(本記事は、福原秀己氏の著書『2030「文化GDP」世界1位の日本』白秋社の中から一部を抜粋・編集しています)

映画
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日本の映画監督のギャラは米国の10分の1

日本の映画監督のギャラは米国の10分の1ハリウッドは、もとより海外市場を念頭に映画製作をしている。実際、米国映画産業においては、海外からの年間興行収入が50%を超えている。

中国、韓国、インド、トルコや中東でも、海外市場を視野に入れた製作が行われている。最初から英語で製作ということも珍しくない。

ところが日本の映画は、海外市場を、ほとんど視野に入れていない。

最大の理由は、日本に「そこそこ」の市場が存在しているからである。「映画」の興行収入は、2016年以降、2,200億円を超えたあたりで上下している。米国と中国に続き世界で三番目の市場を持っているので、映画会社はみな「そこそこ」に稼げているという幸せな国だ。何もリスクを取って世界に出ていかなくても、日本の市場を相手にしていれば、「まあまあ」食えるのだ。

日本の映画市場については「そこそこ」 「まあまあ」といったところなのだが、製作スタッフとキャストが、十分に食えているわけではない。

2030「文化GDP」世界1位の日本
(画像=2030「文化GDP」世界1位の日本)

日本では、一流の大御所監督が映画を1本撮って、ギャラはやっと2,000万円に届くかどうかというところ。しかも大御所は、撮っても年に2本である。年間5〜6本撮る人気監督は、おそらく一本、600万〜800万円で撮っている。撮るのが大好きなのだ。ギャラは米国の監督の10分の1か、それ以下である。

助監督はじめ映画のスタッフのギャラは、よくて監督の半分が上限だろうし、ほとんどタダ同然で働くスタッフも多い。みんなぎりぎりの生活をしているのが現状だ。それでもやりたい人が後を絶たない。みんな映画が大好きなのだ。

もちろん米国でも、駆け出しのスタッフはタダ同然でよく働く。しかし、キャリアを積んでいけば、ギャラの天井は無限に高い。ハリウッドで働くのは、ウォールストリートで働くくらい金銭的に魅力なのだ。だからこそ、優秀な才能が次々に、好きだという理由だけでなく、金銭的なリターンも含めた「成功」を求めて、ハリウッドにやって来るのである。

マーケティングのみ海外を意識した『万引き家族』

日本が創る映画は、海外の市場や観客を対象にして創られていない。

ひと昔前の『Shall we ダンス?』(1996年)や最近の『君の名は。』(2016年)などは、狙って海外に出ていったわけではない。面白い良質な作品が海外でも受けただけだ。日本は製作本数ではどの国にも引けを取らないので、たまには当たりが出る。

一方で、是これ枝えだ裕ひろ和かず監督の『万引き家族』(2018年)のように、海外展開を視野に入れて製作され、海外でもヒットした作品もある。この作品は、カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを獲得した。

ただし『万引き家族』は、海外の観客を意識して創られたわけではない。主題が世界における今日的な問題であったということなのだが、創りそのものは、100%是枝流日本映画だ。クリエイティブな部分ではなく、マーケティングにおいてのみ、海外展開を視野に入れていたということだろう。世界中で公開され、全世界興行収入7,000万ドル(約77億円、そのうち日本が45億5,000万円)を記録した。

2020年、ポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト』が米国アカデミー賞を総なめにして話題になった。『万引き家族』と同じく世界共通の社会問題を自国語で取り上げた映画だ。両作品はよく似た背景と出自を持った映画で、同様に語られることがあるが、決定的に異なるところがある。『パラサイト』は、はじめから海外の観客を意識して創られていることだ。

海外を視野に入れた映画創りのポイント

それでは、初めから海外を対象にして映画を創るというのは、どういうことなのか?

まず、原作物であれ、オリジナルであれ、題材が海外で観客を呼べるか、カネを払って観に来てもらえるか、その判断が重要だ。

そのうえで、日本語でやるのか他の言語でやるのかを決める。日本語でやるなら英語版の字幕または吹替えを前提に、登場人物の名前や造形を、海外の人にも分かりやすくしていく。日本独特の要素を置き換えたり、文脈のなかで簡単に説明したりすることが必要になる。

スタジオジブリの海外での二大ヒット作品のタイトルを見ると、『もののけ姫』の英語タイトルは『Princess Mononoke』(1997年)、『千と千尋の神隠し』は『Spirited Away』(2001年)であった。「もののけ」は英訳不能、「神隠し」は強引な英訳だが、感じは伝わったようだ。

これらは日本で公開後の海外向けタイトルの話だが、事前に海外を意識して創るとなると、タイトルひとつ取っても、大ごとである。全編にわたり、日本的な事柄を意味の通る英語で、瞬時に流れていくシーンとセリフのなか、よどみなく落とし込んでいかなければならない。

邦画の海外への販売額は、ジブリ作品があっても数十億円程度であったが、近年、その数字を伸ばしている。そして2017年と18年には200億円を超えた。しかし依然、数本のアニメーションと映画賞受賞作品によるところ大で、日本の映画産業が国際化しているというわけではない。

日本映画の市場が海外にないから、海外映画市場に日本人がいないのか。あるいは、日本人がいないから、市場が立ち上がらないのか。いずれであっても、事実として、ハリウッドには、日本人がいない。ほとんどいない。売っている人間がいないだけではなく、製作に携わり創っている側にも、日本人がいないのだ。人がいないのだから、稼ぎようがない。

マンガ、アニメ、ゲームに関しては、携わっている日本人が、米国にも欧州にも、相当数いる。日本の会社が出ていって、売っている。小学館や集英社は、ずっと以前から、米国にマンガを主とした英訳出版の会社を持ち、アニメやゲーム、商品化も含めたライセンス事業も行っている。講談社も米国内に二つの子会社を持っている。ゲーム会社は、ほぼすべての制作会社が海外拠点を持っている。

映画だけが、海外での人的プレゼンス、ほぼゼロである。

国家戦略としての「クールジャパン」

いまでは「クールジャパン」の推進が、国の成長戦略として位置づけられており、政策議論がなされ、国家予算が付いていることを、大半の国民が知っている。伝統文化や地域文化、マンガやアニメに代表されるポップカルチャー、デザインやファッション、和食や日本酒などの食文化といった、日本の豊かな文化が創造・演出する魅力を総称して「クールジャパン」と呼ぶことにも、すっかり慣れた。

さて、『YOUは何しに日本へ?』というテレビ東京系列の番組がある。2013年の放送開始から七7に及ぶ人気番組である。訪日外国人が目指してやって来る「日本」、彼らが語る「日本」は、我々日本人でさえ知らなかったり、気づかなかったりする「魅力」にあふれていることに驚く。日本は、実に「クール」なのだ。

そんななか「クールジャパン」に代表されるコンテンツに関わる国家的議論は、大きくは次の三つの流れのなかで展開されてきた。

ひとつは、知的財産戦略に基づく「知的財産基本法」(2002年)と「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律」(2004年、通称「コンテンツ促進法」)の制定である。

二つ目は、「産業活力の再生及び産業活動の革新に関する特別措置法」(2009年、通称「産活法」、のちの「産業競争力強化法」〈2014年〉につながる)に基づく「産業革新機構(INCJ)」(2009年。2018年、産業革新投資機構に改組)の設立。

そして三つ目が、「海外需要開拓支援機構」(2013年、通称「クールジャパン機構」)の設立である。

知的財産基本法は、知的財産をもとに、製品やサービスの高付加価値化を進め、知的財産立国を目指すという理念を掲げた。知的財産を定義し、知的創造サイクルの活性化(知財の創造・保護・活用・人材育成)を目標とし、戦略本部の設置と、戦略計画の策定を行うことを定めた。

コンテンツ促進法は、知的財産基本法の理念に基づき、国や関係団体の役割を明らかにし、コンテンツ事業の振興に必要な施策を定めた。コンテンツの定義もなされている。

産業革新機構とクールジャパン機構は、いわゆる官民ファンドである。官民ファンドは、政府と民間が共同して出資するファンド。国の政策に沿って創設されるため、国の出資が大部分を占める。「官民」というよりは、官製ファンド、あるいは政府系ファンドと呼ぶほうが実態に近い。

出資の財源は、両機構とも財政投融資(財投:国が行う事業投資あるいは事業融資)の特別会計である。産業革新機構は財投の他にも財源として、政府保証借り入れが認められていた。

2030「文化GDP」世界1位の日本
福原秀己
1950年、東京都に生まれる。映画プロデューサー。内閣府クールジャパン官民連携プラットフォームアドバイザリーボードメンバー。一橋大学経済学部卒業後、野村證券に入社。その後、メリルリンチ日本証券に入社。メリルリンチ投信投資顧問代表取締役社長、メリルリンチ・マーキュリー投信投資顧問代表取締役副社長、メリルリンチ日本証券取締役副社長を歴任。2004年、日本が誇るマンガ・アニメを海外で総合展開する米国VIZ Media,LLC(ビズメディア)の社長兼CEOに就任。小学館、集英社、小学館集英社プロダクションの提供するコンテンツの複雑な権利関係をまとめ上げ、日本文化を各国で受け入れられる形に適応させて、欧米にビジネスを拡大展開。2008年、VIZ Productions,LLC(ビズプロダクション)を設立、念願のハリウッド進出を実現。トム・クルーズ主演のSF大作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などをプロデュース。

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