温室効果ガスを削減するため、世界中でさまざまな取り組みが行われています。その中で効果的で採用しやすい仕組みとして注目されているのが「排出権取引」です。本記事では、排出権取引の代表的な手法「キャップ・アンド・トレード」の仕組みとメリット・デメリットについて紹介しつつ東京都の世界初「都市型キャップ・アンド・トレード」も交えて解説します。
排出権取引とは オーバーした排出枠、余った排出枠を売買できる制度
排出権取引とは、事業所などであらかじめ決められた温室効果ガスの排出枠を取引できる制度です。排出権取引は英語で「Emissions Trading」ですがいくつかの日本語訳があり「排出量取引」「排出許可証取引」とも呼ばれます。排出権取引の売買の流れは、ある事業所が決められた温室効果ガスの排出量をオーバーした場合、その分を排出量で余裕のある事業所から買ってきて調整するようなやり方です。
この取引によって排出枠をクリアできれば「排出量を削減した」と見なされます。ちなみにこのような炭素の排出量に価格を付ける方法は「カーボンプライシング」と呼ばれ排出権取引の他に炭素税の課税があることが特徴です。
排出権取引の一般的な手法「キャップ・アンド・トレード」
温室効果ガスの排出権取引にはいくつかの選択があります。ここでは一般的な手法「キャップ・アンド・トレード」をもとに取引の流れを詳しく見ていきましょう。
1.全体の排出枠が発行される
ファーストステップとしては、まず開始から目標達成までの期間が設定されその間の温室効果ガスの排出量が決定され、この排出量に応じた全体の排出枠が発行されます。例えばこれまで100の温室効果ガスの排出量があって20削減する場合は、80の排出枠が発行されるようなイメージです。
2.全体の排出枠を各事業所に振り分ける
次に全体の温室効果ガスの排出枠をいくつかの事業所に振り分け、それぞれの上限(キャップ)を設けます。振り分けるときの方式は「グランドファザリング」と「オークション」の2つの方式が一般的です。グランドファザリング方式は、各部門における過去の温室効果ガスの排出量などをもとに配分する方法。一方のオークション方式は、入札によって排出枠を購入するやり方です。
3.排出枠の調整と照らし合わせ
温室効果ガスの排出枠を割り当てても実際には以下のような3パターンの事業所が出てくるでしょう。
- 排出枠を達成する部門
- 排出枠以下で済む部門
- 排出枠をオーバーしてしまう部門
排出枠をオーバーしてしまう部門には「排出量を削減する努力をしていく」「排出枠以下で済む部門などから余った分の排出枠を買ってくる」という2つから選択することが可能です。また最終的に実際の排出量と発行された排出枠の照らし合わせが行われ排出枠を排出量が超えている場合は罰則が課されます。
キャップ・アンド・トレードのメリット・デメリット
温室効果ガスの排出量取引「キャップ・アンド・トレード」にはメリットとデメリットがあります。一般的には、メリットが大きく現実的に目標達成のしやすい仕組みです。その中身について確認していきましょう。
キャップ・アンド・トレードのメリットとは?
・メリット 目標が達成されやすい仕組み
キャップ・アンド・トレードは「枠に余裕のある事業所などから温室効果ガスの排出枠を買う」という分かりやすく柔軟性のある仕組みのため、目標達成がされやすいと言えます。もしこのような仕組みがなく温室効果ガスの排出枠を超えた部門にペナルティをかけるだけの場合、全体の排出枠が達成されるかどうかが不透明です。
・メリット 温室効果ガスをローコストで抑制できる
温室効果ガスの排出量削減の努力をしても目標が達成しにくい部門は「削減コストがかかりやすい体質」、排出量削減の目標を達成しやすい部門は「削減コストが安く済む体質」とも言えます。温室効果ガスの排出枠の売買を可能にすると排出量削減を達成しやすい事業者は利益を得やすいため、さらに削減を進めようという流れが生まれやすい傾向です。
その結果、全体で見たときにローコストで温室効果ガス削減しやすい仕組みが形成されます。
キャップ・アンド・トレードのデメリットとは?
デメリット:排出枠の割り当てが難しい
排出権取引が注目された理由は、アメリカの石炭火力発電所から発生する硫黄酸化物と窒素酸化物の削減で同手法が採用され大きな成果を挙げた実績があるからです。ただ温室効果ガスの場合は対象が広範囲に及びます。さらにそれぞれの事業者などの事情も異なることから適切な排出枠の割り当てが難しい一面があることはデメリットです。
東京都の世界初「都市型キャップ・アンド・トレード」
EUだけじゃない!東京もキャップ・アンド・トレード先進区域
温室効果ガスの排出権取引「キャップ・アンド・トレード」は、EU加盟国に採用されていることで有名です。身近なところでは東京都で世界初「都市型キャップ・アンド・トレード制度」が採用されています。この制度は、CO2を目標量以上に削減した事業所と目標量をオーバーしてしまった事業所の間で相対(1対1)の取引ができるものです。
前年度のエネルギーの使用量が原油換算で年間合計1,500キロリットル以上の事業所が対象になります。排出権の取引価格は、当事者同士の交渉によって決めることが可能です。東京都では都市型キャップ・アンド・トレード制度よって「合理的に対策を推進することができる」としています。
かなり高い割合の事業所が削減目標を達成している
東京都の排出権取引「都市型キャップ・アンド・トレード制度」は、2020年時点で以下の第1~第3計画期間に沿って進められています。
- 第1計画期間:2010~2014年度
- 第2計画期間:2015~2019年度
- 第3計画期間:2020~2024年度
具体的な成果は、例えば2016年時点で過去の平均排出量をベースにした基準排出量で26%減少、約8割の事業所が目標の削減義務率を達成。直近の第3計画期間(2020~2024年度)は、平均7%の削減目標を設定しています。
再生可能エネルギーはインセンティブを高めて取引
東京都の「都市型キャップ・アンド・トレード制度」で注目したいのは、太陽光・風力・地熱・風力などの再生可能エネルギーで発電されたものは高いインセンティブを設定して取引できるという点です。(インセンティブの高設定は第2計画期間で終了)。このようにケースによっては、再生可能エネルギーと排出権取引は親和性が高いといえます。
ノーベル賞の経済学者も「キャップ・アンド・トレード」の効率性を評価
ここでは、温室効果ガスの排出権取引の内容、排出権取引の中でも一般的な手法「キャップ・アンド・トレード」のメリット・デメリットを中心に解説してきました。内容をおさらいしてみましょう。
排出権取引の内容まとめ
排出権取引は、あらかじめ決められた温室効果ガスの排出枠を取引できる制度です。例えば温室効果ガスの排出枠をオーバーした事業所と排出枠に余裕のある事業所の間で売買することができます。超過した事業所でもこの取引で目標を達成できれば「排出量を削減した」と見なすことが可能です。
キャップ・アンド・トレードのメリットとデメリットまとめ
排出権取引の代表的な手法が「キャップ・アンド・トレード」です。キャップ・アンド・トレードのメリットは「明確で柔軟性のある仕組みのため目標達成がされやすい」「結果的に温室効果ガスをローコストで抑制しやすい」などがあります。一方のデメリットは「排出枠の割り当てが難しい一面がある」ということです。
デメリットはあるものの「排出権取引のキャップ・アンド・トレードが温室効果ガス削減に効果的」ということは世界的に認知されています。2018年のノーベル経済学賞を受賞したウィリアム・ノードハウスも著書『気候カジノ』内でキャップ・アンド・トレードは有用な仕組みと提言しており今後さらに効果的な仕組みになっていくことが予想されるでしょう。
温室効果ガスの削減については、新たな考え方を取り入れながら進化していくことが期待されます。(提供:Renergy Online)