シンカー:市場では、追加経済対策と第3次補正予算の編成、そして国債の追加発行についてが注目されている。総裁選の時点で菅氏はまだ予備費が残っていることについて言及し、第3次補正予算案の編成については慎重な姿勢を示しているようだ。2020年度の税収減に対する埋め合わせに加え、弊社は新型コロナ後の回復を促進するためにGDPの1%程度(5兆円程度)の経済対策を年末までに第3次補正予算として打ち出すと考えている。一部では、予備費を使用することによって第3次補正予算に付随する国債の追加発行を避けることができるとの見方もあるようだが、政府はすでに計上している予備費を使用して裁量を減らしてしまうよりも、新たに国債を発行する道を選ぶと考えられる。今後の国債発行計画においては、2020年度の生保による超長期債への需要を踏まえると、特に40年債は新型コロナを受けた増発の際でも発行額が据え置かれたこともあり、追加で発行する余地が残されている可能性がある。2025年に導入される予定の経済価値ベースのソルベンシー規制への備えも考えて、超長期債への需要を財務省が考慮することも考えられるだろう。最新の資金循環統計では、新型コロナを背景として政府が個人への給付金など経済対策を行ってきたことで、財政収支は悪化した一方、家計貯蓄率が大幅に増加したことが分かる。新型コロナによって企業が予防的貯蓄を増加させ、家計も保守的になる中で政府が緊縮的な方向にかじを切れば、再びアベノミクス以前の状況に陥ってしまう恐れがあるだろう。日本においては企業と家計が資金余剰の状態が続いていたことが、長期金利が低水準で推移することの基調を作ってきた。新型コロナからの経済の持ち直しを促進し、V字に近い形での回復のためにも現時点では積極的な財政対応が望まれると言えるだろう。
政府は第3次補正予算で予備費活用よりも国債増発を選ぶだろう
9月14日、菅内閣が発足し、アベノミクスの枠組みが引き継がれるとの期待が高まっている。23日には、菅新首相と黒田総裁が会談し、政府と日銀が引き続き連携して政策を運営していく姿勢を再確認した。日銀は今後も現在の金融緩和を継続していくとみられる中、政府による財政面での対応により新型コロナからの経済回復を促進できるかどうかが菅政権の大きな試練になるだろう。市場では、追加経済対策と第3次補正予算の編成、そして国債の追加発行についてが注目されているが、総裁選の時点で菅氏はまだ予備費が残っていることについて言及し、第3次補正予算案の編成については慎重な姿勢を示しているようだ。ただ、内閣府の2020年度の税収予想は62.7兆円であるのに対して、コロナウイルスの影響を踏まえると税収は55兆円程度まで落ち込む可能性があるとみている。7-8兆円程度の税収減に対する埋め合わせに加え、弊社は新型コロナ後の回復を促進するためにGDPの1%程度(5兆円程度)の経済対策を年末までに第3次補正予算として打ち出すと考えている。
一部では、予備費を使用することによって第3次補正予算に付随する国債の追加発行を避けることができるとの見方もあるようだが、この補正予算で経済対策を含まなかったとしても、国債の追加発行を避けることは難しいだろう。予備費は2次補正までで11兆5000億円が計上されたが、その内1兆6000億円を検査体制拡充への費用として使用することが決定され、報道によれば予備費の残高は7兆8000億円程度になっている。予備費は国会の承認を経ずに使途を決定できることになっており、政府の裁量が極めて大きい。ただ、6月の国会においては雇用調整助成金、持続化給付金、医療提供体制強化といった用途に5兆円程度を充てるとしていた。確かに多額の予備費の残高を用いて国債の発行を減らすことは不可能ではないだろう。だが、たとえワクチンや治療薬の早期発見などによって疫学上の脅威が去ったとしても経済への打撃はある程度継続するとみられ、今後も追加の財政支出に迫られる可能性は高い。よって、すでに計上している予備費を使用して裁量を減らしてしまうよりも、新たに国債を発行する道を選ぶと考えられる。
今後の国債発行計画については、納税の繰り延べなどを背景とした税収の見込みの不確実性や、新型コロナ動向に左右される部分が多い。感染が終息し、経済見通しができてくるまでは、引き続き国庫短期証券による資金調達が多くなるだろう。ただ、2020年度の生保による超長期債への需要を踏まえると、特に40年債は新型コロナを受けた増発の際でも発行額が据え置かれたこともあり、追加で発行する余地が残されているかもしれない。2025年に導入される予定の経済価値ベースのソルベンシー規制への備えも考えて、超長期債への需要を財務省が考慮することも考えられるだろう。
図 一般会計歳出・歳入・新規発行額(兆円)
図 生保・損保による買い越し額(累積、10億円)
家計貯蓄率の上昇はさらなる財政対応の余地を示唆
2020年4-6月期の資金循環統計では、財政収支が?5.4%(4四半期平均、GDP%)となり、1?3月期の?2.3%から赤字幅が拡大した。新型コロナを背景として。個人への給付金など経済対策を行ってきたことで、財政収支は悪化している。一方で、家計貯蓄率に目を向けると、1-3月期の3.0%から6.1%へと大幅に増加しており、政府から家計への所得移転が起こったことが伺える。また、新型コロナを背景とした不確実性を意識した家計が、貯蓄性向を高める方向に行動を変えたのも要因の一つだろう。
一方で企業について、日本では資金を調達する側の企業が資金調達主体になってきたが、この企業貯蓄率は4-6月期に+2.3%と1?3月期の+2.9%から低下した。企業はコロナ禍においても今のところデレバレッジに走っていない可能性を示しており、今後も企業貯蓄率が0、そしてマイナスに向かっていけばネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)のマイナス幅が拡大し、金利には上昇圧力がかかる可能性もある。ただ、そのような動きはあくまで緩やかなもので、さらに政府の資金不足が国内でファイナンスされていることから急激な金利上昇の可能性は極めて低い。むしろ、新型コロナによって企業が予防的貯蓄を増加させ、家計も保守的になる中で政府が緊縮的な方向にかじを切れば、再びアベノミクス以前の状況に陥ってしまう恐れがある。新型コロナからの経済の持ち直しを促進し、V字に近い形での回復のためにも現時点では積極的な財政対応が望まれると言えるだろう。
米国においても政府の資金不足が悪化する一方で、家計の資金余剰は大幅に増加したことが確認できる。さらに、企業貯蓄率のマイナス幅が縮小しており、コロナウイルスを背景として米企業がデレバレッジを始めた可能性を示唆している。日本においては企業と家計が資金余剰の状態が続いていたことが、長期金利が低水準で推移することの基調を作ってきたが、米国でも企業と家計がさらに保守的な傾向を強めれば、財政拡大の中でも金利の上昇余地は限られるとみられる。ただ、民間セクターが保守的になる中で財政も慎重になればJapanificationに一歩近づいてしまう恐れもあるだろう。
図 日本の資金過不足(GDP%, 4半期平均)
図 米国の資金過不足(GDP%, 4半期平均)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司