本記事は、尾﨑美穂氏の著書『経営とデザインのかけ算 企業を進化させる「デザイン思考」と「ブランディング」』(合同フォレスト)の中から一部を抜粋・編集しています
予測不能な時代に求められる経営手法
近年「経営に生かすデザイン」という言葉が書籍やニュース、ネットの記事などで見られるようになってきました。
しかし、「デザイン」というワードには、装飾的でクリエイティブな印象があるため、なかなか「経営」とは結びつかないという方が多いと思います。
まずは「デザインを経営に」と注目された3つの時代背景と、デザインの意味について見ていきましょう。
●時代背景1:VUCA時代の到来
現代は、第4次産業革命(人工知能やビッグデータを用いた技術革新)が起こり、豊かな社会への期待も高まる一方で、不安を隠しきれないVUCA(ブーカ)時代ともいわれています。
VUCAとは以下の単語の頭文字を取って作られた造語で、それぞれこのような意味があります(図1−1参照)。
・Volatility :変動性(変化が激しい状態) ・Uncertainty :不確実性(おぼろげで先行きが見えにくい状態) ・Complexity :複雑性(様々な要素が複雑に絡み合っている状態) ・Ambiguity :曖昧性(ものごとの関連性が曖昧な状態)
VUCAは、1990年代後半にアメリカで「予測不能な状態」を表した軍事用語として生まれました。世界経済のグローバル化が急速に進み、市場が急激な変化を遂げる中で、2010年代以降はビジネスの世界でも用いられるようになりました。
先行きが見えないVUCA時代での経営は、過去の経験や従来の分析結果だけに頼っていては、うまくいきません。企業が生き残るには、**今までの常識に囚われることなく、不確かな状況でも柔軟に対応でき、独自の発想を生み出す力が必要です。
●時代背景2:高い技術だけでは売れない時代
現代では市場と技術が成熟したために、モノづくりにおける同質化が進んでいます。メーカー間の技術的な差はほとんどなくなり、消費者は必要なものをすぐ手に入れることができます。
そのような中で消費者のニーズは「モノからコトへ」、つまり消費者は商品やサービスを選ぶ際に、機能性の高さはもちろん、それらがもたらしてくれる心の豊かさや満足度も重視するようになってきたのです。
技術力の高さを伝えるだけでは消費者の購買意欲は湧きませんし、他社との差別化も難しくなります。商品やサービスに、消費者が求める付加価値を与えて「選びたくなる理由」を作り出す必要があります。
さらに商品やサービスの開発においても、作り手の押しつけではなく、消費者が抱える真の問題や欲求を見つけ出し、「消費者にとって本当に必要なもの」を考え出さなくてはなりません。
●時代背景3:心の豊かさを求める社員
社員の意識は、仕事への満足感だけではなく、心の豊かさや自由時間の充実を求める方向へとシフトしています。
そのため、会社の売上や規模のみを伝えても、会社に対する魅力や期待は高まりません。昔ながらの企業のあり方では、人々の気持ちを動かすことができず、「社員が定着しない」「後継者が見つからない」「良い人材が集まらない」といった状態になってしまいます。
人が集まる、人に選ばれる会社になるためには、会社に対して共感でき、心を動かす「会社のあり方」を示すべきです。
これらの時代背景に潜む問題に対して、解決への糸口となるのが「人」に着目することです。その経営手法のひとつに「デザイン」があります(図1−2参照)。
「はじめに」でも書きましたが、ここでいう「デザイン」とは、ファッションや会社のロゴといった“カタチのある”、あるいは“目に見える”「狭義のデザイン」ではなく、経営手法として使われる「広い意味のデザイン」のことです。
デザインは問題解決であり、人々がもっと快適に、もっと楽しく、もっと幸せになることを目的に価値を生み出します。
そのようなデザイナーの思考は、ビジネス戦略にも生かせます。人を中心に据えることで、人々がまだ気づいていない欲求を満たし、クリエイティビティー溢あふれる発想で、事業の改善や人々に求められる商品やサービスの開発ができます。
デザイナーの思考から生まれた成果物には、言葉や理屈を超えて人々の感性を刺激し、心を動かす力があります。さらに予測不能な事態を受け入れて進めるので、VUCA時代を乗り切る手法としても適しているのです。
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