(本記事は、福原秀己氏の著書『2030「文化GDP」世界1位の日本』白秋社の中から一部を抜粋・編集しています)
「文化・創造」を数値化する「文化GDP」
本書で述べる「コンテンツ」とは、21世紀を迎え、バブル崩壊後の「失われた10年」からの脱却、そして「日本再生」というテーマのなかで注目され始めたものだ。具体的には、後退する諸産業のなかにあって、当時、独特の進化を続けて世界をリードしていた携帯電話、マンガ、アニメ、ゲームに焦点が当たり、サブカルチャー、コンテンツ、ソフト経済という流れで議論が広がっていった。
本書では「コンテンツで稼ごう」というテーマに沿って、「コンテンツ産業」、あるいは対象を少し広げて「ソフト産業」という括(くく)りで話を進めていきたい。
政府が、この一連の議論を「クールジャパン」という言葉で表象したのは的(まと)を射ていた。2000年代初頭から使われ始めた「クールジャパン」という名のもと、実際に、省庁を超えていくつもの政策が打ち出され、社会的認知度も高まった。ただし、経済活動の括りとして「クールジャパン」という固有名詞を使っているのは、もちろん日本だけである。
すると近年、今度は「文化GDP」という言葉をよく耳にするようになってきた。文化や芸術、あるいは創造といった分野を産業として捉え、その活動を数値的に把握(はあく)して、産業や経済に及ぼす効果を測定・評価しようという国際的な動きのなかから登場してきた指標である。
背景には、一連のデジタル革命によって始まった、特に先進国において顕著な「モノからコトへ」「ハードからソフトへ」という産業構造の変化がある。
比較的に所得水準や貧富差に関係なく消費が行われ、景気にも左右されにくいのが文化・創造産業。それを新たな国家経済戦略に位置づけようとする動きが、先進国のあいだにあった。
そのためには、「文化・創造」を数値化して比較評価を可能にすることが必須である。「文化GDP」という概念が登場し、世界共通の用語として定着しようとしている。
日本の文化・創造産業のGDPは31兆円
ここで実際に、文化庁の2018年度「文化行政調査研究」における報告書(京都のシンクタンク、シィー・ディー・アイが作成)のなかで行われた推計による「日本の文化GDP」を見てみよう。
「文化GDP」の算出の基礎となる文化・創造産業の捉え方としては、オーストラリアの経済学者、デイヴィッド・スロスビー氏の同心円モデル(2001年)、英国国立科学・技術・芸術基金による拡張同心円モデル(2006年)、要素一覧型のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)モデル(2009年)などがある。日本では、要素一覧型であるユネスコモデルに倣ならって、文化GDPを暫定(ざんてい)的に算出する作業が始まった。
文化・創造は可視化されにくいので、もとよりその数値化は難しい。そのうえ、対象範囲や算出方法についての国際基準が開発途上である。日本が国際基準を採用するためには、我が国のGDPの基準改定が必要になる部分も多く、試行錯誤(さくご)しながら算出が始まったばかりである。
いずれにしろ、ユネスコモデルに沿った集計によれば、「日本の文化GDP」は、2016年で10兆443億円、同年GDP比1.9%という暫定値が公表されている。
また関連領域としては、観光が13兆790億円、スポーツが7兆5,598億円で、これらを加えると、ユネスコモデルに基づく日本の文化・創造産業の全体は、およそ31兆円、GDP対比で5.7%という規模に達している。
ユネスコの「文化GDP」では、検証可能な数字で集計するという目標がある。ここでの集計は、項目ごとに国民経済計算(SNA)に紐付けされ、さらに項目ごとの中間投入比率を用いて粗付加価値額(GDPへの直接の寄与額)を推定している。したがって、項目ごとにGDPへの寄与度が算定可能である。一方、項目間で多少の重複がある。本表の観光とスポーツ、レクリエーションには、5,000億円程度の重複がある。
いずれにしろ注釈は必要だが、「2016年の文化GDPは10兆443億円であり、GDPへの寄与率は1.9%である」といった分析と、それに基づき、文化および関連領域のどの分野に重点を置くかといった政策議論が可能になる。
「文化GDP」は、工芸品、宝飾品、楽器、デザインなども含み、経済産業省が対象にしてまとめているコンテンツ産業より範囲が広い。それなのに、「文化GDP」の暫定値は約10兆円で、コンテンツ市場規模12兆4,000億円(「デジタルコンテンツ白書2017」)より2兆円ほど少ない。このギャップは、「文化GDP」の算出過程で中間投入額を控除しており、その額が相当に大きいことが主な原因だ。
本書で「コンテンツ市場規模」として使っている「12兆円」は、中間投入を控除していない総額表示である。このような売上高集計による総額表示は、他産業への波及効果(誘発効果)も含めて、その産業の経済全体へのインパクトを知るうえでは、極めて有用である。
たとえば2015年の乗用車の売上総額は約16兆円であるが、乗用車は中間投入比率が全産業のなかでも最上位の82.5%なので、粗付加価値額(GDPへの直接の寄与額)は約2兆8,000億円である。しかし「なんだ、2兆8,000億円か」と侮あなどってはいけない。
中間投入が大きいということは、他産業の需要を牽引しているということである。その波及効果は300%(自部門を除いても200%)と、全産業のなかでも一番大きい。つまり、中間投入を除くとGDP項目の「乗用車」の粗付加価値額は、組み立ての部分しか反映されていないことになる。乗用車産業の産業経済全体のなかでの重要度(影響力)を測るには、売上の総額表示を見ないとその実体を見失う。
図表に戻って、関連領域の「観光」の3兆790億円も「スポーツ、レクリエーション」の7兆5,598億円も、中間投入を控除後の粗付加価値額である。
英仏を上回り米国に次ぐ日本の「文化GDP」
「文化GDP」という用語は、前出の「文化行政調査研究」に先立って2015年度に行われた文化庁の委託事業、「文化産業の経済規模及び経済波及効果に関する調査研究事業」の報告書のなかで使われてから広まった。「文化GDP」に関連して、「文化産業」「創造産業」、あるいは「文化・創造産業」についての考察も進んだ。
この調査研究では、欧州5ヵ国(英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン)、北米2ヵ国(米国、カナダ)、アジア太平洋州3ヵ国(香港、シンガポール、オーストラリア)の10ヵ国を調査の対象としている。
報告書によれば、文化GDPの算出方法は二通りに分かれ、国によっていずれかの方式を採っている。①新たに文化・創造項目を特定して、国民経済計算とは別勘定で数字を積み上げていく方式(文化サテライト方式)、そして②従来の国民経済計算の既存勘定から付加価値法などの推計で文化・創造に直結する数字を抜き出していく方式(経済規模・構造分析方式)である。
それぞれに利点と課題があるが、文化サテライト方式を導入しているのは、10ヵ国のうち、米国、カナダ、オーストラリア、スペイン、中国(香港)。日本をはじめ英国、フランス、ドイツ、イタリア、シンガポールは、経済規模・構造分析方式を採っている。
つまり「文化GDP」は、国際的な概念ではあるが、その集計範囲や算出方法が国によって異なるというのが現状である。算出方法も開発途上であるために変更も多い。
そもそも、文化や芸術や創造という分野を産業(経済活動)という観点で捉えようとすると、国によって歴史的な背景や事情が異なるため、当然、その集計範囲が違ってくる。
たとえばイタリアは「ゲーム」を自国の「文化GDP」に含めていない一方で、「食・ワイン」を含めていたりする。「食・ワイン」を含めているのはイタリアだけだ。なんとなく納得するところではあるが、結構、恣意(しい)的でもあるようだ。時代によってもその範囲は変わってくると考えられる。
このように、「文化GDP」の算出に当たっては、各国の事情に合わせて対象分野を増やすことができる。種目別で参加するスポーツ大会のようなものだ。
この報告書のなかでは、米国、英国、フランス三国について測定が行われているので、その「文化GDP」を比較してみる。年次が異なるのだが、比較項目をできる限り揃えるため、筆者が若干の微調整を行った。結果は以下のようなものになる。
米国:4,800億ドル(2012年)英国:1,100億ドル(2013年)フランス:1,000億ドル(2011年)日本:1,500億ドル(約16兆5,000億円、2014年)
「文化GDP」の算出に、現在のところ中国は参加していない。「文化GDP」は、モノから離れた豊かさを希求し始めた先進諸国において、まず使われ出した指標なのである。しかし、どういう括り方であれ、日本が米国に次いで大きな「文化GDP」を有していることに間違いはない。
「文化GDP」が決める国家のかたち
ここまで述べてきたような理由により、現在のところ「文化GDP」の大小を比較することには注釈を要するが、それでも「文化GDP」を用いて文化・創造産業に世間の耳目(じもく)を集めることには、十分な意義がある。それは、デジタル革命から時代は一気に進んで、キーワードが「情報」から「文化・創造」に移行しているからだ。
「コンテンツで稼ごう」というのは、本書のテーマであるが、「コンテンツ産業」という経済活動の括り方は、世界的には一般化していない。一方、「文化GDP」は、算出方法がまだ開発途上ではあるが、その意味するところは、「コンテンツ産業規模」よりも分かりやすい。しかも「文化GDP」は各国の国民経済計算に紐付けされているので、一国経済への影響が見えやすく、国際的な議論を可能にしている。
このように「文化GDP」は、各国が自国の文化・創造の経済的活力を国富の増大にどのようにつなげていくかという国家戦略をサポートするものだ。そして文化・創造に注がれる人々のエネルギーを、国を豊かにする動力に転換するには、文化・創造を測定評価し、経済的に集積することが不可欠である。
さらに、「文化GDP」を計算する一連の作業、すなわち集計する範囲と算出方法の決定は、「国家のかたち」をどのように創っていくかというビジョンの問題であり、国際社会へのメッセージであり、アピールでもある。
本書で語ることは、文化・創造領域における日本の強みである。そしてその強みが、そこに、なぜあるのかを説いていくつもりだ。
歴史と文化、そして自然条件にも恵まれた日本。そして、何よりも凄い圧倒的なコンテンツの蓄積と創出力。これらの強みに加え、政策的に、新たな文化・創造産業の分野を開拓していけば、2030年の「文化GDP」世界1位は、十分に実現可能である。
そしてそのとき、日本は、工業製品ではなくコンテンツの輸出大国になる。