黒字化の見通しから2年遅れになっている。つまり、政府の見通しは全般的に2~3年間の遅れが生じているとみることができる。

PB黒字化の前提

中長期試算では、足元の経済がどんな大きなショックを受けたとしても、先々のPB黒字化の達成が可能になるという仕組みになっている。足元の経済成長率、税収がどんなに悪化しても、2、3年が立てば成長率も税収も元通りに戻るという数字の前提になっているからだ。実質GDP成長率は、2020年度こそ前年比▲4,5%に落ち込むが、2021年度3.4%、2022年度3.6%、2023年度3.7%と急回復して、その速度が続く見通しになっている。成長率というフローの数字は、現時点でどんなに悪化しても、2、3年後には過去の悪影響を受けずに、正常に戻るという筋書きだ。いわば、現在の悪化による後遺症が、将来の経済成長の足を引っ張ることがないという前提が、「数年後にはコロナ以前のシナリオと同じように正常化の経路に復帰できる」ということを可能にしているのだ。

この前提を人間の健康になぞらえると次のように言えると思う。例えば、今日風邪をひいて異例の高熱を出して死にそうな思いをしたとする。仮に、これが普通の風邪であれば、1週間もすればケロッと治って元気になる。しかし、この高熱が後日まで健康状態を害したとすると、1か月後でも健康にはならずに、その後は健康時のパフォーマンスは得られない。これと同じで、コロナ・ショックが後遺症として、2~3年後以降の経済成長率に悪影響を及ぼし、予定された経済成長率、そして税収を得られないとすれば、PB黒字化の目途はもっと遅れると考えた方がよい。2029年度のPB黒字化が達成できるという成長実現シナリオは、フローの後遺症がないという前提によって描かれている。逆に言えば、今回のシナリオに隠れている財政リスクは、今後の成長率・税収に数年単位で後遺症が表れることだと考えられる。政府のシナリオを吟味するには、アフター・コロナの世界が後遺症なしに訪れるかどうかを検討することだろう。

後遺症はある

今後の税収がどのように推移するのかとみてみよう(図表2)。一般会計税収は、2020年度56.1兆円まで落ちて、2021年度57.0兆円、2022年度59.9兆円、2023年度63.2兆円と戻っていく見通しだ。60兆円台に戻るのは、2023年度、つまり3年後ということになる。このときの成長率は3年連続で飛躍的に伸びる姿になっている。コロナ・ショックの後遺症どころか、かなりマッチョな数字である。政府のシナリオは、もともと成長実現シナリオという強気の前提である。その強気の前提は、コロナ・ショックに見舞われても、2、3年でその強気に戻れるという点で、今まで以上に現実離れした感がある。

しかし、より現実的にみると、いくら表面上の数字を高くして辻褄を合わせようとしても、そううまくはいきそうにない理由がある。少なくとも2020年度の企業収益は、赤字になる企業が続出するだろう。すると、そこで数年間の法人税支払いが猶予されるような、法人税の欠損金の繰り延べが発生する。そうなると、法人税収が回復するのは、企業収益が改善してから、さらに遅れることになる。所得税の方は、失業者数の増加や、就業者が非労働力化して労働市場に戻らない状況によって、やはり回復のタイミングは遅れる。アフター・コロナの賃上げも、ペースが鈍る公算が高い。実体面では、地価下落や不良債権問題などのストック不況の懸念もある。

法人税、所得税はともに、履歴効果(ヒステリシス効果)が起こって、後々のフローが下押しされることが避け難く起こる。いくら成長率を高く設定したとしても、後々のフローの数字に後遺症が表れることが強く警戒される。

財政は2年遅れで本当に正常化するのか?
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公債残高の対名目GDP比

少し前の議論になるが、いくら公債残高が増えても、それが経済規模(名目GDP)の拡大を伴うものであれば、債務規模はコントロールできているという意見が強かった。政府債務の持続可能性は、高成長によって保たれるという発想である。名目GDPを600兆円に膨らませるという安倍政権の発想も、これに近いものだったと考えられる。

今回の中長期試算にも公債等残高の対名目GDP比の数字がある(図表3)。これまで政府は、この数字が200%を超えないように苦心してきたが、2020年度はあっけなくそれを超えてしまった。成長実現ケースでは、200%超えが続く。PB黒字化シナリオは2020~2029年度まで200%超えが続き、低下しないシナリオだ。

この200%という意味は、1年間に政府債務残高の利子が1%ほど増えるとして、名目成長率が2%以上でなければ、政府債務残高は発散するということだ。たとえPBが黒字化するとして、この比率が高ければ、金利上昇に対して政府債務は発散するリスクが残るということだ。

従って、中央銀行は徹底して金利上昇を抑え込むことが求められる。筆者はコロナ・ショックによって日銀がマイナス・ゼロ金利政策を解除する目途は、前までより先になったと理解する。日本の金融産業にとっても、金利面でのデフレに出口が見えないことを意味すると思う。

次なる課題とは

安倍政権は、一応、2021年9月まで継続するとみられている。それ以降は、ポスト安倍政権が日本の財政問題を引き継ぐことになる。次の総理大臣は大変だと感じさるを得ない。野党がもしも政権交代を望むならば、安倍政権でさえできなかった財政再建をどうやって実現するのだろうか。率直に言って、それを構想することは、不可能に近いと思う。

これまでPB黒字化の目標でさえ、債務残高の発散を防ぎ、金利を低位に抑えながら、すれすれのところで現状維持することをゴールにするものだった。コロナ・ショックによって、一時的な財政出動は仕方がないと考えるが、このまま自然増収だけに頼って債務発散を防止できるかについては極めて心配である。

東日本大震災のときは、臨時増税によって復旧・復興の費用を35年間で賄うことで、財政の信認をつないだと考えられるが、もうひとつ隠れた重要なファクターは、経済成長と税収の関係において、震災が重大な後遺症を残さなかったことにある。2011年度の税収は、一旦42.8兆円(決算ベース)にまで落ちたが、2014年度の税収は消費増税もあって53.9兆円(同)に戻った。そして、2018年度は60.4兆円にまで増えた。このときが、とてもラッキーなことに2~3年後に経済が正常化できた。安倍政権は、偶然にもその果実を自分のものにできた。

確かに、政府の中長期試算は、その経済前提が強すぎるからおかしいという批判は、20年来、繰り返し言われてきた。本当に大切なのは、そうした仮想の数字の信憑性よりも、将来の収支改善を実現させるためにどのような経済政策を打って、後遺症を残さずに仮想された数字の経路に戻れるかを構想することだ。震災後のように、僅か2~3年で経済を正常化することが活路になる。ただ、現時点では、アフター・コロナの成長を押し上げるような政策構想はほとんど見当たらない。初めて政府から発表された数字だけがやたらと強気であり、それを実現するための政策プランは何もないというのが実情だ。中長期試算は、次に私たちがすべきことを考えるための材料だと心得るだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生