(本記事は、福原秀己氏の著書『2030「文化GDP」世界1位の日本』白秋社の中から一部を抜粋・編集しています)

スマホ
(画像=PIXTA)

ファーウェイのスマホが絶対不利な理由

ネット社会が到来した「いま」、あなたの生活に絶対不可欠なものは?と問われたら、一番に挙がってくる答えは、おそらく「スマホ」だろう。

新聞は取らない、テレビも観ないという若者は多い。固定電話は、もはや過去の遺物となりつつある。パソコンは仕事の道具であって、生活の道具ではない。会社に行けばパソコンは使えるし、必要なら会社が貸与してくれる。

スマホ一台で、プライベートの生活をほぼすべて賄(まかな)うことが可能だ。外部からの情報はすべてスマホで得ることができるし、アドレス帳や金融口座などのプライベートな情報もすべてスマホで管理できる。待ち合わせ場所には、メモも取らず地図がなくても行くことができるし、その周りの様子を事前にチェックすることもできる。時間に遅れないために何時に出発すればいいかも教えてくれる。

接続環境さえ確保できれば、ガイドブックもキャッシュも持たず、スマホ一台だけを持って世界一周も可能だ。

スマホ片手に消費カロリー数を計算しながらランニングする人をよく見かけるし、スマホで健康管理をしている人も多い。

今日、ほとんどの人がスマホを肌身離さず持ち歩いている。もはやスマホなしでは生きていけないという人が結構いるはずだ。

さて、そんなスマホの通信機器としての世界市場は、2019年の出荷台数で、サムスン電子(韓国)、ファーウェイ(中国)、アップル(米国)の三社で、市場の約5割を占めている(出所:米国IDC資料)。

あなたが、この三社のうちのいずれかのスマホを購入しようと考えたとする。もし、そのなかの一社のスマホでは、グーグルのソフトが使えない、グーグルマップもユーチューブも使えないということであったら、その一社のスマホを買うだろうか?

世界市場を席巻(せっけん)するこの三社のスマホのいずれかが、技術的な機能や操作性でどれほど優れていたとしても、他社には搭載されている人気ソフトがなかったら、おそらく購入することはないだろう。購入動機は、ハードの機能よりも、搭載されるソフトの魅力に拠って大きく左右される。ソフトがハード購入の決め手になるのである。

スマホの世界出荷台数で断然1位のサムスンを追って、アップルを抜き2位に躍り出た中国通信機器メーカーのファーウェイは、米中の貿易戦争で米国政府の標的となっている。2019年5月に米国政府が発動した輸出禁止措置で、90日間の猶予期間を経て、米国グーグルの提供するソフトが一切使えなくなった。Gメールはもちろんだが、グーグルマップやユーチューブも使えない。

中国国内では、もとよりスマホにグーグルのソフトを搭載することは禁止されているので売上に大きな影響はないだろうが、海外での販売には大きな支障が出る可能性が高い。さらに、コトはグーグルだけにとどまらない。他の米国由来のソフトも禁輸対象になることが予想される。ファーウェイのスマホが技術的にどれほど優れていたとしても、利用できるソフトに明らかな劣後があっては、海外では勝負にならない。

利用者が求めているのは、スマホ本体ではなく、そのなかにある「ソフト=情報」と「サービス」なのである。

アマゾンプライムが値上げできるわけ

世界中で「経済のソフト化」が進んでいる。

経済の用語で、農林水産業・製造業・小売業などモノに関わる産業経済を「ハード」、サービス・情報に関わる産業経済を「ソフト」と呼ぶことがある。

「経済のソフト化」とは経済全体に占めるサービス・情報の割合、つまり「ソフト」の割合が大きくなっている状況に対して使われている。スマートフォンはハード、アプリやLINEはソフトということである。

この「経済のソフト化」は、特に目新しい話題ではない。周知の事実として、かなり前から進行している。

パソコンや携帯端末、スマートフォンなどのハード(モノ)は、もう20年も前から新機種導入と値崩れを繰り返し、価格は不可逆的に低下している。一方、そのハードに乗る情報やオンラインサービス、ネットワークをコントロールするOSソフトなどは、更新を続けながら価格を維持している。

通信機器に限らない。すべての分野でハードは、売れれば売れるほどに、普及が進めば進むほどに、価格は下がっていく。普及による収穫逓減(ていげん)に加えて、技術革新による代替わりと技術浸透の加速化による類似商品の出現などで、ハードは、価格決定権と競争力を短期間のうちに失っていく。

ところがソフトは、その逆で、売れれば売れるほどに、普及が進めば進むほどに、陳腐化や不具合を修正しながら更新し、価値を高め、価格の上昇さえ珍しくない。

実際、アマゾンは2019年4月にアマゾンプライムの年間料金を25%も引き上げた。アマゾンのプラットフォーム利用者が増えることで情報が集積し、利用者にとっては汎用性(はんようせい)と利便性が高まる。限界効用が逓減していない(消費者の満足度が減退しない)どころか、主観ではあるが逓増していると感じる利用者もいるからだ。併せて、利用者のアマゾン依存度が大きくなっているので、価格弾力性が小さくなっている(価格を上げても解約する客が少ない)。

一部で、価格と競争力を維持しているハードも存在するが、実態はハード専用ソフトが人気であったり、汎用ソフトとの相性が良かったりで、ソフトに頼っていることが多い。

「ソフト」=「コンテンツ」というわけではないのだが、アプリやSNSなど、「ソフト」に占めるコンテンツの割合は大きい。いまなぜコンテンツなのかを語るには「経済のソフト化」というのは重要なキーワードである。

時価総額ランキングに見る経済のソフト化

株式時価総額ランキングで、経済のソフト化を見てみよう。

株式時価総額とは、株価に発行済み株式総数を乗じた金額である。株価は企業の将来価値も含めた市場の評価。企業の将来価値を左右するのは、人々が予測する世界の近未来像に、その企業がどう関わって、どう貢献していくのか、という期待である。したがって時価総額ランキングは、そのときどきの経済の状況だけでなく、社会が向かっている方向を示している。

2030「文化GDP」世界1位の日本
(画像=2030「文化GDP」世界1位の日本)

株式時価総額ランキングを、1989年、1999年、2009年、2019年の10年単位で比較してみよう。この比較表で読み取れることがいくつかある。

ひとつ目は、変遷は激しいということである。30年にわたりTOPテン10にランクインした企業はない。20年にわたってランクインしている企業は、マイクロソフト一社である。10年ごとに八割が入れ替わっている。

基幹産業の入れ替わりは、技術の進歩や時代の変革とともに起こる必然的な代謝である。ランキングが以前と様変わりしたとして何の不思議もない。

二つ目は、それでも変化は、いつも方向性を持っているということ。単なる下克上や既存勢力の浮沈による変化ではない。表で見る限り、2009年までの世界の産業経済は、銀行とエネルギー関連企業が主導していたことが分かる。カネとエネルギーが「モノ造り」に向かっていたということである。「製造業中心の時代」を象徴している。

三つ目が、そのなか(2009年までの製造業中心の時代)にあって、経済はコンピューターと通信に向かっていることが見て取れること。「情報化時代」へのシフトが始まっていたのだ。

四つ目は、2019年、世界は「製造業」を過去のものにし、「情報化」も一気に通過して、「ネット社会」という新時代に突入していること。さらに、このネット社会の産業経済は、カネとエネルギーを従来ほどには必要としない、ということもよく分かる。産業経済を動かす前提条件が変わってしまった。

経済は、もはや完全にソフト化している。2019年時価総額ランキングの上位10社の1位には、同年末に上場したばかりのサウジアラビア王国の国有石油会社サウジアラコムが、いきなり登場した。2位以下は、アップル、マイクロソフト、アルファベット(グーグル)、アマゾン、フェイスブック、アリババ、ひとつ飛んでテンセントと続く。10社中7社が「情報」、2社が「投資」である。サウジアラコム以外の9社が情報・投資(サービス)、すなわち「ソフト」である。

従来、産業経済を語るときは、基本的に製造業に代表されるハードが議論の中心だった。

それは、「ハード」(モノ造り)こそが需要を創出している、という刷り込みのせいである。ところがいま、世界経済、国際社会のベクトルは、間違いなく「ソフト」を指し示しているのだ。

経済がソフト化するということは、サービスや情報に関わるビジネスが社会をリードしていくということである。サービスや情報、その中身である「コンテンツ」の時代がやって来たということでもあるのだ。

モノからソフトへという流れの一方で、ソフトからモノへという逆方向の経済も生まれている。医療ベッド(モノ)は体調管理機能(ソフト)を搭載して家庭に入り、計測データ(ソフト)を分析して健康機器(モノ)の販売につなげる。ソフトがハードと相まって、次々に新しい価値や富を生み出しているのだ。

こうした経済のソフト化は必然である、ともいえる。

ひとつには、モノの飽和がある。すでに我々の周りにはモノがあふれ、もはや必要なモノ(ハード)は少なくなってきているという事実がある。

もうひとつは、モノの所有が不要になっているということ。技術革新とインターネットの普及で、本やCD、DVDはオンラインサービスに置き換わった。シェア経済の出現によって、車やパーティードレスなどを所有する必要もなくなってきている。人間の生活様式が変化し、所有に対する執着や欲望が小さくなってきたのである。

モノが減退するなかで、人間の欲求の対象がハード(物質的価値)からソフト(無形的価値、情緒的価値)に移行しているのだ。

そして、ソフトの価値を決定づけているのが、その中身である「コンテンツ」だ。

コンテンツによる説得力と訴求力が、いまの時代の価値と富の源泉なのだ。

2030「文化GDP」世界1位の日本
福原秀己
1950年、東京都に生まれる。映画プロデューサー。内閣府クールジャパン官民連携プラットフォームアドバイザリーボードメンバー。一橋大学経済学部卒業後、野村證券に入社。その後、メリルリンチ日本証券に入社。メリルリンチ投信投資顧問代表取締役社長、メリルリンチ・マーキュリー投信投資顧問代表取締役副社長、メリルリンチ日本証券取締役副社長を歴任。2004年、日本が誇るマンガ・アニメを海外で総合展開する米国VIZ Media,LLC(ビズメディア)の社長兼CEOに就任。小学館、集英社、小学館集英社プロダクションの提供するコンテンツの複雑な権利関係をまとめ上げ、日本文化を各国で受け入れられる形に適応させて、欧米にビジネスを拡大展開。2008年、VIZ Productions,LLC(ビズプロダクション)を設立、念願のハリウッド進出を実現。トム・クルーズ主演のSF大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などをプロデュース。

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