(本記事は、福原秀己氏の著書『2030「文化GDP」世界1位の日本』白秋社の中から一部を抜粋・編集しています)
経済効果は年に1,000億円超の『ONE PIECE』
『ONE PIECE』は、コミック雑誌「週刊少年ジャンプ」で1997年に連載開始、20年以上にわたり連載が続いている大人気マンガである。単行本化され、アニメ化もされてテレビで放映されている。ほぼ年1回、劇場版アニメが制作され、その年の映画興行収入ランキングでは5位以内が約束されている。キャラクターイメージは、およそあらゆる種類の商品にライセンスされていて、関連商品の売上は膨大だ。ミュージカルになり、歌舞伎にまでなっている。
この『ONE PIECE』は、2019年12月までで、連載22年、単行本95巻、主な登場キャラクターは180を超えている。最も単行本が売れた2012年、劇場版アニメ映画も大ヒットした。関連グッズなど含め、当時の経済効果は、優に1,000億円を超えていたと推定できる。
先に、映画コンテンツとして『トランスフォーマー』のケースを見た。マンガコンテンツである『ONE PIECE』も「メタ」の商材としての価値は高く、稼ぎも十分に大きいのである。
一方、マンガの制作コストは圧倒的に小さい。
今日ではマンガ制作は、分業化されチーム化され、システム化されている。事実ではあるが、それは「売れっ子作家と出版社」という構図でのビジネスの話である。
「メタ」の場(コンテンツ・アイデア創出の場)としてのマンガは、参入障壁の低い、低コストの産業である。絵が描けるかストーリーが書ければ、誰でも入っていくことができる。紙と鉛筆、あるいはパソコンと作画アプリやソフトがあれば、誰でも参入可能だ。
いまでは、音楽家もアスリートも、相当の育成資金がないとプロになるのは至難の業(わざ)だ。有名ピアニストやテニスプレーヤーが、幼少期の練習風景などをビデオで公開しているが、家に経済的な余裕があることが窺うかがえる。
おカネをかけずに大金持ちになる唯一残された職業は、マンガ家とユーチューバーかもしれない。
日本だけが持つ自動再生可能な「メタ」資源
残念なことだが、日本が各産業分野で国際的な地位を後退させているのは事実である。しかしマンガだけは、おそらく将来にわたって、外国に負けることはない産業である。
そもそも、マンガが産業として成立している国はほとんどない。アメコミ(米国)やバンデシネ(フランス版マンガ)やマンハ(韓国版マンガ)など、日本以外でマンガやコミックが産業らしく成立している国は、米国、フランス、それに韓国、まもなく中国というところである。
そして、日本がマンガの分野でこれらの国に後れを取ることはないだろう。いくらマンガが「メタ産業」で、その派生的経済価値が大きいといっても、わざわざマンガから産業振興を始めようとする国が出てくるとは思えない。韓国にその兆候が見えた時期があるが、映画のように国策とまではならなかった。
マンガ制作は、もともと自己完結型の職人作業である。いま、時代は職人を廃し、テクノロジーを使った代替的な生産方式に置き換える方向に向かっている。将来において、職人仕事をいまある程度に維持するには、現在の職人市場のボリュームがある程度のラインを越えていないと難しい。ある程度の個体数が維持できなければ、絶滅の危機に陥る絶滅危惧種と同じ理屈だ。
マンガ家という職業は、最後は日本にしか存在しなくなる、と筆者は推測している。
一方、アメコミは、まったく別モノとして、映画産業の派生物として隆盛を極めていくだろう。マンガは、前出のショット氏のいう通り「メタ産業」なので、派生を生む側であって、派生として生き残るものではないのだ。
日本が今後、職人の国としてマンガを創り続け、世界のコンテンツ業界のなかで、ユニークで尊敬される地位を保ちつつ、経済的利益を拡大していくことは十分に可能である。
しかも、先に述べた日本のコンテンツが凄い理由のいくつかは、商材としてのマンガが圧倒的な国際競争力を担保している点にある。
日本人がいれば、マンガは、資源も資金も必要としない。誰も傷つけないし、他者から何かを奪うこともない。技術はいずれ追い付かれ、時に駆逐されるが、マンガの創作は誰にも模倣できないし、頭のなかのアイデアは枯渇することなく無限である。マンガは日本だけが持っている自動再生(無限の生産)が可能な「メタ」資源なのである。
ここまで、マンガの創作段階(供給面)での凄さ(優位性)の話をしてきた。マンガを日本再生の大きな一助とするには、さらに、海外展開や海賊版対策などの流通面を含め、ビジネス全体を議論していく必要がある。
映画化やミュージカル化など派生分野は無限
コンテンツとは、とどのつまりストーリーとキャラクターだ、というのが本書を書き進めるうえでの基本である。したがって、「日本のコンテンツが凄い」というのは、日本のストーリーとキャラクターの創出力が凄い、ということである。
コンテンツのなかでも、特にマンガが凄い。日本のマンガにおけるストーリーとキャラクターの創出力は、世界中どこを探しても、他に類を見ない。日本のマンガは、まさしく、コンテンツ力が高いのだ。
マンガは、一次創作物であり、二次創作以降の原作となる。「メタ産業」として、マンガから派生していく二次創作物や、他のコンテンツ分野でのビジネスの「源泉」となっている。アニメや映画をはじめとする周辺産業を、波及的に拡大する力を持っている。
日本のマンガ市場規模は、4,980億円(2019年、販売金額ベース)である。
一般社団法人 日本動画協会の「アニメ産業レポート2019」によると、広義のアニメ市場規模は二兆円を超えているが、マンガ原作とマンガから派生したアニメキャラクターを使った二次創作物が過半を占める。
映画市場への波及は、すでに見た通りだ。
このほかにもゲームを含む商品化やミュージカル化など、派生分野は際限がない。広げて数字を拾っていったら、そのインパクトは計り知れない。マンガは「メタ産業」なのだ。
デジタル革命下のマンガは?
デジタル化の波が、日本の出版市場全体にどのような変化をもたらし、そのなかでマンガ市場がどう変貌(へんぼう)しているか?それを見てみると面白いことが分かる。
まず、基本的な数字をさらってみよう。
① 日本の紙とデジタルを合わせた出版市場(出版物の販売金額)は1995年に、2兆7,851億円でピークを打ち、その後は右肩下がりで縮小を続け、2016年に1兆6,618億円、2017年に1兆5,916億円、2018年に1兆5,400億円と減少傾向が続き、ピーク時の55%にまで落ち込んだが、2019年は1兆5,432億円と横ばいであった。
②そのなかでマンガ市場(コミック誌とコミック単行本の販売額)は、1995年に5,864億円でピークを打ち、出版全体と同様に右肩下がりで縮小してきたが、2016年に4,454億円、2017年に4,330億円、2018年に4,414億円と、下げ止まりの兆候が見え始め、2019年は前年比12.8%増の4,980億円でピーク時の85%ラインまで回復した。
③出版物のデジタル化は2010年代半ばから加速したが、その伸びのほとんどはマンガのデジタル化によるものだ。2019年の電子出版市場は3,072億円(出版全体の20%)に達したが、そのうちのなんと84%、2,593億円はデジタルマンガである。
マンガの電子市場での売上は、マンガ全体の52%で紙媒体を超えた。マンガは、電子市場を新たな媒体として再ブームの兆しを見せている。