シンカー:トランプ、バイデン両候補のどちらが勝利するかによってGDPに差が出てくる可能性があるのは、2022年になるだろう。リセッションからの回復、新しい法制を通過させるために必要な時間を考えると、2020、2021年に生じる経済的影響の差は小さくなるとみられる。まず、米国経済は、コロナショックと都市封鎖からの回復途上にある。トランプ、バイデン両氏のいずれが大統領になっても、事態を通常に戻すことをまず重視するだろう。両候補のどちらが大統領になっても、失業率の押下げに注力するとみられる。実際のところ税制や通商に関する主な政策しだいで、経済政策が大きく変わる可能性はある。ただそれは、ある1年間で発生するというよりは、何年にもわたる累積で起こるものだろう。トランプ大統領は、規制、通商政策、そして特に減税を通じて経済に影響を及ぼしてきた。バイデン氏、トランプ氏のいずれが大統領になるかによって、税制、政府の役割、国際問題に関して大きな差が生じる可能性がある。

まず、税制についてだが、トランプ大統領は、減税を通じて経済全体や金融市場にインパクトを与えてきた。バイデン氏は、法人税率を28%に引上げることを提案している。個人に関しては、バイデン氏は年間所得40万ドルを上回る層だけを対象とする増税を提案している。この境界を設けることで、最高税率を課されるベースが低下する。またインパクトは、消費ではなく(投資所得を通じた)投資に対して発生するかも知れない。通商政策に関して、超党派的に支持を得ているのは、(特に対中)不公正貿易に対する懸念だ。両党の大きな違いは(可能性がある)対応方法だ。トランプ大統領は関税を課し一方的なアプローチを採ってきた。バイデン氏は、関税をすぐ撤回することは無いかも知れないが、関税を引上げたり、新しい関税を交渉戦術に使うことは考えづらい。もしくは、バイデン氏と通商問題チームは環太平洋パートナーシップ(TPP)への支持に表れているように、多国間アプローチを採る可能性が高まるだろう。

さらに、規制については、再生可能エネルギーの利用を促す規制が複数実施(例えば、炭素排出量規制や、自動車走行距離基準など)されると見込んでいる。だが、環境や気候変動(への対応)の他には、強い規制が課されるとは見込んでいない。オバマ大統領時代には、重い規制が課されたが、その大半は金融危機に対応するための規制だった。新型コロナ危機後の世界では、ソーシャル・ディスタンシングや、場合によっては疾病管理やワクチンに関する健康面の規制が課される可能性があるが、これらは誰が大統領であるかに左右されるというよりも新型コロナ後の世界を迎えた結果という面が強くなるだろう。一方、どちらの候補が大統領になるかで差が生じ、それがマクロ経済全体の変化による影響よりも大きくなる可能性があるセクターはヘルスケアだ。トランプ大統領は、オバマケアを撤廃しようとしたが失敗に終わった。オバマケアは、個人向けの健康保険加入補助金の減速、保険加入の義務撤廃の他は、ほぼ無傷となっている。バイデン氏には、オバマケアを再び拡大するチャンスがある。

1つ考慮すべき角度は、民主党が上院の過半数を占める、あるいは上下両院を支配して完勝となる可能性である。上院で勝利すれば、(選挙で勝利したとして)バイデン大統領が自身のアジェンダを通過させる可能性が高くなる。特に上院で民主党が勝利すれば、規制面での政策が後押しされる、(逆に言えば)銀行に対して新たに規制面での圧力がかかる可能性がある。またインフラ支出の優先度が上がるかも知れない。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・レポートの要約

●米国経済(9/23):バイデンvsトランプ

大統領選挙戦は、バイデン氏が62?38でリードとみられる。ただ接戦の範囲で、論点や選挙戦が依然として重要になっている。上院でどちらの党が過半数を占めるのかは五分五分である。バイデン大統領の下では、インパクトのある経済政策として増税がまず考えられる。

バイデン大統領の下では、インパクトのある経済政策として増税がまず考えられる。大統領選…民主党の完勝が示されている

4年前の今頃、弊社はクリントン氏がトランプ氏を80?20でリードしていると想定していた。そう見ていたのは弊社だけでは無かった。だがクリントン氏は、有権者の投票数では勝利したが、選挙人獲得数では(比較的小さな州がモノを言い)トランプ氏を下回った。ブルーカラー工場労働者が多いミシガン、ペンシルバニア、ウイスコンシン各州をトランプ氏が取ったことがサプライズだった。その結果トランプ氏は、勝利に必要な270名の選挙人を獲得した。通常もスイングステートとなる州を抑え、トランプ氏は選挙人獲得競争を306-232で勝利した。

2020年選挙では、世論調査によるとバイデン氏が、ウイスコンシン、ペンシルバニア、ミシガンの各州で大きくリードしている。ただ2016年の実績から、弊社は現時点では世論調査結果を控え目にみており、(弊社自身が解釈する)バイデン氏のリード幅を62?38に留めている。上院はそれよりも遥かに接戦となっている。共和党がメイン、アリゾナ、コロラドの各州で敗れ過半数割れとなる可能性がある。また上院議員(総数100名)が50?50で拮抗した場合は、副大統領が決定権を持つ。上院の過半数は、バイデン大統領(になった場合)の経済政策の規模と、施策が議会を通過する速さと言う点で重要になる。また上院は、指名された規制当局のトップや閣僚を承認する(SEC、FDIC、FRB、EPAなど)。こうしたトップたちは定期的に米国上院に報告を行うため、重要となる。

●2020年総選挙を進める上での懸念材料

選挙に伴う不確実性自体が非常に高い。新型コロナの影響による集会の制限は、通常の(投票所に足を運んで行う)投票を妨げることになる。各州は憲法のガイドラインのもとで、独自に選挙プロセスを進める。このため各州は投票の実施で柔軟性を持っている。ロックダウン(都市封鎖)中には多くの地方選で郵便投票が選択され、集票、計算、結果発表が遅れた。しかもこれはまだマシな方で、結果発表の遅れは問題とはならないかも知れない。というのも新型コロナに伴う制限に応じて、郵便投票や争奪戦が全米での新しい投票プロセスに組み込まれることで、投票権が乱用される可能性が出てくる。不正投票が組み立てられて、票が失われカウントされない事態も起こり得る。これによって無効申し立てが発生する可能性がある。2000年には、フロリダ州の結果を巡りブッシュ、ゴア両候補が争って再計算が行われ、最高裁が関与することになった。一般的に言って、選挙人獲得で大勝すれば無効申し立ての可能性は低くなる。小幅の勝利、しかも1箇所または複数の州で明らかに不自然な投票結果となれば、無効申し立ての可能性が間違いなく高くなる。米国大統領選挙は11月3日に実施される。連邦法は、票の集計と最終決定を実務上可能な限り早く、12月14日以前に行うことを求めている。異議申し立てがあった場合、期限は早くなる。今回の場合は12月8日で、それまでには異議申し立てがあった全ての州の知事が、結果証明書を発行する。こうした期限は、12月14日(選挙人による投票日)までに各州の結果を確定させるために必要となる。異議申し立てを避ける最も良い方法は、11月3日の選挙(により獲得した選挙人の数)で明確な大差をつけることだ。現時点で五分五分の州の大半をバイデン氏が獲得するならば、大差での勝利になるだろう。

●債券市場(9/28):のろのろ道で正常化へ

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第2波が部分的なロックダウン(都市封鎖)につながり、経済の不確実性を高止まりさせている。この状態が長引けば長引くほど、正常への回帰はゆっくりとしたものになる。長期的なインフレリスクが認識されていても、短期的にはディスインフレ圧力が幅を利かせるだろう。弊社は金利予測を引き下げることにした。米国10年国債の利回りは1四半期先にずらし、今では1.20%の目標到達を2021年第3四半期とみている。ドイツ10年国債の利回りは今年いっぱい、そして来年前半に向けてほぼ安定した状態が続くと予想している。長期的にみると、ユーロ金利見通しの非対称性は変わりないが、弊社の6月予測と比べればそれほど顕著ではない。

●グローバルストラテジー(9/28):フィリップス曲線、特に中東欧では健在

フィリップス曲線は、あたかも「追悼記事の中で死去が報じられてきた」状況だ。セントラルバンカーたちは現在、直近の景気サイクルでは、引締め政策を全く(微塵たりとも)採るべきで無かったと考えている。罪滅ぼしとして今後の景気サイクルでは、一連の非常に緩和的な政策が支持されようとしている。だが筆者の見たところ、フィリップス曲線はまだ死んでおらず、いわば「旅に出ている」に過ぎない。

・従来の景気サイクルよりも遥かにハト派的になることが必要だ、と考えている中央銀行が過去に無いほど多いが、英国のイングランド銀行(BOE)も最近それに加わった。英国ではマイナス金利が確実にアジェンダに組み込まれており、弊社エコノミストのBRIAN HILLIARDは、来年初めにそれ(マイナス金利導入)が実現すると考えている。(参照…余談だが、このリンク先では「SGマクロブログ」でBRIANのマイナス金利に関する見解を読むことができる。筆者もそのブログに自身の考えを折に触れて投稿し始めている…参照)

・旧西側諸国のセントラルバンカーたちが、政策面で自身が攻撃性を高めていることを、直近の景気サイクルでフィリップス曲線がいわば「敵前逃亡してまだ帰還していない」ことで正当化しているとすれば、それは間違いだと筆者は考える。フィリップス曲線は生きている(無効になっていない)証拠があるほか(最近の本レポートでも示したが…参照)、中欧では(フィリップ曲線が成立していることが)明確に見えている。

・筆者は、中東欧(CEE)の中央銀行を、本来は必要なほど注目して来なかったと白状しなくてはならない。このため、弊社の新興国の専門家の1人であるMAREK DRIMALによる中東欧3カ国のコアインフレ率を示すグラフを見た時は非常に驚いた。グラフによると、コアCPI上昇率が各国の目標(2%と3%の間)を上回って推移している。(下図)

・MAREKの説明では、これは「良い旧型の」経済だという。つまり、旺盛な需要と非常にタイトな労働市場の組合せに、より最近の通貨安によるコスト上昇圧力も重なりインフレが急加速している。新型コロナのパンデミックの最中にCEE(中東欧)3カ国の中央銀行は、再度のインフレ率低下を見込み、短期的な引き締めには消極的になっているようだ。だがそれ(インフレ率低下)が実現しなければ、彼らも自身が手遅れになったことに気づくことは確実だ。(MAREKは リンク先の4ページで中東欧のインフレについて述べている)

・これは筆者にとって魅力的かつ喜ばしいことで、上記マクロブログにも投稿した。筆者は今後も推移を強く注視したい。フィリップス曲線について筆者は、西欧や米国でも死んではおらず、中東欧3カ国では完全に生きており非常に良く機能していると考えている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司