特集『withコロナ時代の経営戦略』では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続く中での、業界の現在と展望、どんな戦略でこの難局を乗り越えていくのかを、各社のトップに聞く。

1997年に前身の有限会社みどり都市開発を設立し、2002年にグランツに社名変更。大阪を中心として、老朽化したマンションやビル、アパートなどの借家人に退去してもらい、更地にして売却する事業を手がけている。スムーズかつ確実に借家人退去を促すノウハウには定評があり、植村信一代表取締役は全国で金融機関や個人不動産オーナー、不動産会社向けにセミナーも行っている。今期の売上は10億円を見込む。

(取材・執筆・構成=不破聡)

株式会社グランツ
(画像=株式会社グランツ)
植村 信一(うえむら・しんいち)
株式会社グランツ代表取締役
1965年大阪府生まれ。追手門学院大学大学院経営・経済研究科 経営・経済専攻博士前期履修中。
1990年に分譲マンション販売の株式会社朋友建設に入社。1992年から緑風興産株式会社にて貸地貸家物件の仕入れや明け渡し業務に携わる。1997年、有限会社みどり都市開発を設立。借家人の退去や更地化への提案をする事業を開始した。2002年グランツに社名変更。

賃借人の高齢化が進む中での手厚い退去サポートが評判

――老朽化した賃貸住宅、ビルなどを土地ごと買い取って更地にすることが基幹事業となっています。

大阪には古い建物が多くあります。長い時間が経過している建物の場合、倒壊する恐れもあり、大変危険です。そうした物件を土地ごと買い取り、更地化しマンションや住宅用地としてデベロッパー、不動産会社などに売却しています。入居者やテナントの安全を守り、土地を有効活用して街づくりを行う仕事です。

この事業のポイントは、対象物件の入居者の完全退去を促すことです。老朽化した物件には高齢の入居者がいるケースが多いです。最近では93歳の方の退去を促しましたが、高齢の方々に退去のお願いをしても、なかなか応じてもらえません。

――不動産のプロフェッショナルでも苦労するのが退去の問題です。

そこを手厚くサポートし、完全退去を達成するのが当社の最大の強みです。高齢者はそもそも家を自分で借りた経験がない人が多い。退去といっても、何から手をつけていいのかさえわからないのです。私たちは転居先の提案から引っ越しの費用、段取り、生活保護受給者の場合は福祉事務所への転居の相談など、高齢者でもストレスなく退去ができる状態を整えています。

最近では身寄りがなくアルツハイマーを発症している人も見受けられ、本人の意思決定を確認するまでに時間がかかるケースがあります。その場合、福祉事務所やケアサービス会社と連携し、施設への入居を進める必要があります。複数の組織が絡むと、当社だけで意思決定ができないため、話がさらに複雑化します。そこを粘り強く交渉し、サポートしているのです。退去を促すというよりも、安全な場所で安心して暮らせる提案をしているという意識のほうが強いですね。

――老朽化した物件の相談は、どのような経緯で来るのでしょうか?

今は相続で悩んでいる顧客が多いです。賃料収入が低額な老朽化した建物がある土地を、親から子に渡しても倒壊などで損害賠償請求されれば単なる負の遺産となってしまう。屋根や外壁、階段などが崩れるのは、災害時だから起こるというものではありません。借家人は常に危険にさらされており、このリスクは物件の所有者に襲いかかります。

多くは税理士、弁護士などから案件の紹介がありますが、信託銀行や大手ハウスメーカーから話が来ることもあります。収益不動産の再生に伴う、退去に関するセミナーを全国で行なっているため、そこへの参加者から相談されるケースもあります。

――これまで印象的だった案件はありますか?

阪神・淡路大震災を生き残った物件ですね。5階建ての賃貸住宅だったのですが、建物自体がゆがんでいました。ドアがひしゃげて開けることができないのです。住人は横の窓から部屋に出入りしている状態でした。そこに住んでいるのですから、よほど思い入れがあったのでしょう。子どもが通っている学校から転校させるのはかわいそうという声もありました。私が危険であることをどれだけ説明しても、あの地震を耐えたのだから大丈夫と笑いながら話されるのです。交渉に交渉を重ねて退去の意思を確認しました。印象深かったのは、人の建物に対する愛着の強さです。新たな住環境を用意して次の物語を作ることも、私の仕事なのだと感じました。

――共有地の権利整理も行っています。

長い年月が経過して権利関係が複雑化したものを整理しています。具体的には、複数の田畑耕作者が共有する引水池や、複数の農家でタケノコやキノコを収穫するための山などです。こうした案件は、権利の確認が江戸時代にまでさかのぼるものもあります。地権者が数百名というものも多く、時間が経過するにしたがって都会に働きに出て、放置されてしまうのです。

当社が法的手続きを取って最終的な権利者を絞りこみ、土地を買収します。それを更地化し、デベロッパーに事業用地として売却するのです。権利が複雑化した不動産を扱う会社は少なく、プロフェッショナルとしての本領を発揮する場面です。

――貸地の再生も得意分野のようですね

これも権利が複雑化した例の1つです。土地を取り戻したい地主と、地主に無断で建物を売却できない借地人の権利が拮抗状態になります。この場合、貸地の隣接地まで含めた全体の権利関係の確認が必要です。貸地をすべて更地化することは不可能ですので、活かすところと処分するところを切り分け、部分再生するのです。

植村信一代表取締役は、退去に関するセミナーなどを全国で実施
植村信一代表取締役は、退去に関するセミナーなどを全国で実施(画像=株式会社グランツ)

コロナ禍を機に高齢者へIT支援を実施

――新型コロナウイルス感染拡大の影響は?

大きかったです。当社は高齢者との面談、交渉が多く、ほとんどの案件が一時的に進められない状況に陥りました。相続で悩みながら、病気を患っている人も少なくありません。一刻も早く進めたい気持ちではありましたが、相手のITスキルもありますので、簡単にテレビ電話をつなぐこともできませんでした。結果として、相続が発生してしまった案件が4件ほど出てしまいました。そうなると、相続人で方針がまとまるまで、こちらからは手を打てない状況になります。相談者は相続しやすい形にしようとしていただけに、とても悔しい思いをしました。

最近では高齢者へのIT支援も行うようになり、スムーズに説明ができるようになりました。ただし、不動産取引は極めて複雑で繊細なものです。パソコンやスマートフォンの画面上で契約や取引、説明をするのは限界があると感じています。効率化できる部分をITで補うのは当たり前ですが、重要な場面においては感染対策を徹底した上で直接面談をするようにしています。特に当社は、トラブルのもとになりやすい案件を多数抱えているのでなおさらです。

――働き方は変わりましたか?

はい、リモートワークを推進しています。新型コロナウイルスの感染拡大後、全社員にモバイルPCを貸与しました。打ち合わせをテレビ電話化し、クラウドによるペーパーレス化も進めています。当社はもともと女性の社員が多く、子育てをしている世代が非常に多い。出社することが減って家族の時間が取れ、今の働き方には満足しているようです。

――今後の展開はどのように考えていますか?

従業員数を増やし、手がける案件を今以上に多くしたいですね。この仕事は2つの側面があります。1つは不動産価値を上げて、産業を活性化させること。もう1つが、人を危険から守り、新しい場所への住み替えを促すことです。この2つが組み合わさることで、街が活性化され、雇用や産業が促進されます。社会に貢献することが、当社の使命だと考えています。