PB黒字化2年後ずれ、まだ新型コロナ要因は最小限しか織り込まれていない

要旨

● 政府から経済財政の中長期試算が公表された。コロナ禍の影響を受けて、基礎的財政収支黒字化の達成時期が前回試算2027年度から2029年度に2年後ずれしている。

● ただし今回試算では、新型コロナウイルスの影響が最低限しか織り込まれていない。潜在成長率の低下が想定されていない点、2021年度に急速に歳出がコロナ前に戻る前提になっている点などは現実から離れている。今後も悪化方向の修正が入る可能性が高い点に留意すべきだ。

● 内閣府資料では歳出改革によって試算の黒字化時期の前倒し(2029年度→2026年度)が可能、との旨が示されているが、コロナの織り込み方がかなり楽観的である。2025年度の基礎的財政収支黒字化を掲げた財政再建目標もいずれ修正を迫られる可能性が高いのではないか。

見通し
(画像=PIXTA)

PB黒字化は2年後ずれ

内閣府の経済財政諮問会議から「中長期の経済財政に関する試算」(以下、中長期試算)の改訂版が公表された。本試算は政府から半年おきに公表される経済・財政指標の将来試算であり、およそ10年程度先までの値が示される。平時には、政府会議において本試算と財政再建目標(※1)とを対比しながら、改革の方向性を定めていく形で議論が行われるため、今後の財政運営を考えるうえで重要な指標となる試算である。

前回試算は1月に示されており、今回の試算は新型コロナウイルスの影響が本格化して以降、初めて示されるものになる。政府のメインシナリオに当たる「成長実現ケース」を用い、主要な財政指標の動向を確認すると、基礎的財政収支の黒字化時期は前回試算では2027年度とされていたが、今回試算では2029年度と2年後ろ倒しされている。財政再建目標では2025 年度の黒字化を掲げているが、コロナ禍の影響でこれが一層遠のいた形だ。また、同目標では2021年度に基礎的財政収支GDP比を▲1.5%、財政収支対GDP比を▲3%、公債等残高GDP比を180%台前半とする中間目標を掲げているが、今回試算では、順に▲4.3%、▲5.4%、213.0%。いずれも未達成になると見込まれている。

それでもコロナ要因の織り込みは最小限にとどまっている

新型コロナウイルスの感染拡大を受けてあらゆる指標が悪化方向に修正されているが、それでも今回の試算において、新型コロナ影響の織り込み方が幾つかの観点で楽観的である(※2)。

第一に、2021年度のV 回復が想定されている点である。第二波・第三波が経済活動に制約をかけることになれば、2021年度に高成長を実現できるかどうかは不透明である。第二に、2020年度の税収見通しが高すぎる点である。国の一般会計税収は2019年度58.4兆円→2020年度56.1兆円と見込まれているが、これは2018年度60.4兆円→2019年度58.4兆円とあまり変わらない減少幅である。消費税率引き上げなど制度要因を考慮しても、経済悪化に伴う税収減少幅が実勢から過小に見積もられている可能性が高い。将来税収の値はこの20年度を土台として推計されており、土台の上下は将来推計値にも影響を及ぼす。第三に、潜在成長率の悪化が想定されていない点である。本試算の実質GDPの見通しは潜在GDPにキャッチアップするように推計されているため、マイナスのギャップが残っている間(潜在GDP>実質GDP)は潜在成長率より高い実質成長率がモデル上正当化されることになる。実際に、試算の実質成長率の見通しは、マイナスギャップが残る2021~2024年度までの間、3%前後の高い成長が続くことになっている。第四に、財政運営において2021年度以降には補正予算が組まれない、という前提になっている点だ。国の一般会計歳出は2019年度101.4兆円から2020年度160.3兆円と急拡大したのち、2021年度には99.6兆円まで戻る形になっている。しかし、これはかなり非現実的な想定であろう。財政拡大後に急速に正常化を行えば、拡大期と正常化期の落差が大きくなり、経済への悪影響が大きくなる、いわゆる「財政の崖」問題に直面する。仮に新型コロナウイルスの問題が快方に向かったとしても、21年度以降も一定の財政出動を行うことで激変緩和を図ることが現実的であり、望ましい経済財政運営となる。また、20年度は第二次補正予算の影響までが織り込まれているが、今後さらに追加の補正予算が組まれる可能性もある。そうなればこの崖は一層高くなり、急速な財政縮小は難しくなる。

今回の試算に織り込まれている新型コロナウイルスの影響は、すでに顕現化ないしは決定している部分など、織り込み可能な最小限の範囲にとどまっている。内閣府は中長期試算について「あくまでモデルから導出される試算値」との立場を取っている。恣意性混入を避ける意味で、最低限の織り込み方になっていると考えられるが、こうした性質から今後悪化方向の修正が入る可能性が高い点には留意が必要であろう。

財政再建目標はいずれ修正か

経済財政諮問会議資料には、「これまで同様の歳出改革を続けた場合、3年程度の前倒しは視野に入る」との記載がある。シミュレーション上、歳出は物価上昇率並みのペースで増えるように推計されており、歳出改革を進めれば試算値より歳出が抑制され、基礎的財政収支の黒字化が前倒しされる、という意である。試算では2029年度黒字化となっているが、3年前倒しされれば2026年度黒字化となり、目標の2025年度黒字化にかなり近づくことになる。

しかし、先にみたように試算上の数字自体、コロナの影響を織り込み切れていない側面が強い。仮に新型コロナウイルスの影響が早期に払底されたとしても、試算値通りの経済財政状況を実現するのは困難だろう。財政再建目標もいずれ修正を迫られることになるのではないか。(提供:第一生命経済研究所

中長期経済財政試算のポイント(2020 年7 月)
中長期経済財政試算のポイント(2020 年7 月)
中長期経済財政試算のポイント(2020 年7 月)
中長期経済財政試算のポイント(2020 年7 月)
(画像=第一生命経済研究所)

(※1) 基礎的財政収支を2025年度までに黒字化するなど。2018年閣議決定。

(※2) この中長期試算にかねてからある批判として、高すぎる生産性実現を仮定しており、経済成長率の見通しがそもそも高すぎる、という点があるが、ここではその論点は脇に置く。


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也