デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が叫ばれている。失われた20年という長期の経済低成長に加え、新型コロナウィルスのパンデミックという直撃弾を受けた日本経済は、低迷から脱出するための抜本的な構造改革を行う必要に迫られている。そのためのドライビングフォースとして、デジタルトランスフォーメーションが注目されているのだ。
しかし、具体的に企業はどのようにデジタルトランスフォーメーションを推進しているのだろうか。本記事では、海外で注目を集めている3つの事例を紹介する。
デジタルトランスフォーメーションとは何か?
デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)は、2004年にスウェーデンのウメア大学のエリック・ストルターマン教授が発案した概念で、デジタルテクノロジーがもたらす人間社会のあらゆる側面における変化のことを意味する。インターネットやクラウドコンピューティング、モバイルコンピューティング、AI、IoTなどの台頭により、人間の生活は大きな変化に直面している。
そのような変化の中、特に企業活動においては、デジタルテクノロジーを積極的に活用し企業の能力と価値を高める機運が世界的に高まっている。とりわけ、アナログ志向が強いとされる日本社会においては、社会全体のデジタルトランスフォーメーションが求められているのだ。
経済産業省も推進
2018年には、経済産業省が「DXを 推進するための新たなデジタル技術の活用とレガシーシステム刷新に関するガイドライン」を策定した。日本の企業がデジタルトランスフォーメーションを実現するための具体的な方策を示すものである。デジタルトランスフォーメーションは、わが国の企業に課せられた戦略的課題の一つだ。なお、経済産業省はデジタルトランスフォーメーションを以下のように定義している。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
出典:経済産業省
デジタルトランスフォーメーションが重要な理由と3つの海外の事例
デジタルトランスフォーメーションが重要な理由は、既存のオンプレミス型システムでは成長の限界があり、競争に勝つためにコストを抑えつつシステムを拡張するには、デジタルトランスフォーメーションを推進することが必要だからだ。
マイクロソフトと市場調査会社のIDCが共同で実施した調査に興味深い結果がある。デジタルトランスフォーメーションの「リーディングカンパニー」は「フォロワー」と比較してデジタルトランスフォーメーションにより「生産性」「コスト削減」「顧客ロイヤリティ」などの点において約2倍の恩恵を受けていることを示しているのだ。
デジタルトランスフォーメーションを積極的に推進している企業とそうでない企業との格差は、今後さらに広がると予想されている。そのため競争優位性を確保するには、デジタルトランスフォーメーションを推進することは急務だ。では、実際にどのようにデジタルトランスフォーメーションを推進すべきなのか。以下に注目すべき海外の3事例を紹介する。
海外の事例1 レゴ
レゴは、1932年設立のデンマークの老舗玩具メーカーだ。レゴのブロックは、全世界130ヵ国以上で販売され、知らない子どもを見つけるのは困難だろう。同社の製品は、世界中で売れ続け1990年初頭まで右肩上がりで売上が伸び続けた。しかし、レゴ・ブロックの特許が切れた1988年ごろから売上が減少し始め、2003年には2億2,800万米ドルの損失を計上し経営破綻の危機を迎えた。
経営を立て直すために同社が選んだ道は、デジタルトランスフォーメーションの推進だった。若干35歳で新CEOに就任したクヌッドストープ氏は、購買から製造、在庫、販売におけるすべての業務フローが紙と人の手に頼ったアナログで行われ、デジタル化がほとんど進んでいないことに目を留めた。同氏は、ERPプラットフォームのSAPを導入し、レゴ・ライトと名付けた社員教育プログラムを実施した。
レゴは、費用と時間をかけて社員を教育し、業務フローのすべてをSAPで管理できる体制を整えた。その結果、それまでは丼勘定で行われていたサプライチェーンの生産効率が劇的に改善し、新CEO就任からわずか1年で黒字に復帰した。また、玩具主体の従来のビジネスモデルを再評価し、映画やビデオゲーム、モバイルゲームなどのデジタル関連のニュービジネスを立ち上げた。
同時に、従来の製品とリンクしたオンラインゲームなども開発し、ビジネスモデルのデジタル化を加速させるとともに、製品開発やデザインもクラウド化し、世界中のデザイナーがインターネットを通じて製品開発に参加できる体制を整えた。それにより、同社の製品開発のスピードは向上し、斬新なアイデアの製品が生み出されるようになったのだ。
同社は、さらにバーチャルリアリティ技術への投資も強化しており、デジタルトランスフォーメーションをさらに加速させている。
海外の事例2 ロレアル
100年以上の歴史を持つフランスの老舗化粧品メーカーのロレアルも、デジタルテクノロジーを積極的に導入していることで知られている。自らを「デジタルファースト・カンパニー」と呼ぶロレアルは、デジタルテクノロジーを自社の競争優位性を構築するための戦略的ツールとして活用している。ロレアルは、2018年3月にカナダのテック系スタートアップ企業のモディフェイス社を買収し話題を集めた。
モディフェイスは、AR技術を使ったコスメティックス・シミュレーションアプリを開発している企業だ。同社のアプリは、スマートフォンのカメラで撮影したユーザーの顔画像をベースに口紅やヘアカラーなどのシミュレーションを施すことができる。また、製品が気に入ったらそのままオンラインで購入できるようにすることで、販売拡大につなげ他社との差別化を図っている。
ロレアルは、Amazonとも提携し、モディフェイスのアプリを使ったEコマースを強化する姿勢を見せている。さらに、ユーザーごとに製品をカスタマイズして提供するカスタム・マニュファクチャリングにも積極的だ。同社は「Eコマース」「AI」「ビッグデータ」をリンクさせ自社のデジタル・ファクトリーで個々のユーザーに最適化した製品をカスタム製造する構想を掲げている。
加えて、社員に対するデジタルトランスフォーメーシ教育にも熱心だ。ロレアルは、社員教育企業のゼネラル・アセンブリーと共同でスキル向上プログラムを開発し、社員にデジタルメディアやインターネットマーケティング、デジタルアナリティクスなどについて学習させている。
メディア予算の32%をYouTubeや各種のソーシャルメディアなどのデジタルメディアに投資している「デジタルファースト・カンパニー」は、今後もデジタルテクノロジーへの傾倒をさらに強めて行くだろう。
海外の事例3 アンハイザー・ブッシュ・インベブ
世界最大級のビールメーカーのアンハイザー・ブッシュ・インベブも、積極的にデジタルトランスフォーメーションを推進している企業だ。同社は、B2Bというモバイルアプリを開発して同社の製品を扱う小売店などへ配布し、注文をオンライン化することに成功した。同アプリは、単に注文をオンラインで受け付けるだけでなく、仕入れのレコメンデーションや新製品に関する情報なども小売店に提供し、販売促進を補助している。
また、小売店にて新製品に関するアンケート調査なども行い、現場の情報をアンハイザー・ブッシュ・インベブへ送り返す機能も追加した。B2Bの導入によりアンハイザー・ブッシュ・インベブのビジネスパーソンの稼働時間を削減すると同時に、小売店との相互コミュニケーションを強化する効果が得られている。
同社はビア・ガレージと名付けた研究施設も立ち上げ、AIやマシンラーニング、IoTなどのデジタル技術を使った新しいビール造りの実験も開始した。ビア・ガレージは、研究所と各地の醸造所とをインターネットでつなぎ、ビールの製造工程をAIやマシンラーニングで管理することにより最適生産を目指す「コネクテッド蒸留所」の実現を目指している。
そのうえ、デジタルメディアへの投資も余念がない。独自開発したソフトウェアで各種のソーシャルメディアをモニタリングし、自社製品に関するコメントやツイートなどを分析したデータを製品開発やマーケティングに活用している。消費者との相互理解を深め、ニーズを的確にとらえるため、FacebookやTwitterなどでの発信も積極的だ。
デジタルトランスフォーメーションの実現にはリーダーの指導力が重要
デジタルトランスフォーメーションを推進している海外企業の3つの事例を紹介した。いずれも相応の事業規模を持つ大企業の事例だが、日本の大企業では考えられないようなスピードと革新性とともにデジタルトランスフォーメーションを推進している。いずれのケースにおいても共通しているのは、経営者が強いリーダーシップを持って、デジタルトランスフォーメーションを推進していることと、目指すべきビジョンをもとにした戦略が明確になっていることだ。
日本は国を挙げてデジタルトランスフォーメーションの実現を目指している。しかし、大企業においてリーダーシップを発揮できるかはリーダーの裁量次第だ。調和を好む調整型のリーダーではなく、ある程度強引に指導力を発揮するリーダーのほうが、デジタルトランスフォーメーションの実現には向いているといえるだろう。(提供:THE OWNER)
文・前田健二(ダリコーポレーション ライター)